刺身は鮮度が命! というイメージがあるが、実はそうでもないらしい。ある程度寝かせた方が旨味はぐっと増すという説があるのだ。
魚の熟成刺身をメニューに出す店もあるという。

最近は、しばらく寝かせた「熟成肉」がブームになっているが、生で食べる刺身まで熟成できるとは驚き! 一体、どんな味なのか? 実際に「魚の熟成刺身」を提供している東京・銀座の和食店「小熊」を訪ね、主人の小岩浩高さんに話を聞いてきた。

何はさておき、とりあえず試食させてもらうことに。この日出してくれたのは、36日間(!)熟成させた本アラと、10日間寝かせたイサキの熟成刺身の2種盛りだ。

まずは36日間熟成させた本アラをいただく。食べた瞬間、凝縮した味と香りにビックリ! 旨味が濃厚で、香りも強い。
それでいてクセや臭いは一切ない。魚本来の旨味だけが、とことん強いのだ。歯ごたえはねっとりムチムチとして、それもまたたまらない。食べ終えた後は、なんとも心地よい余韻が口の中に残る。何もつけずに食べても十分うまいが、主人オススメの塩昆布を合わせたら、さらにコクがアップした。日本酒が飲みたくなる美味しさだ。


続いて、10日間熟成させたイサキ。こちらはわさび醤油で食べる。さきほどの本アラより熟成度は軽いものの、普通の刺身と比べれば味の差は歴然。あっさりしているはずのイサキが、こんなに濃厚な味わいに化けるとは……。人によって好みはあるだろうが、個人的には刺身は熟成させたほうが断然美味しいと感じた。今後、普通の刺身を食べても物足りなくなりそうで心配になったほどだ。


ただし、どんな魚でも熟成すれば美味しくなるというわけではない。熟成に向いているのは、おもに白身魚だが、同店では「せっかくなら他であまり食べる機会のない魚を食べてもらいたい」という小岩さんの思いから、素材を厳選している。今後はシラカワ(シロアマダイ)、冬にはクエなども使っていきたいそうだ。

熟成期間は魚の種類や状態によって違い、これまでに最長で45日間寝かせたこともあるという。
「熟成の日数を最初に言うと驚かれてしまうので、ひとくち食べてもらってから伝えています」
と小岩さん。たしかに、知らずに聞いたらドキッとする長さかも!?

熟成方法そのものは非常にシンプルだ。
魚をいい状態で仕入れたら、手当をして低温で寝かせ、香りと旨味が最高潮に達した絶妙なタイミングで出す。こう書くと簡単そうだが、実際は熟成のピークを見極めるのが至難の技。長年の経験と技術がなければできない。

小岩さんが熟成刺身を出すようになったのは、お客さんに“和食店の刺身はいらない”といわれたことがきっかけだったという。
「刺身はどこで食べても同じ、ということですよね。でも鮮度のいいものを切って、わさび醤油で食べるだけが刺身じゃない。
だったら“料理”と呼べるものを作ろうと。ショックだった分、燃えました(笑)」
当時はカウンター7席のみのこぢんまりした店を営んでいたため、1匹の魚を使い切るのに時間がかかっていた。熟成は食材を長持ちさせるためにも、ちょうどよい技術だったのだ。その後、4年間もの試行錯誤を経て熟成刺身が完成。小岩さんは現在、活躍の場を「小熊」に移しているが、熟成刺身は同店でも提供している。

今年6月にオープンした「小熊」は、温かみのある内装が落ち着く本格和食の店だ。
カウンター8席とテーブル席の個室3室があり、デートにも接待にも使い勝手がいい。料理はコースが基本で、熟成刺身は5品目あたりに出てくる。また、熟成刺身以外のメニューも、小岩さんの創意工夫と技が光るものばかり。なかには熟成刺身並みに珍しい「熟成黒毛和牛タン」もある。

コース2万2000円~と、決して安い店ではないが、小岩さんの優しい人柄やくつろげる雰囲気のおかげで店の敷居は高くない。熟成刺身が気になった人はもちろん、美味しさにとことんこだわった和食が食べたい人は、ぜひ一度足を運んでみてほしい。
(古屋江美子)