アジアナンバー1レストラン(の姉妹店)へ行く
「バンコクに住んでいて『ガガン』を知らないなんて!」
と、日本から遊びに来ることになった友人に言われた。筆者はタイのバンコクに住んでまだ半年足らず、それを言い訳にするつもりはないけど、なんかちょっとムッとした。しかし気にはなるので話を聞けば、そのガガン(Gaggan)とやらは「アジアナンバー1のレストランだ」という。
大手ミネラルウォーターメーカーがスポンサーである「Asia’s 50 Best Restaurants」において、2015~2018年に4年連続で1位を獲得(その下には日本の名店がいっぱい!)。ミシュランでは2つ星。おぉ、私でも知っているあの、あれか。
オーナーのガガン氏はNetflixのドキュメンタリー番組『シェフのテーブル』でも取り上げられるほど。インド料理をベースとしているが、動画をご覧になれば私達の知るそれの範疇を大きくはみ出していることが分かる。
『シェフのテーブル』の告知、ガガン氏登場は00:56から。
それは確かにすごい。しかも自宅からたった30分圏内にそんな伝説級のお店があったとは。これだけ世界的規模感でフィーチャーされている様子を見ると、友人が言った冒頭のセリフもまったく分からないでもない。
ただ、ガガンは予約の取れない人気店(そして2~3万円は消し飛ぶほど高い)。そこで姉妹店の『ガー(Gaa)』の方へ行くとのこと。いいね、おもしろそうだし、姉妹店とはいえオーナーが同じなら内容に妥協はないはず。ガガンの評判や映像を見る限り、ガーもきっと予想だにしない料理を出してくるのだろう。じゃあ俺も俺も!ということで付いていったら、食の概念が覆った。店というより、USJとかTDLとかあっちに近い。
なんだかとてもムーディーだ。これは知らないとまず来れないし、迷い込むことすらむずかしい。隠れ家感はとっておきのデートにもいいだろう。しかし今回は友人たちと男5人、一欠片も下心があるはずもなくその味と体験だけを求めて黙々と入店した。
グルメの世界の「1万円」が分からない
いまさらだが、コースについて軽く紹介。ガーのコースは10品と14品の二種類があり、安い方(10品)でも、サービス料などなんやかんや入って1万円はする。いち、まん、えん…。うまい棒なら1000本食べられる。それをまさか夕食にしようとは思ったことはないけれど。
「1万円か~」とつぶやいたら、友人から「ピンキリですよ、アジアナンバー1の系列だと思えば安い方です」と諭される。自ら貧乏性を明かしたようでちょっと恥ずかしい。でもこういう恥じらいがペテンに利用されたりするんだろうな、なんてどうでもいいことを考えつつも、今回は権威あるグルメランキングによるお墨付き(知らなかったけど)のオーナーによる、正真正銘1万円の価値がある料理を食べに来たので楽しみだ。
通された席には、抽象画っぽい皿が置かれていた。何がはじまるかと友人たちと賑わう。
「すでに皿がオシャレだね」
「高級店に来たって感じがする」
「これも料理に関係してくるのかな」
なんてことをやいのやいのと話していると、その意味あるものだと思ってた皿はスタッフにあっさり下げられた。使わんのかい!タイならではの適当さか、あるいは高級店ではよくあることなのか、そのどちらかも分からない。構えていた気持ちもみな緩む。これもホスピタリティの一環だとしたらそりゃおそろしいぞ(ぜったいに違う)。
前置きが長くなりましたが、ここからは怒涛のコース紹介です!ちなみに私、グルメライターでもなければ食通でもないので、味について「おいしい」以上に気の利いたことを言える自信が毛頭ありません。「グルメ平民がアジアナンバー1(の姉妹店)の料理を食べて感じたこと」を、そのまま正直に書きたいと思います。
どうせみなさんも大して変わらないでしょ!(決めつけ)
では、ご覧ください!
