これまで『紅白歌合戦』に計34回出場し、最近では「ラスボス」としてネットの住人からも人気の小林幸子。今回はそんな小林さんに紅白での豪華な衣装についてや、最近のネットでの活動など、色々とお話を聞いてきました!

15年もの下積み生活を経験した小林幸子


小林さんは9歳でスカウトされ、芸能界デビューしたのはなんと10歳の時!
「若い子に10歳でデビューしたことを言うとビックリされますね」
「私は変わった」小林幸子が語る、紅白舞台裏とネット民に受け入れられた理由

しかし、デビュー後は鳴かず飛ばずの状態が続きました。そんな小林さんに転機が訪れたのは、デビューから15年ほどが経った1979年。
『おもいで酒』がB面ながらも話題になり、大ヒットを記録します。そして同年、この『おもいで酒』で紅白初出場を果たしたのです。(その後2011年まで連続33回出場)

小林幸子が豪華衣装を始めたきっかけは


小林さんといえば、紅白で披露される豪華で大がかりな衣装が毎年話題になっています。しかし、紅白に出始めた当初は、「普通に舞台まで歩いて行って歌ってましたよ」と自身が語るように、そこまで大がかりな演出ではありませんでした。「ラスボス」と呼ばれるきっかけにもなった豪華衣装を、始めるきっかけは何だったのでしょう。
「元々パフォーマンスが好きだったので、緊張をまぎらすためもあり、大がかりな演出をする前から十二単を着たり(1985年)、クレオパトラになったり(1986年)して歌ってました。そんなときに、当時の市川猿之助さん(現・二代目市川猿翁)に出会ったのが豪華衣装のきっかけです」

現・二代目市川猿翁といえば、大掛かりな舞台演出で有名な「スーパー歌舞伎」の創始者。
小林さんはこの「スーパー歌舞伎」を見て、「自分もこういう衣装を着て歌いたい」と思い直談判。
その結果、1989年紅白での天女をイメージした衣装演出から、現在まで続く大がかりなパフォーマンスがスタートしたのです。

しかし、実を言うと何度か豪華衣装を着たパフォーマンスを辞めようと考えたこともあったとか!
「猿之助さんから『より大がかりの衣装にしていくのも目標でしょうが、最終的な目標は"元に戻す"ことです』と伝えられていたんですね。でも、私が思っている以上に、みんなが衣装に対して物凄く期待してくれるのが分かり、引けなくなっちゃって(笑)

壮絶な豪華衣装の舞台裏


そんな一見すると、華やかに見える豪華衣装の裏には、壮絶な苦労が隠されています。昨年の紅白における前日のカメラリハーサルで「メガ幸子」が動かなくなるというトラブルに見舞われて大変だったそう。
「私が『大丈夫なの!?』と言ったら、みんな『大丈夫です!』と言ってくれたので、不安なく歌えたんです。でも、本番が無事に終わった後に『実は、朝まで不眠不休で修理し時間との勝負でギリギリでした。
現場は真っ青になりました』
と聞いて、本当に驚きました。みんなが私に心配かけないようにと、配慮してくれたんですね」
「私は変わった」小林幸子が語る、紅白舞台裏とネット民に受け入れられた理由
過去の紅白衣装が掲載された資料を眺める小林さん

しかし本番を大成功に導いたのは間違いなく、裏方のスタッフも含めた多くの方々の努力によるところが大きい。小林さんもこう語ります。
「今回だけでなく、過去の紅白でも感じていることですが、本番で歌うのは3分だけ。だけども、それぞれの持ち場の人が3分間のために1秒、1mm単位でこだわって戦っているんですね。もはやプロを超えていますよ。
5884組のみんなに本当に感謝です」

小林幸子が語る紅白独特の雰囲気


ところで、小林さんは紅白歌合戦について、過去のインタビューで「普通の歌番組とは違う」と語っていました。紅白独特の雰囲気について、次のように語ります。
紅白は不思議な空間です。日本の音楽界で選ばれた人たちがでていることもあって、その人達から出るエネルギーやパワーが、本人が出そうとしていなくても出ています。目に見えないですが、"妖気"みたいなものがありますね」

