家電芸人、ガンダム芸人、昭和プロレス芸人……。人気バラエティ番組『アメトーーク!』で、芸人たちが自分の好きなものへの愛情を夢中になって語り合う姿が人気を集めているのはご存知のとおり。
ひたすら愛情を注ぐ一方で、独りよがりにならないギリギリのバランスで対象について語り尽くし、観客を喜ばせる。まさに新しい芸と言っていい。

そこで注目したい芸人がいる。ポマードで固めたヘアスタイルにDCブランドのスーツ、そしてレイバンのサングラス。バブル時代にタイムスリップしたようなファッションに身を包む男、それがセクシー川田だ。彼の持ちネタは1986年に放送されて一世を風靡した刑事ドラマ『あぶない刑事』と、その主人公の大下勇次刑事、通称・ユージを演じた柴田恭兵にまつわるものばかり。つまり、『アメトーーク!』流に表現すると、セクシー川田は「柴田恭兵芸人」「あぶない刑事芸人」だといえるだろう。芸名の“セクシー”はもちろん、ユージがドラマ中で自称するあだ名“セクシー大下”から採られている。

去る9月1日、中野ゼロ視聴覚ホールで行われた『もっともあぶない刑事一代』は、今年で3回目を迎えた川田主催のトークイベントだ。会場にいるほとんどの人が共感できない“『あぶない刑事』あるある”に始まり、川田が『あぶない刑事』への愛を語りまくるトーク、柴田恭兵が出演したポッカのCMや『あぶない刑事』のEDタイトルの完コピ映像(もちろん主演は川田)などが披露された。『あぶない刑事』についてほとんど何も知らない共演者を前に一人で2時間20分喋りまくり、やはり『あぶない刑事』のことをあまり知らない若者中心の60人を超える観客を笑いの渦に巻き込んだのだからたいしたもの。これぞ一人『アメトーーク!』状態だ。
いったい、この芸人は何者なんだろう?

セクシー川田は事務所に所属していないフリーランスの芸人、インディーズのお笑いライブを中心に活動している。年齢は現在26歳。ん? 『あぶない刑事』の人気が絶頂を迎えていたのは1980年代後半のこと、彼はまだ生まれて間もない頃のはずだ。

「僕が『あぶない刑事』にハマッたのは小学生のときに見た再放送からです。中学2年の頃には友達に“セクシー川田と呼んでくれ”と言っていましたから、セクシー川田が誕生したのはその頃ということになりますね。でも、残念ながらクラス中が『踊る大捜査線』に夢中だったんです……。今でも『踊る~』は好きになれませんね」

川田少年が中学生だった97年前後は、モーニング娘。とヴィジュアル系が大流行していた頃。そんな時代に、ユージとタカ(舘ひろし)の歌声が響く『あぶない刑事』を熱心に見ていたわけだ。では、『あぶない刑事』の一体何が彼の心を掴んだのだろうか?

「刑事ドラマとしての『あぶない刑事』も大好きなんですが、柴田恭兵さんのウィットに富んだジョークと軽妙洒脱な動きに魅せられてしまいました。僕はあまり喋らないようなおとなしい子どもだったんですが、ユージに出会うことによって世界のビジョンが変わったんです」

小粋なDCブランドで身を固め、堅物の上司に怒鳴られてもどこ吹く風、ジョークを言いつつ、ピョコピョコ跳ね回りながら拳銃を撃ちまくるユージ=柴田恭兵の姿を見て「こんな大人になりたい!」と憧れた川田少年。学校の先生に叱られたときもユージ風に「何言ってるんですか、課長。
大人の付き合いじゃないですか」と言い返してメチャクチャ怒られたそうだ。

「髪は中学生の頃からポマードで固めてました。ワックスなど整髪料禁止の学校でしたが、僕だけは怒られませんでしたね。先生も“お前、大丈夫か?”と言うだけで(笑)。私服は必ずジャケット着用、その下にはホルスターにモデルガン。今でも私服はスーツしか持っていません。当時は駅で勝手に怪しい人物を張り込んだりして遊んでました。そのまま尾行して、相手が車に乗ったら走って追いかけたり。自分的には見せ場なんですよ(笑)」

とはいえ、普通は放送が終われば、なんとなく日常生活に戻るはず。しかし彼の場合、帰宅したらまず『あぶない刑事』のビデオを流すのが中学生の頃から今に至るまでの日課なんだそうだ。「僕にとって『あぶない刑事』は常にリアルタイムなんですよ」。

繰り返し『あぶない刑事』を見続けるうちに、柴田恭兵独特のステップ走法や口癖などをマスターしていった川田少年は、刑事ドラマに出演したいという一心で俳優を志して養成所に入所する。
「養成所でエキストラの仕事をもらうんですけど、どうも僕一人だけ歩き方がステップ気味で何度もNGを出してしまうんです(笑)。監督が遠くのほうで怒鳴っているのを聞いて、俳優は大変だな……と」。俳優がダメならコントで刑事役をやればいい。そう考えた彼は、お笑い芸人の道を選ぶ。芸人・セクシー川田の誕生だ。

「楽屋で芸人仲間と話しているとき、憧れの芸人の話になるときが多いんですが、僕が“柴田恭兵さん”と答えるとまわりは引いてしまうんですよね……」。ネタ見せのオーディションでは書類に「漫才」「コント」「漫談」などとジャンルを記入するが、彼は「柴田恭兵」と書くのだとか。「“どういうこと?”って必ずツッコまれますね。缶コーヒーはポッカしか飲みません。エキストラ時代もポッカ以外の缶コーヒーのCMは断ってました(笑)」。

コンビを経てピン芸人となってからは、ひたすら『あぶない刑事』と柴田恭兵をネタにし続けるセクシー川田。普通、“あるあるネタ”をやるなら、みんなが知っている題材を使えばいいのだが、あえて放送から20年以上経っている『あぶない刑事』にこだわり続ける。


「僕が柴田さんのネタをすると、お客さんは“こんなはずがない”と思うそうです。でも、帰ってビデオで初めて『あぶない刑事』を見ると“本当だった!”と言ってくれるんですよ。『あぶない刑事』のことを知らなかった人が、僕のネタを見て興味を持ってもらうことが一番嬉しい。ネタの中でも“『あぶない刑事』は素晴らしい”“柴田恭兵さんはカッコいい”と必ず言っています。『あぶない刑事』を知らない人たちに素晴らしさを伝えていきたいですね」

つまり、セクシー川田のネタが面白ければ面白いほど、『あぶない刑事』と柴田恭兵を見る人が増えるということになる。「柴田恭兵さんの宣伝部長に勝手になっているつもりです。プレッシャーはありますよ。僕がスベったら、柴田さんにも泥を塗ることになってしまう。常に柴田さんのことを意識して生きているんです」。ちなみにセクシー川田は、柴田恭兵を物真似するときの定番フレーズ「関係ないね!」を使うことはほとんどない。そもそも物真似をしている意識すらないのだ。

「僕は柴田さんのスピリットを受け継いでいるつもりです。
柴田恭兵の物真似がやりたいんじゃなくて、柴田恭兵になりたいんですよ!」
(大山くまお)
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