ドイツの学生が学校からレンタルしている教科書を、使用後に再び返却する義務があることは、前回のコネタの通り。代々の生徒が何年にもわたって交代で使い続ける教科書は、どれも丈夫なハードカバー。
丈夫で長持ちする反面、必然的に通学用カバンは重量を増すばかりですが、その非情な重さに悲鳴をあげるのは、子どもたちの背中だけではありません。想定外の重量負担に耐えられず、 使用開始後わずか数年で、 肩ベルトがちぎれてしまうランドセルさえあるのだとか。

わが子の小さな背中への負担を思いやって、校門までランドセルを持って送迎する親も多く、キャスター付きのランドセルをゴロゴロ転がしながら登校する生徒も見かけます。もっとも、キャスター付きは「クールじゃない」「持ったまま走れない」という理由で、お年ごろで活動的な年代の生徒には敬遠されているようですが…。

さて、借りものの教科書へは、書き込みの類いは一切禁止。とは言っても、歴史の年号や英単語などを、アンダーラインを引いて暗記せねばならないのは、日本もドイツも同じこと。
書き込みが必要になりそうな科目の教科書は、最初から自費購入すれば済むのですが、「自腹を切ってまで教材を買いたくない、でも、教科書にアンダーラインも引きたい」という学習者の矛盾を解消すべく、こんな工夫をしている教員がいます。

それは、歴史担当A教諭のアイデア。全生徒に、「クリアシート」「水性ペン」「ぞうきん」の3点を持参するよう指示します。クリアシートは透明で、歴史の教科書の1ページとちょうど同じサイズのもの。ペンはあくまで水性のみ。ぞうきんは、自宅にあるものでOKです。


A教諭の授業では、クリアシートを、ページの大きさにきっちり合わせて重ね置き、重要項目が出てくると、そのシートの上に水性ペンでアンダーラインを引かせます。その次の歴史の授業では、前回の授業で引いたアンダーラインを、水ぬれぞうきんできれいさっぱり拭き取ってから、また新たにラインを引き直すという手順です。

アンダーラインを引いて、消して、また引いて、また消して…。手間のかかる作業ですが、こうすることで、少なくとも「重要な歴史年号や人名に、アンダーラインを引く」という目的は、一時的ながら達成されたことになるというわけ。

ページとクリアシートを正確に重ね合わせないままラインを引いてしまうと、どの単語に線を引いたのかあいまいになる恐れがある上、以前習ったページを復習しようとしても、もはやアンダーラインが残っていないために、覚えるべき年号も人名も再確認できないという欠点も見逃せません。

さらに、「歴史の授業開始前に、ぞうきんを水でぬらしておく」という作業が徹底しないがゆえ、授業が始まってから、パリパリに乾いたぞうきんを手にした生徒たちが、教室と洗面所をぞろぞろ往復する光景が日常化しているなど、改善の余地もあるようです。


それにも関わらず、全生徒にクリアシートと水性ペンを購入させ、ぞうきんを持参させ、そのぞうきんが乾いたままであれば、授業中にわざわざ洗面所に行ってぞうきんを湿らせてくる時間を割くことをいとわない。 ぞうきんを湿らすためには水道代もかかるし、 クリアシートが古びてヨレヨレになれば新品を、また、水性ペンが書けなくなれば、これまた新品を買う。

それらの細々としたことがらを犠牲にしてまで、中古教科書の保存と再利用に賭ける、A教諭のこだわりと使命感。教諭と同様の試みが、他クラス、他校へも浸透していくのかどうか、興味深いところです。
(柴山香)