ヒトが生きていくために絶対に欠かせないのが食べることと眠ること、そして排泄。排泄……平たく言ってしまうとウンコとオシッコをすることであります。

排泄は大切なことなのに不快な臭いをともなうせいもあるのか、タブー視されてしまうことが多い。

そんなタブーを打ち破るかのごとく、昨年末に一冊の本が出版された。

『くう・ねる・のぐそ 自然に「愛」のお返しを』(伊沢正名著 山と溪谷社刊)である。えっ~、「のぐそ」……「野糞」、野外での大便排泄について書かれた本であります。
オビには「21世紀の奇書誕生! 野糞をはじめて35年、日本全国津々浦々、果ては南米、ニュージーランドまで、命の危険も顧みず、自らのウンコを10000回以上、大地に埋め込んできた……」とある。

「野糞をはじめて35年」、「21世紀になってから一度もトイレで排便をしていない」などのインパクト大のコピーにまず驚かされたが、著者の伊沢正名氏の名前の前に添えられた「糞土師(フンドシ)」という肩書にも目を奪われた。


「野糞評論家」や「野糞研究家」といった名称ではなくでは「糞土師」とある。
本のタイトルに“自然に「愛」のお返しを”とあるように、伊沢さんは自分のウンコをすべて土に返すという信念のもと野糞を続けているのだ。ただ、やみくもに気の向くまま野糞をしているちょっとおかしな人ではないのである。
彼の行動はまさに糞を土に返す人「糞土師」という名称がしっくりくるではありませんか。
35年にもわたる彼の野糞人生をつづった本書は私たちに真のエコロジーとは何なのかを考えさせてくれる。

著者の伊沢正名さんはキノコなど自然界の生物を撮る写真家。
多くの作品を図鑑や書籍で発表している。高校生時代に自然保護運動に加わったことをきっかけに独学で撮影術を学び、1975年からキノコ写真家として活動を始めたという。以後、キノコだけでなく、コケ、変形菌、カビなど系統的、生態的に極めて多様性に富んだものたちを撮り続けている。

そんな彼が「なぜ『野糞』に目覚めたのか?」「オシッコではなくなぜウンコだけにこだわるのか?」「都会生活ではどうしているのか?」など素朴な疑問を持たれる方も多いと思うが、その答えはぜひ本書でご確認いただきたい。

「野糞」というと一見、奇行とも思える行為だが、糞土師、伊沢さんの野糞は奥が深い。
他人に迷惑をかけない野糞の仕方はもちろんのこと、自然への負荷を考慮し、紙を使わず水と葉っぱを使用する「伊沢流インド式野糞法」なるものを確立している。
さらに、雪面の場合などでは雪解け後のことまで考えて場所選びをする徹底ぶり。また、野糞を始めて35年というだけあって失敗談も数多く、失礼ながらそれがまた面白い。

口絵にはウンコに生える美しいキノコの写真や、お尻を拭くのに紙に勝るとも劣らない吹き心地のいい葉っぱを紹介した「お尻で見る葉っぱ図鑑」というページもあり、今まで気づかずにいた自然の姿を教えてくれる。

そして1年にも渡る「野糞跡掘り返し調査」を敢行し、それまで誰も見ようとしなかった!? ウンコが土に還るまでの過程を生々しく記録。
このカラー写真で撮られた“ウンコが土に還るまでの過程”の記録は巻末に袋とじで掲載。従来、一般書では動物のウンコの写真はリアルなものを使っていても、ヒトのものはイラストなどを使ってきたことを考えるとこれはすごい。


写真を袋とじにしたのは、「ウンコを見たくない人もいる」ことを考慮してのことというのは言うまでもない。

『くう・ねる・のぐそ 自然に「愛」のお返しを』を出版するにあたって伊沢さんは語っている。
「エコロジーが声高に叫ばれるいま、イメージだけで上滑りせず、自然の本質を正しくとらえ、何が本当に自然にやさしいのかを見極めることが大切だ。じつは野糞にこそ、その答えが隠されているのだから」と。

食べることばかりに興味がいきがちだけれど、出ていく方にも目を向けてみてはいかが?
実際に野糞はできなくてもその精神を知ることが大切なことではないだろうか。
(こや)