「全員暴走」。

7日から劇場公開の始まった北野武監督作品『アウトレイジ 最終章』。
シリーズ3作目となる今作は、公開週末の全国映画ランキングで初登場1位を獲得するほど注目を集めている。

普段のシネコンの雰囲気とは少し違う、マジで怖そうな観客が真剣にスクリーンを見つめる緊張感漂う雰囲気の中、終わりに向かって突き進む男たち。70歳のビートたけしと65歳の白竜の穏やかな口調の中に常に殺気が漂う異様な会話シーンには、28年前のあの映画のことを思い出したファンも多いのではないだろうか。

北野武の映画初監督作『その男、凶暴につき』


1989年作品『その男、凶暴につき』である。

当初は奥山和由プロデュースで監督は故・深作欣二、主演ビートたけしで進められた企画だったのが、深作のスケジュールが合わず、主演ビートたけしのまま、北野武として自身初の監督を務めることになる(ちなみに『その男、凶暴につき』というタイトルは奥山がつけたという)。

90年代にフジテレビドラマの人気脚本家となる故・野沢尚が書いた脚本をたけし自身が大幅に変更・省略しアレンジ。
ポスターでは脱力して立つたけしが鋭い眼光でこちらを見つめているだけの強烈なビジュアル。
結果、当初は「人気お笑い芸人が作った娯楽作品」と軽く捉えていた批評家や映画ファンたちの度肝を抜く作品が誕生することになる。

「コドモには、見せるな」の意味


冒頭では公園の浮浪者を理由なく襲撃する少年たちを執拗に描写し、郊外の真新しい白い一軒家に帰ったひとりの少年を刑事・我妻(ビートたけし)が訪ねる。
怪訝そうな母親に「大丈夫ですから」なんつって有無を言わさず家に上がり込み、二階の少年の部屋をノック、ドアを開けた途端いきなり殴る蹴るの暴行を加え犯行を自白させる。

現行犯逮捕ではなく、あえての暴行自白。無茶苦茶である。そして、観客もこのオープニングシーンだけで『その男、凶暴につき』というタイトルや「コドモには、見せるな」というコピーの意味を納得させられてしまう。

「刑事物ドラマ」の予定調和を破壊した


監督1作目の北野武は、あらゆる「刑事物ドラマ」の予定調和を破壊してみせる。
我妻は自身の仕事を聞かれると「鉄砲の通信販売」と笑ってみせ、後輩から借金しまくり(タクシー代千数百円すらもたかる)、仲間の刑事が殴られていても傍観者として眺め、犯人を追うのにも疲れて途中で走るのをやめてしまう。


挙げ句の果てに普通ならヒーローとして描かれる正義感溢れる若い熱血刑事は、チンピラ風の逃亡犯にあっけなく金属バットで殴り殺される悲劇。
面倒を見ている知的障害者の妹(川上麻衣子)に手を出した男には、「もらってくれるんだろうなー」とケツを蹴り飛ばしながらバス停まで送っていく。そんな我妻は唯一慕う先輩・岩城(平泉成)も関係していた麻薬問題をきっかけに、元締め組織が雇うヒットマン清弘(白竜)との殺し合いに身を投じていくことになる。

当時42歳たけしと36歳白竜の静かな底知れぬ凶暴性。果たして、我妻は生き残ることができるのか?

強烈な存在感を放った我妻の部下


チンピラ役で遠藤憲一や寺島進といった無名の若手役者だった現代の実力派俳優らも多数出演しているが、中でも強烈な存在感を放っているのは我妻の部下・菊池刑事を演じた芦川誠だろう。

19年前の1998年に発売された『フィルムメーカーズ2 北野武』(キネマ旬報社)というムック本の中で、大杉蓮、寺島進とともに『北野組座談会』に参加している芦川は、「北野武監督との出会いは草野球」と驚きのエピソードを話している。


「当時、監督のチームとずっと試合をしてね。その頃、四谷でアルバイトをしてて、そこへ監督がちょいちょいいらっしゃってて「兄ちゃん何してんの? ウチ来いよ」って誘われて、前の事務所をやめてすぐ行きました」

野球が繋いだ縁をものにした若者は、やがて『その男、凶暴につき』の厳しいオーディーションを突破してみせる。
ちなみに劇中で話題になった菊池の変貌を描いた例のシーンは、撮影最終日5日程前に急遽決まったものだという。

芦川は自分の出番は終わってもずっと現場に通っていたら、北野監督から「誠ちゃん、服着替えて、背広ある?」と声をかけられる。そこで生まれたのが、あのラストシーンというわけだ。

それにしても、何度見返しても凄まじい映画だ。
いまや日本を代表する巨匠として知られる“世界のキタノ”が、お笑い芸人ビートたけしの全盛期に撮ったデビュー作。
それはあの伝説のクソゲータイトルの通り、まるで80年代末の停滞していた日本映画界への『たけしの挑戦状』だったように思う。


『その男、凶暴につき』
公開日:1989年8月12日
監督:北野武 出演:ビートたけし、白竜、川上麻衣子、佐野史郎、芦川誠
キネマ懺悔ポイント:99点(100点満点)
英語題名は『Violent Cop』。北野映画第1作目のインパクトは多くの熱烈ファンを生み、もちろん自分のデビュー本『プロ野球死亡遊戯 そのブログ、凶暴につき』もこのタイトルがベースとなってます。ありがとうございました。
(死亡遊戯)


(参考文献)
『フィルムメーカーズ2 北野武』(キネマ旬報社)



※文中の画像はamazonよりその男、凶暴につき [DVD]