1999年10月5日、当時若い女性を中心に絶大な人気を誇っていた女性アーティストグループ・SPEEDの電撃的な解散発表・記者会見が行われました。「SPEEDは2000年3月31をもって解散します」――。
本当に人気絶頂のさなかでの発表で、ファンにとっては、まさに「青天の霹靂」だった。日本中が驚き、民放やスポーツ紙だけにとどまらず、NHKや読売・朝日といった大手新聞社までこのニュースを報じたのである。
今回の記事では、当時のマスコミから小中学生までを驚愕させた、この「SPEED解散発表」を改めて振り返ってみたい。
日本中が驚愕したSPEED解散 メンバーの恋愛が原因だった?

【「解散」はデビュー当時から決まっていたことだった?】


人気絶頂のなかでのSPEED解散発表。しかしこれは急に決まったものではなく、97年にはすでに関係者内で提案されていたようだ。解散会見では、当時の所属事務所・ライジングプロ社長の平哲夫氏が「SPEED結成の目的が、メンバーたちの歌手としての力を伸ばし、ヒット曲で知名度を上げて、将来のソロ活動における土台・準備期間を作るためだったから」と説明している。

確かにSPEEDデビュー当時のメンバーの年齢は12~14歳。
平社長も会見で、「どのメンバーたちも才能にあふれているが、若すぎるゆえにいきなりソロ活動させるにはもう少し時間が必要だった」という主旨の内容を述べている。

【解散発表を前倒しさせた『FOCUS』のスクープ】


SPEED解散への話し合いは、98年~99年夏にかけてさらに具体化していく。そして事務所とメンバー、関係者で何度も協議した結果、99年9月、解散発表を10月中旬に行うことが決定したのである。

しかしこの綿密な計画を一気に崩してしまったのが、写真週刊誌『FOCUS』(新潮社)の解散スクープだった。10月6日発売の『FOCUS』1999年10月13日号には“SPEED解散へ! 「男と暮らす」島袋15歳の選択”というセンセーショナルな見出しで、当時15歳の島袋寛子と元ジャニーズJr.・高橋直気との3年間に渡る交際の全貌、そしてグループの3月解散が決定したことを、トップから4ページにわたって掲載している。
そして、『FOCUS』に解散スクープが載ることを知った事務所側は、同誌の発売前まで発表を前倒しせざるを得なくなってしまったのだ。解散発表が行われたのは同誌発売日のわずか1日前。
あの電撃的な解散発表には、このような事情があったのである。

【結局今でもハッキリしない? 本当の「解散理由」】


事務所の公式発表では「解散は最初から決まっていたこと」とされているのだが、当時から解散の直接のきっかけは、この島袋寛子の交際問題だと言われている。(事務所は公式に否定)

『FOCUS』の記事内でも、

・自分との交際が問題視され、高橋元気が事務所をクビになった(高橋はジャニーズ事務所退社後、島袋と同じライジング所属となった)ことに激怒した島袋が、『何で彼だけクビにするのか。私はもう芸能界を辞めて沖縄に帰る』『彼と沖縄で暮らす』と事務所に宣言
・島袋の決意は固く、メンバーや事務所の説得にも長らく応じなかった
・結局SPEEDの解散は2000年3月に決定のよう。メンバーは3ヶ月の休養をとった後活動再開となる見込み

と、暗に「島袋寛子の異性問題が解散の要因」だと報じている。とはいえメンバーの恋愛スクープはこれが初めてではなく、同年には上原多香子・ISSAの交際も報じられているが、大して問題視されなかった。そもそも高橋直気がクビになった理由も、交際そのものというより、事務所から島袋との関係の説明を求められた際、その約束をすっぽかして社長の逆鱗に触れたからだとされている。

しかし、この判断に島袋が意固地になったせいで問題はエスカレートして、結局大きなスキャンダルとなり、解散の一因を作ってしまったことは間違いないのだろう。
当時の報道を調べてみても、今ネット上に上がっている解散の真相に言及した記事を見ても、結局ハッキリとした真相は掴むことができなかった。

【デビューから解散まで鮮烈に駆け抜けたSPEED】


1stシングル『Body & Soul』(1996)での鮮烈なデビューから、数々のヒット曲を生み出し、電撃的な解散発表で幕を閉じたSPEED。まさにスピード感を失わず、最初から最後まで一気に駆け抜けていった4年間だったと思う。

なお、2000年の解散後も、2001年・2003年に期間限定で再結成して、チャリティライブ等を行った。その後2008年に完全復活し、ライブやアルバムの発売など精力的に活動を行っていたが、2013年に新垣仁絵が結婚により事務所を退社したことで、現在は事実上「2度目の解散状態」となっているようだ。
以来、他メンバーは地道にソロ活動を行っている。上原多香子も、今年8月、夫・TENN氏の急逝以来約1年ぶりに活動を再開した。90年代J-POP全盛期世代としては、いつかまた、4人揃ったSPEEDのエネルギッシュなパフォーマンスを見たいと思う。
(ぬる子)
「SPEEDLAND -The Premium Best Re Tracks-」