あなたにとって、トイレとは何だろうか。私にとってのトイレは、「たとえ公共の場であってもひとりになれる場所」「ほっとひと息つける場所」なのである。
便座があったかければ、なお良い。

居酒屋のトイレといえば、ボートで世界一周をするメンバー募集の貼り紙や、親父の小言が貼られている光景が定番。そして最近は女性客を意識してか、綿棒、うがい薬、コットン、そしてストッキングまで設置しているお店なども見かけるようになってきた。
動画投稿サイトでは、旅行で日本を訪れた外国人が、ウォシュレットに感動している動画などを見かけることがある。私自身、海外旅行から帰ってきて成田空港のトイレに入ると「やっぱりニッポンのトイレが一番だなぁ~」と実感するのである。

だがしかし、しかしである。
ニッポンのトイレの凄さは、あったかい便座やウォシュレット、備品だけにとどまらない。空間そのものを素晴らしくプロデュースしたトイレがたくさん存在しているのだ!

福井県のレストランにある「庭園トイレ」は、日本庭園の中にポツンと便器(または便座)があり、とても優雅にトイレ時間を楽しめそうである。
また、東京都内に来られた方は一度くらい宣伝カーを見たことがあるかもしれない、「ロボットレストラン」のトイレは、床、壁、便座、タンク、洗面台など全てが七色に光る金ぴか仕様。なお、ロボットレストランの総工費は100億円。ダイナミック!

千葉県にある「廃墟」をテーマにしたゲームセンターでは、トイレだってもちろん廃墟仕様。タイルには謎のシミ、さびついた戸棚、むきだしのコンクリート壁……ひとりで入ると、ゾンビにでも襲われるのではないかとドキドキ、ワクワクしそうな空間だ。


そのような個性派トイレをたくさん紹介しているのが、マリトモさん著『ニッポンのトイレほか』である。
本書では、前述したトイレの他にも、まるでスキーのジャンプ台に立ったかのような気分を味わえる「滑空トイレ」、恋愛がうまくいくという「恋愛成就トイレ」など、遊び心のあるトイレが写真付きで紹介されている。

すでに私自身、トイレの魅力にとりつかれつつあるが、著者であるマリトモさんがトイレに夢中になるきっかけを与えたファースト・トイレはどこなのだろう。とても気になったので、マリトモさんご本人にお伺いしてみた。

「転勤族の家庭に生まれ、親族も日本各地に点在しているので、さまざまな場所で、さまざまなトイレを観て育ったわけですが、7年前に立ち寄った伊勢湾岸自動車道にある“刈谷パーキングエリア”の『デラックストイレ』を目の当たりにした際、その広々とした豪華な仕様に、日本のトイレ空間への付加価値を再確信し、「いつか一冊の本にまとめよう」と思い、これまで以上にトイレに対して熱を入れるようになりました」

本書では、その刈谷パーキングエリアの「デラックストイレ」も紹介されている。トイレ空間は、どんな形にもプロデュースできる。
これからトイレの魅力を楽しもうと思っているトイレ・ビギナーのために、マリトモさんおすすめのトイレを伺ってみた。

「見て楽しむなら、京都の東福寺にある100人が一度に用を足せる日本最古のトイレ『百雪隠(ひゃくせっちん)』。実際に用を足しながら楽しむのなら、兵庫県にあるカフェ『ムーミンパパ』にある、回遊する魚を四方八方から眺めることができるトイレ。スリルを味わいたいのであれば、日本一の広さを誇る屋外トイレが千葉にあります」

ずばり、マリトモさんにとってのトイレとは?

「老若男女の誰もが利用する場所であり、また誰にも邪魔されることなく全てから開放されて唯一ひとりきりになれる、いわば“究極のプライベート空間”だと思っています。また、トイレは提供者側の思いが一番表れる場所であり、時代も反映する貴重な空間だと思います」

なお、タイトルに『ニッポンのトイレほか』とあるように、本書では海外の個性派トイレや、トイレで見つけた印象深い貼り紙なども紹介されている。その中でも、特に私が気に入ったトイレの貼り紙はこちら。


『7月12日頃ここでカロリーメイトを落とした方は市役所総務課まで声をかけてください。保管しております』

いや、保管されても!
ところで、ここまでトイレ空間の魅力を知りつくしたマリトモさんは、ご自宅のトイレをどのようにプロデュースされているのだろうか。

「お気に入りの映画のフライヤーや、ミュージシャンの雑誌の切り抜き、またアーティストのポストカード等をトイレの壁一面に貼りめぐらせていて、用を足しながら眺めるのが好きです。横に置いてある棚には便器グッズを飾っていて、トイレタンクの上でピクシーシュリンプを5匹飼っています」

部屋の模様替えはなかなか手間がかかるが、トイレ空間であれば、マリトモさんのように楽しい空間を作ることが手軽にできそうだ。また、週末や連休などを利用して、本書を片手にトイレ目当てでお出かけするのも楽しいかもしれない。私はさっそく、廃墟トイレへ行ってみようと思う。

(平野芙美/boox)