そして紅白には、特有の緊張感もあるようです。
「普通に『どうも~』と喋っていても、みんな心ここにあらずという感じです。本番前になると、あっちこっちで『はあ~、どうしよう』という声が聞こえるんですね。
みんな同じだなと(笑)。緊張からですよね、多分。
やはり生放送ですので、"もう1回"ができないですし。そして、紅白という舞台に選ばれたからには素晴らしいパフォーマンスをしたいと皆思うわけですから」

小林幸子が幅広いジャンルで活躍できる理由


そんな小林さんですが、最近では演歌というカテゴリーに囚われず、『ニコニコ動画』など幅広いジャンルで活躍中。そこには「大御所だから」という意識がないように思えます。
以前はそういう意識もありましたよ。でも、時代は間違いなく変化していることにふと気づいたんです。
確かに演歌の歌い手ですが、ここだけで留まるのでなく、もう少し違う世界みたいなと思いました」
「私は変わった」小林幸子が語る、紅白舞台裏とネット民に受け入れられた理由

このように思った時、小林さんは自らの知らないうちに、「垣根」や「壁」を作っていたことに気付いたといいます。小林さんは「垣根」や「壁」を壊す大切さについて、こう語りました。
新しいことをするには、垣根とか壁を取っ払う必要があります。これって凄く勇気のいることだけど、とても簡単なことなんですね。自分の場合、あるきっかけがあったので、もの凄くすっと入っていけて。そうしたら、周りのスタッフも面白がって、『ニコ動』の話などをしてくれたんです」

「垣根」や「壁」をなくしたことで、「今は凄く楽しい」と語る小林さん。

「周りも面白がって色んな話が来ますね。たまにプロレスとか、こんなことをやって、私本当に良かったのかしら? と思うものもありますが(笑)

実感がなかったネットでの人気


このように垣根を越えて活動した結果、かなり幅広い層に愛される存在になりました。小林さんいわくファンの方は、デビュー当時から知ってくれている層・『おもいで酒』ヒットからの層、ポケモンの主題歌(『風といっしょに』)などからの層がいるといいます。
そして今年から、なんと子供向け番組で「歌のお姉さん」としてレギュラー出演中!
「どこがお姉さんなんだか、よくわかりませんが(笑)。本当にお姉さんでいいんですかと聞いたら、『いいんです、いいんです。番組のタイトルが"ワラッチャオ!"ですから』と言われました(笑)。でも、凄く幅広い世代の人たちが知ってくれるようになって、嬉しいですね」

幅広い層から高い支持を得た結果、見事に昨年の紅白では4年ぶりの復活出場を果たしました。
「80歳くらいのお爺さんお婆さんは『ラスボス降臨』ってなんだろう? とお孫さんに聞いたりしていたそうです(笑)」

しかし小林さん自身も、「若いネットのユーザーから人気がある」といわれても最初は実感がなかったとのこと。
「やはり生まれた時からパソコンがある世代とそうでない世代では、全く違いますよね。ネットで100万回見られた(注:小林さんがニコニコ動画に初めて投稿した動画が3日で100万再生を超え、当時話題になっていた)といわれても、最初はピンとこなかったんです。でも、徐々にイベントなどに出させてもらったり、動画投稿を重ねるうちに、すこしずつみんなに受け入れてもらえているという実感が出てきました。
そして昨年の紅白の演出で、インターネットの世界とのコラボができて、みんなが書き込みしてくれたでしょ。あのとき本当に沢山のネットユーザーの皆さんに応援していただいているんだなあと、感謝でした

小林幸子の次なる目標は?


「私は変わった」小林幸子が語る、紅白舞台裏とネット民に受け入れられた理由

さて、最後に小林さんに今後の目標を聞いてみました。
目標はないですね。それは良い悪いではなくて、ただ目の前のことを一生懸命に行うという意味です。
よく幸子さんどこに向かってるんですか? と聞かれますが、別にどこにも向かってないけどなって思います。本当にこの4、5年で思い込みを捨てて、変わりましたから。今もありがたいことに、色々オファーが来ているので、それらを面白がって一生懸命精一杯やるだけです。そうするとまた新しい出会いが来てくれるはず」

今後もまだまだ面白い企画を考えていると語る小林さん。次は一体どんな新しい「小林幸子」が見られるのか期待です!

(写真:中村泰介)

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■子供番組の「歌のお姉さん」に就任
【ワラッチャオ! レギュラー放送】
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