「メキシコの音楽」と聞いて思い浮かべるものは何だろうか。

大半の人は、「メキシカンハットを被ったヒゲのおじさんが、ギターを弾きながら歌うやつでしょ?」みたいに答えるのではないか(筆者もそのイメージしかなかった)。
そこで今回は、みなさんも知らないであろう、現在メキシコで流行中の「ナルコ・コリード」というジャンルの音楽を紹介したいと思う。
メキシコで「麻薬王を称える歌」が大ヒット その背景は?
4月11日公開の映画『皆殺しのバラッド メキシコ麻薬戦争の光と闇』。メキシコの麻薬にまつわる紛争や、麻薬ボスを称える音楽「ナルコ・コリード」が描かれる(C)2013 by Narco Cultura, LLC

まずはブカナス・デ・クリアカンというメキシコのグループが歌う、『Sanguinarios del M1 (エメ・ウノの極悪非道)』という曲の歌詞を見てほしい。ちなみに曲調はイメージ通りのメキシコ風味で、かなり陽気な雰囲気である。

――手にはAK-47 肩にバズーカ、邪魔する奴は頭を吹っ飛ばす――
――俺達は血に飢えている 狂ってるんだ――
メキシコで「麻薬王を称える歌」が大ヒット その背景は?
ナルコ・コリードのライブの様子。メンバーたちは歌詞に出てくるバズーカや銃を実際に持って歌い、演奏する(C)2013 by Narco Cultura, LLC

タイトル通りの極悪非道、とても物騒な歌詞である。それもそのはず。この歌詞は、実在の麻薬ギャングのボスを題材に作られたもので、しかもその生き様は肯定的に描かれている。


この目下流行中の「ナルコ・コリード」とは、“麻薬王たちを讃えるバラード”のこと。そんな歌が現在メキシコでは人気を呼んでおり、さらには全米のウォルマートでも販売され、ビルボードチャートにもランクインしているのだ。

その様子は4月11日公開の映画『皆殺しのバラッド メキシコ麻薬戦争の光と闇』の中で詳細に描かれているのだが、ナルコ・コリードを取り巻く状況は、見ていて驚きの連続である。

まず、こんなに物騒な内容なのに、ライブを見に来た客は、満面の笑みを浮かべてその歌詞を大合唱しているのだ。そしてインタビューを受けている真面目そうな女子学生も「麻薬ギャングと付き合いたい」なんて言っている。メキシコでは麻薬組織の縄張り争いや、取り締まりを行う政府との間で武力紛争が相次いでいて、2006年から2012年の間に12万人もの死者が出ているのに……である。

メキシコで「麻薬王を称える歌」が大ヒット その背景は?
ナルコ・コリードはメキシコのみならずアメリカでも流行し、各地でライブが行われる。歌詞の残虐さとは裏腹に、会場には笑顔が溢れている(C)2013 by Narco Cultura, LLC

また、映画で主人公の1人であるナルコ・コリード歌手・エドガーキンテロ(冒頭に紹介したブカナス・デ・クリアカンのヴォーカル)も、麻薬ギャングの生き様にあこがれている。そして憧れるのみならず、麻薬ギャングと直接電話をして、「歌ってほしいことは? 情報をくれよ?」なんて聞いたりしているのだ。しかも彼はロサンゼルス育ちで、基本的にはインターネットを通してしかメキシコの麻薬ギャングのことを知らなかったりするのが、何とも現代的だ。

このすべての話が完全な実話なのだから、日本に暮らす身としては、見ていてくらくらしてしまう。なお映画では、麻薬ギャングによって壊滅的な状況になった街を守る警察官が、もう一人の主人公として描かれている。その彼の生き様や、腐敗した国の状況を見ると、ナルコ・コリードの残虐な歌詞の裏に隠された、悪に向かう人々の悲哀が見えてくる。


なぜ悪人を賛美する歌が売れるのか。その歌を作る人達、その歌を笑顔で聞く人達は、いったい何を感じているのか。その秘密を知りたい人は、ぜひ映画を劇場で見てほしい。
(古澤誠一郎)

●作品情報
『皆殺しのバラッド メキシコ麻薬戦争の光と闇』
舞台となるのは、1年に3000件を越す殺人事件が起こる“世界で最も危険な街”。年間300億ドルの輸出規模を持つというメキシコの麻薬産業と、そこで生まれる暴力、麻薬王を賞賛する音楽……。現実とは信じられない、麻薬戦争の実態を描くドキュメンタリー。


監督・撮影:シャウル・シュワルツ、配給:ダゲレオ出版[イメージフォーラム・フィルム・シリーズ]、4月11日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開