料理の先生が「料理をやめてみる」ことをすすめる本を書いた理由
本多さんが主宰する「見るだけ」のお料理教室の様子。「座って見ているだけ」の気軽さがウケて、のべ12,000人が参加しているという。リラックスしすぎて、途中で居眠りしてしまう人もいるとか

安価なお弁当屋や定食チェーンなども増え、便利な世の中になったとはいえ、夕食は自宅で調理したものを家族と食べるという人もまだまだ多いのでは? 掃除などの家事を外注することにはさほど抵抗を感じない人が多いのに、料理に関しては、手作り信仰がいまだに根強い。
そんななか、タイトルだけでドキッとしてしまう『料理が苦痛だ』(自由国民社)なる本が出版された。

料理の先生が「料理をやめてみる」ことをすすめる本を書いた理由

なんと、お料理の先生が「料理をやめてみる」ことをすすめる衝撃的な内容である。著者は鎌倉のカフェ「リエッタ」のオーナーであり、同名のお料理教室も運営している本多理恵子さん。その独自の哲学について、話をうかがった。


料理に疲れた主婦が集う「見るだけ」の料理教室


――家族からの「カレーとかの簡単なものでいいよ」に、「そのカレーがめんどくさいんだよ!」とキレそうになったエピソードなど、「あるある」ネタが満載で、ノウハウだけでなく読みものとしても楽しませていただきました。料理エッセイとしては相当風変わりな内容ですが、どういった経緯でこういう本をお書きになることになったのでしょうか?

本多 料理教室に来られる主婦の方々がもらす、「毎日の料理に疲れている」という本音がきっかけでしたね。私自身も心から共感し、どうしたらこの苦痛から逃れられるのか? 力になりたいと思いました。
最近流行りの「スピードレシピ」などではない、もっと根本からの荒療治「作らない」を、料理を仕事にしている私の立場から発信することが、「なんだ、それでもいいんだ」と肩の荷を降ろしていただくことになるのではと考えたんです。

――自分はまったく手を動かさない、「見るだけ」の料理教室って斬新ですよね。しかも、エプロンもつけず、包丁すら持たず調理に参加しないけれど、最後にはできあがったお料理をおいしくいただけるという(笑)。

本多 実は、私自身が過去に「自分で作る料理教室」に参加し、「慣れない人との共同作業」「慣れないキッチンでの調理」に疲れ果ててしまった経験があったんですよ。せっかく料理を習っても、帰ってから作る気力が残っていないのです。主婦はある意味、料理のプロなので、だいたいのことは「見ればわかる」はずです。しかも、この方法だと全体の流れや手順が、座りながらにして俯瞰で見渡せます。

「料理」をネタに気晴らしをしてほしい、元気になって、また「おいしいものを作って食べさせたい」という前向きな気持ちになってほしい。そんな願いがあります。

――たしかに料理教室って4人くらいのグループで作業することが多いので、ひたすら鍋の中身をかき混ぜていたり、生地をこねていたりして、他の手順がまったくわからないまま終了ということも多いですね。



本の表紙を見て焦った夫に豪華ディナーを誘われた読者も


料理の先生が「料理をやめてみる」ことをすすめる本を書いた理由
巻末には、料理が苦痛な人のための「お助けレシピ」も。画像は材料をまとめて蒸すだけの「キーマカレー」
料理の先生が「料理をやめてみる」ことをすすめる本を書いた理由
「お助けレシピ」に登場するローストビーフは難易度が高そうに見えるが、実は5分で完成する

――本書のキモである、5日でも1週間でもいいから「とにかく料理をやめてみる」という提案は、お書きになるのに勇気がいったのではないでしょうか? しかも、「夜だけ」といった中途半端な決断ではなく、「完全に、まったく」作らないのというのが衝撃的でした。しないと決めたら、その期間は「研修」と称して、デパ地下、宅配食材、デリバリー、外食など、ありとあらゆる手段を活用しまくるというのもいいですね。

