
友人から新潟県糸魚川市に行ってみないかと誘われた。「糸魚川」というと、昨年末、12月22日に大規模な火災に見舞われたことがニュースなどで大きく取り上げられた町である。
木造の建物が密集していたため、延焼が止まらずに147棟の建物が焼損したという大火事から半年。復興に向けた工事が日々進んでおり、被災エリアにあった飲食店の一部も仮設店舗で営業を再開し始めているという。
糸魚川市に行って観光することも大事な支援の形だと言う友人の言葉に背中を押され、また、地酒が美味しいらしいという情報にグッと心を掴まれ、現地の様子を見に行くことにした。
大火災から半年経った糸魚川市のいま
私の住む大阪からだと、特急サンダーバード号で大阪から金沢へ、金沢から糸魚川までは北陸新幹線はくたかに乗るというルートで3時間45分ほどの道のり。

駅構内には「がんばろう! 糸魚川」などの文字が掲げられ、復興への取り組みが続けられていることがわかる。

糸魚川駅には日本海口、アルプス口の二つの出口がある。海or山、シンプルだ。糸魚川は日本最大のヒスイ(翡翠)の産地なので、歩いていると至るところにヒスイの原石が置かれている。

駅に隣接する「ヒスイ王国館」のお土産売り場にも、海産物などと並んでヒスイを使ったアクセサリーなどが売られている。ヒスイの加工場も併設されている。

日本海口を出て商店街方面へ歩いていくと、ほどなくして、大火災によって被災したエリアの端にたどり着いた。

目の当たりにしてみると、範囲の広大さに改めて驚く。
以下は、糸魚川市が公開している火災エリアの地図情報。青枠の中が被災エリアで、中央下に糸魚川駅があり、左上は日本海である。延焼面積は約4万平方メートルに及んだそう。

現在は建物等の瓦礫は撤去され、基礎部分が残っている状態。ここまで整備を進めるだけでも相当な作業量だったと思われる。

そのまま日本海側に歩いていくと海を臨む展望台がある。眼前はどこまでも海。

後ろを振り返るとすぐそこが被災エリアだ。今もクレーン車が整地作業を進めている。

もし自分がこの町に暮らしていて、見慣れた風景を突然失ってしまったらどう感じだろうか。できる限り想像してみながら歩く。
糸魚川名物「ひすいラーメン」を食べる
お腹が減ってきたところで、駅前の「麺家なりた」で名物の「ひすいラーメン」を食べることに。

麺にほうれん草を練り込んでヒスイ色にしてある。ほうれん草の味はかすか香る程度。歯ごたえの素晴らしい麺である。

透き通った塩味のスープには、糸魚川の名産である甘くてプリプリした南蛮えびも入っている。「ひすい餃子」もその名の通り少し緑がかっているのがわかるだろうか。

ちなみに「麺家なりた」には「ソース焼きそばラーメン」というまったく想像のできないメニューもあって、そちらも有名らしい。ぜひ再訪して食べてみたい。
この日はレンタサイクルで町を散策、日本を縦断する活断層である“フォッサマグナ”から噴き出す温泉「ひすいの湯」にのんびり浸かったりした後、糸魚川市の東南、山間部にある焼山温泉の旅館に一泊。
宿の食事は刺身、焼き魚、大ぶりの海老が入った鍋など魚介類がことごとく美味しかったのだが、とにかく驚いたのはご飯の美味しさ。粒が立っているというのか、ひと粒ずつに存在感がある。

観光客は大歓迎「むしろぜひ来ていただきたい」
翌日、糸魚川市役所の「復興推進課」の職員の方に復興状況についてお話を伺うことができた。この日は折しも、火災からちょうど半年に当たる日。被災地域にもほど近い糸魚川小学校の児童たちが、みんなで育てた花のプランターで商店街を飾る取組が行われるという。

