〈連続テレビ小説『ばけばけ』〉脚本家が語る「何も起こらない物語を描く」の真意と「光でも影でもない部分に光を当てる」今作の魅力
〈連続テレビ小説『ばけばけ』〉脚本家が語る「何も起こらない物語を描く」の真意と「光でも影でもない部分に光を当てる」今作の魅力

今秋から放送が開始されたNHKの連続テレビ小説『ばけばけ』。島根県松江の没落士族の娘・小泉セツと、外国人の夫・小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)の夫婦をモデルに、明治日本で、急速な西洋化の波に翻弄された人々の想いと、「怪談」をこよなく愛する夫婦の日常を描く。

 

 

朝ドラ初挑戦の脚本家・ふじきみつ彦氏に今作に込めた思いや見どころを聞いた。(前後編の前編) 

“キャリア史上最長の執筆量”を、子育てと両立する日々 

ドラマチックなストーリー展開ではなく、“ささやかな日常”を丁寧にすくいあげる作風に定評のある脚本家・ふじきみつ彦氏。広告代理店勤務を経て、2005年に30代後半で脚本家デビューしてから、劇団公演や子ども向け教育番組のほか、NHKよるドラ『阿佐ヶ谷姉妹の のほほんふたり暮らし』などを手掛け、朝ドラは今作が初挑戦となる。

――今作は、ふじきさんのキャリア史上、“最長の脚本執筆量”だと思いますが、苦労されている部分はありますか。朝ドラ脚本への率直な感想を聞かせてください。

ふじきみつ彦(以下、同) 僕が今まで書いてきた脚本は最大でも「15分×32回」のNHK夜ドラで、民放ドラマで定番の「1時間×12回」ですら書いたことがなかったんです。だから最初に朝ドラのご依頼をいただいたときは、経験のさらに上を行く仕事なので、「大変になるだろうな…」と思いつつ、「頑張ろう」という気持ちでした。

書くこと自体は苦ではないですが、僕は先を見通して書くのが苦手なタイプなので、その部分では苦労しています。だから、書きながらスタッフのみなさんと「ああでもない」「こうでもない」と議論を交わし合っています。

――現在はどのような1日のサイクルで過ごされていますか?

午前4時に起床して2時間ほど執筆して、子どもが起床する午前6時から子どもを保育園に預ける午前8時過ぎまでは“お父さんの時間”に転換しています。預けたあとの午前9時から午後5時半までは再び執筆の時間に充てて、子どもが保育園から帰ってきて寝るまではまた“お父さんの時間”を過ごしています。執筆時間が足りない場合は午前2時に起きて執筆することもありますね。

――子育てをする前と今とで、執筆スタイルにどのような変化がありましたか?

僕は書くのがすごく好きなので、書く時間があればあるほど嬉しいタイプです。

だから子どもが産まれた最初の半年間は「なんでこんな書く時間が取れないんだ…」と苦しんだこともありました。でも状況的に自分が変わるしかないと思い、子どもがいるときは仕事をしないと割り切って、子どもの就寝後や保育園に預けている時間に執筆するように決めました。そしたら逆にその時間に集中するようになって、仕事量は変わらず、執筆に充てる時間は半分になったけど、やってみたら案外できるもんだなと今は思っています。

「何も起こらない物語を描く」 

――約40年前に山田太一脚本・檀ふみ主演で放送されたNHKドラマ『日本の面影』(小泉八雲とセツをモデルにした作品)がありますが、今回のドラマでは、そのドラマとの違いや配慮された部分はありますか?

小説『怪談』を世に出した偉人として小泉八雲と妻のセツを書く方法もあったと思うんですが、今作に関しては、2人の日常生活にスポットライトを当てています。第5週から小泉八雲をモデルにしたレフカダ・ヘブン(トミー・バストウ)が出てきますが、みなさんが思っているほど、怪談や禍事(まがごと)は出てこないと思います。

――ふじきさんは、今作のヒロインのモデルである小泉セツさんについて、「光でも影でもない部分に光を当てる作品を書きたい」と語っていました。史実に沿って書くうえで、特に難しかった点はありますか?

ヘブンが登場する第5週までは、ヒロイン・松野トキ(髙石あかり)の生い立ちは、史実に沿って書くと、どうしてもいろんなことが起こる物語になっていますが、僕としては“何も起こらない物語”を書きたいと思っています。セツさんの人生は波乱に満ちていて、そこを書かないわけにはいかないので書きましたが、トキがヘブンと出会う第5週以降は、ようやく「光でも影でもない部分に光を当てる」ことができていると思います。

――ふじきさん自身が『ばけばけ』のテーマや世界観に通じている部分はありますか?

ばけることを厭わない点でしょうか。それは良し悪しもありますが、「僕のやり方はこうだ」という頑固さはあまり持っていなくて。唯一、強くあるこだわりとしては、台詞やニュアンスの語尾は変えてほしくないなってところですかね。でもそれ以外で変更を依頼されたら、抵抗するよりも面白くする方法を考えたほうが早いなと思うタイプです。

戦後80年の今『ばけばけ』が描くもの  

――今作『ばけばけ』は、戦後80年の節目の年に放送されています。

そうした背景を意識された部分はありますか。

ヘブンとトキが出会って一緒になっていく様子をじっくり書くつもりです。そして今までは波乱が多かったけど、これから先は貧しくも平和な家庭が続いていきます。

ヘブンも日本という全く知らない土地に来て、内心は怖かったと思うんです。トキだって松江で初めて外国人に出会い、彼を「天狗」呼ばわりするなど、全く違う価値観をどう受け入れていくかという物語がこれから始まります。

「怖い」と言いながらも、なんとか分かろうとお互い歩み寄っていく。自分の正義ばかりを主張するのではなくて、オープンマインドに接していく。それを書くことが、今作の世界観を表現することかなと。明治時代に外国人と一緒になった夫婦の姿をみて、いろんな価値観があるけど歩み寄れたらいいよねという姿を書きたいです。

――日常の中で価値観の違いを乗り越えることが、平和を考える一つのきっかけになるという捉え方でしょうか。

そうですね。いろんなニュースが流れたあとの午前8時に朝ドラは放送されるので、『ばけばけ』を見てふと立ち止まるきっかけにしていただいてもいいのかなと思っています。

#後編「出奔した元夫・銀二郎に託した脚本家の想い、盟友・岡部たかしとのタッグとシジミ汁の裏エピ」へつづく

取材・文/木下未希  

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