本多 はい、たしかに勇気が必要でした(笑)。たとえ思っていても、実行に移せない、口に出せない。なにせ昨今の「こんな時代だからこそ、ていねいに暮らそうブーム」を思うとなおさらです。
ただ、誰も言っていない「やめてもいいんだよ」というメッセージは届けたいと思いました。その選択肢があるということだけで救われる場合もあると思うんです。
まだ「実際にやめてみた」というお声はいただいておりませんが、「目からウロコが落ちた」「思わぬ効果があった」というお声は多数いただいております。

たとえば、「どうしても作りたくなくてしばらく外食してみたら、自分の料理が実はおいしいという再確認ができた」「『料理のどの部分が嫌いなのか?』を探るきっかけになった。料理そのものは大好きだけど、『じっくり炒める』という工程のみが苦痛ということに気づき、『炒め玉ネギ』を通販で買うことにしたら気が楽になった」などなど。

「本の表紙を見た夫が焦って『今までありがとう』と豪華ディナーに誘ってくれた」なんていうお声もありました(笑)。


海外では毎食、同じメニューなことも珍しくない!?


――諸外国に比べると、日本の主婦は料理に手をかけすぎ、という指摘も興味深かったです。たとえばお弁当なども、色々な種類のおかずをきれいに詰めるのってとても大変ですよね。欧米で働いている人に聞いてみると、たとえばパスタなど1種類をたんまり、というお弁当を持参する人が多いと聞きました。海外では定番のものを、さほど手間をかけずに食べることが多いのですか?

本多 大昔の話ですが、ホームステイしていた際に「外国の日常ごはん」に衝撃を受けた経験があります。お昼ごはんがポテトチップスとりんごで、同じものが1カ月続きました(笑)。ちなみに現在、うちの息子も海外で下宿生活をしているのですが、食事は1週間単位で同じものが毎日続くそうです。(取材した日の前週は、レトルトで作ったラザニアのみの夕食が1週間続いた)

最近ではロンドンの友達に会いに行ったら、今日はディナーをご馳走させてと、チェーン店のピザ屋さんへ案内されました。それがおいしいもの・ご馳走・食べさせたいモノだという衝撃。それに引き換え、日本では、あらゆる種類の選択肢があふれかえっていますよね。
単品だけを食べる、同じものを食べ続ける、コンビニ弁当やスナック菓子でお腹を満たす、レンジでチン……すべて悪とみなされる風潮が日本にあることを、海外で感じた次第です。

――お書きになっていた、家庭科の授業で習う「30品目の呪縛」というのが背景にあるのかもしれませんね。加えて最近は「インスタ映え」という呪縛もあり、焼肉用のホットプレートですら真っ白でおしゃれなものにこだわる時代ですから、ますます根深いですね。



SNSなどでさらに深まる料理の呪縛から逃れるために


――「誰もが毎年、梅を漬けたり、栗の渋皮煮を作っているわけではない」など本書には名言が満載で、思わず手帳に書き写したくなりました(笑)。思うに、女性も社会で活躍するようになった現代において、料理というのは女性らしさの象徴であり、最後のアイデンティティ的な面があるのかなと。そのため、手作りへのこだわりを手放すことが難しかったり、キャパオーバーになるまで無理してしまう人がいるのかもしれません。

本多 おっしゃる通りです。乱暴な言い方ですが、季節を大事にする自分・旬の食材から豊かさを感じる自分を、SNSなどで多くの人がアピールするようになりました。誤解されがちですが、「季節を大切に、ていねいに料理をする」ということは、すばらしいことだと思います。ただ……だいたいは「余裕」がある人です。色々なものがスピード化し、簡略化される世の中で「あえて手間をかける贅沢」を味わえる、「気持ち」「時間」「環境」に余裕がある人ということですね。そして、そのことが今の世の中では、「素敵なこと」に映ります。

でも、それに「右へ習え」して無理しなくてもいいと思うんです。子供や家族にとって、白いごはんにふりかけをかけただけでも、ニコニコ笑うお母さんと一緒にほおばるなら、絶対においしく強く印象に残るはず。
大切なことは、日々、自分が機嫌よく笑っていられる方法を模索すること。
私はそれを全力で承認して、応援したいと思っています。そしてこれは、実は、料理に限ったことではありません。本書を自分が抱える課題に向き合い、前向きになるためのヒントにしていただけたらとてもうれしいですね。
(まめこ)
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