見た目じゃ味が想像できない!前衛的な料理たち
■マンゴーとかぼちゃの冷製スープ、フレッシュチーズを添えて
英名:Chilled Soup of Mango Pumpkin, Fresh Cheese Curd
最初は口にしやすいスープから。マンゴーとかぼちゃ?といぶかしげに思ったものの、食べてみると確かに合う。その少しの酸味とコクのあるまろやかさが見事に調和。散らされたオイルはチリなのか、ピリッと良いアクセント。おいしい。それと同時に、スプーンを差し込んで1cm程度で底に当たる皿の浅さに驚きと笑いが起こった。
■アヒルのカレードーナツ(たこ焼き風)
英名:Duck Doughnut
たこ焼き?と思ったら間髪入れずにシェフが「たこ焼きだ」と言ってきた。そこ認めるものなんだ。正確にはたこ焼きにインスピレーションを受けてボール状に焼いたドーナツ。中身はカレー風味のアヒルの肉をなんかしたもの(筆者の食の表現力不足です)。これもおいしい。日本人がバンコクのトップレストランに行って、まさかたこ焼き(っぽい料理)が出てくるとは予想外。それにしても実は世界的なトレンドなのか、たこ焼きって。
■レバーのシャーベットとリュウガン
英名:Chicken Liver, Longan
あれ、いきなりデザート?…と思ったら、なんとこれ鶏のレバー。わざわざ凍らせて削ぐことで、シャーベット状にしてある。そのひと削りひと削りに守られるように見え隠れする果実が、ライチと味が似るものの小ぶりの「リュウガン」。口に入れると舌から伝わる体温でレバーがしゅわっと消えたと思ったら、代わりに塩気と旨味が現れる。そこに加わるリュウガンの瑞々しい甘味とプリリとした弾力が引っ張り合って、味覚がとても忙しい。
■ベビーコーンの蒸し焼き
英名:Corn
なぜかメニューの名前がCornとシンプル、やけに堂々としている。蒸し焼きにしたベビーコーンに自家製マヨネーズを付けて食べる。やけにやみつきの味、これ知ってるぞと思ったらバター醤油のようだ。たこ焼き風ドーナツの件もあるので、「これ完全に日本食の影響を受けてるでしょ、しかも屋台」と盛り上がる。味と関係ないが、ベビーコーンの根本の皮だけが切り取られており、刀のように取り外せる細工に驚き童心がうずく。
■カリフラワーパイと自家製バター
英名:Cauliflower Bread, Homemade Butter
見た目からの味の想像できなさでいえば、ナンバーワン。パイの中身はカリフラワーと小麦粉が練られた生地で、でーんとのせられた自家製バターといっしょに食べる。バターと言っても脂肪分が抑えめなのか、とろりとした食感とは裏腹に味は軽め。舌が「こいつは健康に悪くないやつ」と教えてくれる。
しかし、全体的な味は「ソースのかかっていないポロポロ崩れるお好み焼き」で全員一致。日本人ゆえの悲しき習性か、物足りなさもあってだれも二口目から手が伸びなかったのが正直なところだった。
■ザリガニとカークラ(インド式薄せんべい)
英名:Crayfish, Khakra
クレイフィッシュって何?とざわついて調べてみると、ザリガニ。よく考えると初挑戦と思って口にすると、これが相当に美味しい!プリプリッとした食感と、カークラというインド式せんべいのパリパリッとした食感が、奥歯からアゴへと心地良い振動を与えてくれる。食のタイ古式マッサージや~(ちがいますね)。散らされた柑橘系果実の大きな粒が、弾けるとともに爽やかな風味を残し、舌の上は多幸感で埋め尽くされてあふれだす。
レバーシャーベットにしてもそうだったけど、食感や味の異なるものの組み合わせ、これかなり狙ってやってるぞ。化学から食へのアプローチを『分子ガストロノミー』というそうだけど、これがそういうことなのかもしれない。
■ワタリガニと胡椒の実とマカダミアミルク
英名:Blue Swimmer Crab, Long Peppercorn, Macadamia Milk
甲殻類がつづく。マカダミアミルクははじめて聞いたが、味はココナッツミルクに近い(どちらもナッツだから当然か)。ワタリガニのぷりぷりとした食感に、薄く削がれたココナッツの果肉、ときおりピリリッと感じる胡椒の実。正体不明だが甘いジャムのような存在感も。全品通して、個人的にはこれが一番うまかった!味と食感が幾重にも重なって、今思い出すだけでもおいしさが蘇る。食事中「これが脳内麻薬?」と思ったくらい。
■ポークリブにザクロとオニオンとパクチーを添えて
英名:Pork Rib
お品書きの中でもこれだけ上下に空行が空けられているあたり、メインディッシュなのだろう。肉だし。旨味が凝縮されたポークリブ、それだけでも十分美味しいけれど、その上に三色三様の薬味がのせられて、一見すると焼き菓子のようにも見える。「ここを持ってどうぞ」と言わんばかりに飛び出した骨、その反対側、つまりかぶりつきを期待しているであろう方から、緑のパクチー、薄紫のオニオン、赤いザクロの順。サッパリから徐々に甘くコクが強くなるということなのか。同じ肉でも段階的に味の個性が増していく。三度のおいしさ。
