これも風情? トマソン風の非常はしご
奇妙だが味のある「非常はしご」
「トマソン」という言葉をご存知だろうか。「不動産に付着していて美しく保存されている無用の長物」と定義され、埋め立てられた門や、用途を失ったまま残された階段などがその例として挙げられる。
名前の由来は、1982年読売ジャイアンツに助っ人として迎えられたが、活躍することなく解雇となった元大リーガー、ゲーリー・トマソンに因んでいる。

ニュージーランドに住み始めて何年もずっと、あるものを見て「トマソン」だと思っていた。それは、古い建物の正面にかかっている「はしご」。建物の上のほうから下に伸びているのだが、地上からおよそ2、3メートルぐらいのところでプッツリと切れている。建物から地上に下りることも、地上から建物に上ることもできない、まさにトマソン。

しかし、最近になって、これが「非常階段」に付属する「非常はしご」であることを知った。その昔、はしごはスライド式になっていて、避難する際には、もうひとつのはしごを伸ばして地上まで届くようになっていた。のだが、実際問題、雨などではしごが錆び、動かないことがあるため、普段ははしごが外されている。

わざわざスライド式にして、はしごが途中で切れているのは、不審者がそのはしごを使って、建物内に進入しないため。さらに、道路に面した建物の正面に取り付けられているので、万が一、不審者がよじ登っていれば、歩行者や車のドライバーにすぐに見つかってしまう。建物の外観の美しさは損なわれるが、安全性は保つことができるというわけだ。

ちなみに、アメリカ映画を見ると、外側に非常階段のついた古い建物が出てくることがあるが、この階段も、地上についていない場合が多い。
もちろん、これもトマソンではなく、一番下の部分が折りたたみ式(跳ね上がり式)になっていて、利用時には階段を地上に下ろすようになっている。

わたしの住むオークランドは、近年、建設ラッシュで、風情ある古い建物が失われている。もちろん、建物の正面に堂々とくっついた、あの味のある非常はしごも……。近代化の渦に呑み込まれ、ニュージーランドの“古きよき時代”が失われていくのは、なんだか寂しい。
(畑中美紀)
編集部おすすめ