「大胆不敵な犯行」とは、まさにこのことでしょう。赤の他人に成りすまし、地方のカラオケ大会に審査員として参加、唄まで歌う……。
まるで、三谷幸喜脚本のドラマにありそうな、奇想天外かつコメディタッチな展開に、当時、世間は度肝を抜かれました。こんなこと、現実でやる人いるのか、と。

発端は『亜麻色の髪の乙女』のヒット


そもそも、この事件は『亜麻色の髪の乙女』のヒットなくして、語れません。1968年、ヴィレッジ・シンガーズによって制作されたこの楽曲。発売当初は、全く注目されなったものの、34年の時を経た2002年に、突如、脚光を浴びることとなります。
『亜麻色の髪の乙女』偽者歌手事件の大胆すぎる犯行手口
島谷ひとみ

ブレイクのきっかけとなったのは、当時放送されていた、『花王 エッセンシャル ダメージケア』のテレビCM。歌手の島谷ひとみが、彼女のトレードマークである美しいロングヘアーをとかしながら、「あまいろの~♪」と口ずさんでいるのを見た視聴者から「あの唄はなんだ!?」と評判を呼び、急遽、音源制作が執り行われたそうです。

完成した現代風のポップなアレンジが施されたCDは、瞬く間に評判となり、オリコンチャート最高位4位、30万枚以上の売り上げを記録。島谷自身もその年、『NHK紅白歌合戦』に初出場を果たすなど、大きな飛躍を遂げました。


このブームを違う視点で見ていた男が……


上記のように、CMソングとして人気に火が付き、一躍、2002年を代表する曲となった『亜麻色の髪の乙女』。時代の奥底にうずもれていた名曲をフューチャーした、『花王 エッセンシャル』のCMクリエイターも賞賛されてしかるべきですが、それよりも、このブームによって注目を集めたのは、楽曲の生みの親、ヴィレッジ・シンガーズです。30年以上も前に、今聞いても古くささを感じさせない普遍的な曲・詞を書き上げていたのです。彼らが再評価を受けるのは、当然の流れでしょう。ワイドショーやニュースなどでも度々、このグループサウンズについて取り上げていました。


こうした情報番組を、世間一般の人たちが「こんなグループがいたんだ」と軽く興味を抱く程度に眺め見ている中で、「これはチャンスだ!」とビジネスの予感を嗅ぎ取り、野心を燃やした人物が一人だけいました。それが事件の犯人・井出一雄です。

結構うまかった偽者の歌唱


彼は、自身のことを、「元・ヴィレッジ・シンガーズの清水道夫」と名乗りました。“本物”と信じ込んだ地元商工会役員らの依頼により、長野県御代田町主催の「信州御代田龍神まつり」の前夜祭としておこなわれたカラオケ大会に、特別審査員枠で出演します。イベント中には『亜麻色の髪の乙女』の唄まで披露。その映像がニュース番組で度々報じられ、大きな話題となりました。

「んぁあまいろのぅ~♪」と、ムードたっぷりに歌うこの偽者。さすが、プロの歌手の名を語るだけあって、歌唱力はなかなかのものです。熱唱しながら、客席に赴き、おばちゃんたちと握手する様は、カラオケ大会というより、清水道夫、もとい井出一雄、ディナーショーといった趣。完全に本人になりきって歌っているのが、何とも滑稽でした。

結局、このカラオケ大会に来ていた清水道夫氏の知人が違和感を感じ、氏が所属するレコード会社に通達したことで、あえなく御用となりました。そもそも、本物が華奢な優男風のルックスなのに対し、偽者がゴツいコワモテだったため、嘘を突き通すのに、無理があったのは誰の目にも明らかです。
それなのに、目先の出演料15万円欲しさに犯行に及んだ井出一雄。彼の向こう見ずなおバカっぷりは、『亜麻色の髪の乙女』同様、色あせることはありません。

(こじへい)
※イメージ画像はamazonより男歌~cover song collection~