大晦日に紅白ではなく、日本テレビの「笑ってはいけない24時」シリーズを見ている人も多いだろう。さて、この「笑ってはいけない」シリーズは元々、『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』内の罰ゲーム企画から始まった。

今回は「笑ってはいけない」シリーズ以外にも面白いものばかりだった、『ガキ使』の罰ゲーム企画を振り返っていきたい。

『ズームイン!!朝! 』に乱入した松本人志


記念すべき第一回の罰ゲームが行われたのは1990年。紅白の勝敗を賭けたゲームに敗れた松本人志が罰を受けることに。その罰とは、フジテレビ系の『夢で逢えたら』で演じていたキャラクター「ガララニョロロ」に扮して、日テレ朝の生放送番組『ズームイン!!朝! 』に写り込むというもの。
当時番組MCを務めていた福留功男の後ろを通りすぎる、「ガララニョロロ」姿の松本。これを見た福留は「朝から変な人が来てるようですね」と冷静にコメントしていた。

放送終了のお知らせ鳩になった松本


1992年、再び勝負に敗れた松本に課せられた罰ゲームは、鳩になるというもの。当時、日本テレビは放送終了時に鳩のアニメーション映像を使っていたが、これを松本に行わせたのだ。

早朝から鳩に扮装した松本が「日テレの新年一発目の仕事で~す」と言いながら登場。新聞のTV欄に載っていたため録画率も高く、生で見る人ために早起きした人も続出したそう。

エビアンを現地で汲む浜田雅功


1993年に行われた、走り高跳びで敗れた浜田雅功への罰ゲーム。エビアンのペットボトルを持ち、フランスにエビアンを汲むだけの旅に出かけさせられてしまう。
現地で全くわからぬフランス語に悪戦苦闘し、滝まだ出向きエビアンを汲んだ浜田。しかし実は、現地の水道から流れる水は全て「エビアン」と呼ばれており、わざわざ滝まで行く必要はなかったというオチ。

NYまでシャーペンを取りに行く


紅白予想で負けた浜田の罰ゲームで1995年に行われた。坂本龍一に貸したシャーペンを取りに行くという理由だけで、ニューヨークにある坂本龍一の自宅へ向かわされるという罰ゲーム。
一回はシャーペンを貰い、帰国するものの、シャーペンに付いている消しゴムがなかったという理由で再度ニューヨークに行くことに。
坂本龍一は玄関も開けずにシャーペンを放り投げるなど、終始浜田に対して冷たい態度だったのが印象的だ。

24時間耐久鬼ごっこ


これが大晦日の「笑ってはいけない」シリーズのひな形ともいえる罰ゲーム。この罰ゲームが行われた辺りから、松本と浜田だけでなくレギュラーメンバーの月亭方正とココリコも巻き込んだ対決となる。
1999年に松本vs浜田軍(方正、ココリコ)との100m対決で勝った松本が与えた罰ゲームがその始まり。都内の体育館の中央、4畳半の畳の中で待機した4人が、不定期に現れる全身黒タイツ姿の鬼に捕まると様々な罰ゲームを受けるという過酷な内容だ。
浜田はこの罰ゲームの後に体調を崩し仕事を休んだほどだったという。

これ以外にも様々罰ゲームを『ガキ使』では行ってきたが、どれもかなり面白い。DVD化されているものもあるので、気になる方はチェックしてみてはいかがだろうか。
(篁五郎)
※イメージ画像はamazonよりダウンタウンのガキの使いやあらへんで !! 1 浜田チーム体育館で24時間鬼ごっこ ! [DVD]