それにしても、数品に一度は塩気と甘味を同時にぶつけてくる気がする。これがガーの個性のひとつなのかもしれない。
■焦がしココナッツアイスクリームに肉でんぶを添えて
英名:Organic Burnt Coconut Sugar Ice Cream, Pork Floss
コースもそろそろ終焉、ということでソフトクリーム。焦がしたココナッツ味のアイスクリーム…と、ここまで聞けばシンプルにおいしそう!と思うだけだけど、添えられた粉のようなものはなんと『肉でんぶ』。日本では馴染みの薄い食材だが、簡単にいえば、乾燥させた豚肉を細かく割いたものだ。つまり旨味の乾物。デザートとおかずのフュージョンだ。このお店はやっぱり、甘味、旨味、塩味などを組み合わせることに情熱を注いでいる。
味は日本でも一時期流行った塩キャラメルを想像すると一番近い…が、クリームのなめらかさも、コーンのパリパリ感も、そして肉でんぶ自体の旨味も、すべてのレベルが当然高い。
■キンマの葉のチョココーティング
英名:Chocolate Betel Leaf
最後のデザート。葉っぱ??と思ったら、はい、本当に葉っぱそのもの。これはキンマと呼ばれる葉で、現代日本では馴染みの薄い噛みタバコを包む材料として使われる嗜好品。インドの伝統医学・アーユルヴェーダでは媚薬ともされており、ガガンが、そしておそらくこのガーもインド料理を基本としていることを考えると(忘れていたけど)、思った以上に意味を持つ食材なのかもしれない。片面はシュガーパウダーのようだ。
最初の食感こそはロイズなどのチョコレートコーティングされたポテトチップスを思い浮かべるが、そこからさらに歯を深々と踏み込ませると、パキッとではなく、フニッという葉っぱならではの柔らかな食感が。そこからキンマ独自の渋味がほんのりと。インド料理屋で食後にもらえたりする清涼剤、フェンネルシードを思い浮かべた。
美味しかったし、楽しかった!「毎日食べたい?」と聞かれるとちがうけど。
これにてガーの10品コースはすべて終わり。ちなみに一品一品、それを担当したと思われるシェフの方が内容について説明してくれました(英語なので意味が分かったり分からなかったりしたけれど)。その美味しさについては自分なりに頑張って語ったつもりなので、割愛するとして。
今回、「『食』ってエンターテイメントにもなるんだな」としみじみ感じました。グルメに関する仕事でもしていない限り、大人になればなお食べ慣れないものに食指が動かないことがふつう。そこで「はじめて見るけど美味しいもの」って、すごい衝撃。それはもうエンターテイメントなんだと思います。で、ここからがある意味核心。
このあと、友人たち(食通含む)にどう思ったか?と聞いてみたところ…。
・日本の屋台のインスパイアを感じた、僕らには郷愁でもこっちでは興味の対象なんだな。
・バンコクだけど、インド料理がベースで日本インスパイア。その点では今っぽいとは言える。
・高級レストランに行くこと自体をいじろうと思ってけど想像以上においしかったし楽しかった
・珍しい貴重な体験だったけど「また行きたい」とは違う、同じ金額なら食べ慣れた焼き肉の方がいい。
とのことでした。かなり正直に。
とくに最後、けっこう深い話だと思うんですよね。はじめて見る料理、はじめて感じる味覚、それはもうエンターテイメントの世界に突っ込んでいるし、間違いなく満足度は高かったのですが、また行きたいか?と聞くと、「別のものを食べたい」とのこと。正直なところ、私も同意見です。絶賛だけど、リピーターにはならないと思う。
それはたぶん、「ふだんよりこんなに高い食事をした」ということ体験自体も価値の内だからだと思います。だからこそ、毎日はもちろん、頻繁には行っていられない、そもそも行けない。価値を得るには数を絞らないといけない。そういったある意味では「縛りプレイ」による楽しさがあるのかなと思った。もちろん「ふだんよりこんなに高い」は、人によって、1万だったり、3万だったり、10万だったり100万だったりするのでしょうけど。
バンコクにお越しの際は、ぜひどうぞ!ガーなら一ヶ月前からの予約で取れたそうです(前もって取るに越したことはないけれど)。ちなみに一方のガガンは、2020年に福岡に移転するという話も挙がっています。まだちょっと先だけど、来てくれるとうれしいですね。しかしそうなると福岡はより一層グルメシティになりそうだ。
店名:ガー(Gaa)
住所:68/4 Soi Langsuan, Ploenchit Road Lumpini | Phathumwan, Bangkok
サイト(予約もこちらから):http://www.gaabkk.com/
(ネルソン水嶋)