先日、とても不思議な水槽を見た。なんと、カクレクマノミと金魚が一緒に泳いでいるのだ。


海水魚と淡水魚が一緒に泳ぐ不思議な水槽があった
金魚、カクレクマノミ、レッドソードテールが一緒に泳ぐ水槽


カクレクマノミといえば、映画『ファインディング・ニモ』の主人公に似ていることでも有名な“海水魚”。一方、お祭りでもおなじみの金魚は“淡水魚”。普通に考えれば、海水魚と淡水魚は一緒に泳ぐことはできない。それがなんとも気持ちよさそうに仲良く泳いでいるのだ。

海水魚と淡水魚を同じ水槽で飼育できるわけ


この不思議な水槽があるのは、「箱根園水族館」。海抜723mという日本で一番標高が高いところにある海水水族館だ。

海水魚と淡水魚が一緒に泳ぐ不思議な水槽があった
自然豊かな芦ノ湖畔にある。駿河湾からくみ上げた海水をタンクローリー車で毎日運んでいる


不思議な水槽の中身は、「好適環境水」という魔法の水。
いったいどんな水なのか? 箱根園水族館の飼育担当である島本大樹さんに話を聞いた。

「好適環境水は、“好適環境水の素”という白い粉末を真水に溶かしてつくります。スポーツドリンクをものすごく薄くした感じで、ほんのりしょっぱい。人間も飲めますよ。塩分濃度は、魚の体液の濃度に合わせて約1%。海水魚も淡水魚も体液の濃度はほぼ同じです」(島本さん)

魚には本来、浸透圧調整機能がある。
浸透圧とは、水が薄い方から濃い方へ向かう作用のこと。海水の塩分濃度は約3%なので、海水魚の場合はまわりの水のほうが濃く、そのままでは体内の水分が奪われて干からびてしまう。一方、淡水の塩分濃度はほぼ0%なので、淡水魚には水分が入り込んで水ぶくれしてしまう。そうならないために浸透圧調節機能を働かせるのだが、好適環境水内ならその機能をほとんど使わずにすむ。

「海水には多数のミネラルが含まれているのですが、好適環境水はその中から浸透圧調整に関係のあるものだけを選び、独自の配合により溶かしています」(島本さん)

魚同士の予期しないケンカも!?


自然界ではありえない組み合わせなので、飼育には思わぬ苦労もあるそうだ。

「本来一緒に暮らしていない魚なので、予期しないケンカもあります。たとえば、海水魚より淡水魚のウロコの方が取れやすいため海水魚がエサと間違えてかじってしまったり、コイが小さな魚を食べてしまったり……」(島本さん)

海水魚と淡水魚が一緒に泳ぐ不思議な水槽があった
水槽は大小各1つ。大きい水槽ではアカマツカサ、ニシキゴイ、ヒメアイゴを飼育


そもそも浸透圧調整機能を必ず使わないと生きていけない生き物は、好適環境水では飼えない。
イソギンチャクもそうなのだが、カクレクマノミはイソギンチャクに非常に依存をする生き物なのでイソギンチャクがいない環境はストレス。そこで、カクレクマノミの飼育では水槽のサイズを小さくしたり、ライブロック(死んだ珊瑚の骨格)などで隠れ家を用意したり工夫したそうだ。

一方でメリットもある。魚の病気の原因となる寄生虫や病原菌は環境依存が強く、イソギンチャクと同じく別の環境では生きていけない。そのため、好適環境水の中では病気が発生しづらいのだという。

好適環境水はもともといまから約10年前に、岡山理科大学専門学校の山本俊政先生(当時/現・岡山理科大工学部准教授)が開発。
病気に強く、成長しやすいので養殖分野での活用が盛ん。ちなみに島本さんは当時、同校の学生として好適環境水の研究に携わっていたそうだ。

好適環境水の水槽展示は、水族館としては世界初!


箱根園水族館で好適環境水の水槽展示をはじめたのは、2009年8月から。水族館以外なら、道の駅などにもある。また、水族館でも好適環境水以外の方法で、海水魚と淡水魚を同じ水槽で飼っているところもある。だが、“好適環境水を使った水槽の水族館での展示”としては同館が世界初ということだ。


私が訪れたのは閉館直前だったので、お客さんがほとんどおらず、他の人のリアクションは見られなかったが、不思議な光景に驚く人は多いとのこと。
「とくに年配の方が驚かれることが多いですね。すでにいろんな水族館を訪れていたり、魚に詳しい人も多かったりするので」(島本さん)

不思議で癒されるこの水槽、あなたならどれくらい驚きますか?
(古屋江美子)