重たいプランターを二人がかりで運んでくるのは糸魚川小学校5年生のみなさん。全部で60個のプランターが商店街の各所に設置された。

節目の日とあって報道関係者の姿も多かった。プランターを運んできた男の子の一人がマイクを向けられ、「この花で糸魚川のみんなが元気になってくれたらいいなと思います」と語っていた。「これ、テレビに映るんですか! やったー!!」とはしゃぐ子供たちの元気さが復興の何よりの原動力になると感じた。

催しが終わった後、糸魚川市産業部復興推進課の方にお話を伺った。
――現在、復興はどの段階まで進んでいるんですか?
「駅北復興まちづくり計画(案)として、7月からパブリックコメントを実施し、復興まちづくり計画として、8月の公表に向けて進めています」
――被災エリアの商店や飲食店が仮設店舗で営業を再開しているとのことですね。
「6月21日現在、被災した56事業所のうち41事業所が仮設店舗などで営業を再開しています。また、再開に向けて動き出した事業者もいます。被災地内の高齢化率は約50%で、市全体の平均よりも10%近く高い状況でした。高齢による廃業や郊外店舗の進出などにより、商店街全体の活力が低下していたという状況があります」
――となると、市としては今後どういう方向性で町づくりを進めていくのでしょうか?
「元通りの町並みを再現するというよりは、今まで以上ににぎわいのある町にしていけるように計画を進めています。
――私は今回、糸魚川は今どうなっているんだろうと思って観光に来た立場なのですが、こういった姿勢で訪れるのは迷惑ではないでしょうか?
「大歓迎です。むしろ、ぜひ観光に来ていただいて、町を盛り上げていただければと。糸魚川には豊かな自然と歴史、魅力的な食などが揃っていますので、ぜひ美味しいものを食べて観光を楽しんで下さい」
――それを聞いて安心しました。ちなみに「糸魚川に来たらこれはぜひ食べてみて」と思うグルメはなんでしょうか?
「色々あるので迷いますが(笑)ご当地グルメの『糸魚川ブラック焼きそば』はたくさんの加盟店様がそれぞれ個性的なものを出していらっしゃるのでぜひ食べて見て欲しいです!」
おすすめしてもらった「糸魚川ブラック焼きそば」を食べるべく、駅近くの「あおい食堂」へ。

「糸魚川ブラック焼きそば」は、糸魚川で獲られる真イカのイカスミを使った焼きそばで、麺が真っ黒。

市内の飲食店22店舗で食べることができるのだが「あおい食堂」の「糸魚川ブラック焼きそば」は目玉焼きが乗り、キャベツ、イカ、きくらげなど具がたっぷり。上からマヨネーズがかかったボリューミーな一品である。

見た目こそなかなかの迫力だが、味はマイルド。とろりと溢れる玉子の黄身との相性は極上である。
糸魚川の酒と女将と常連さんと
無心で食べて満腹になった後、被災地域から少し離れた寺町にある「酒房花のれん」へ向かった。このお店、元の店舗は火災によって焼けてしまい、今年の4月から場所を移して営業を再開しているという。

仮設店舗とはいえ、もともと空き店舗だった店を女将の松本乃里子さんのセンスで改装したという店内はどっしり腰を落ち着けて飲みたくなるような雰囲気の良い空間になっている。

糸魚川市内には5つの日本酒の酒蔵があり「糸魚川五蔵」と呼ばれている。この「花のれん」では、その「糸魚川五蔵」の地酒を飲み比べることができる。
ただ、五蔵のうちの一つである「加賀の井酒造」は、火災によって酒蔵を失ってしまった。被災後は富山県黒部市の酒蔵の一部を借りる形で酒造りを続けており、今後糸魚川に酒蔵を再建する予定だが、現在出荷されているお酒は大変貴重なものとなるため、カウンターの奥にお守りのように大事に飾られていた。特別に近くで見せてもらう。

猪又酒造の「月不見の池」、池田屋酒造の「謙信」など、さらりと透明感のある味わいの奥に深いコクを感じさせる美味しいお酒ばかりでスイスイ飲んでいるとだいぶ酔った。
女将の乃里子さんが話してくれたところによると、乃里子さんは昨年末の火災で店舗と住宅を失い、それからしばらくは友人宅にお世話になり、年末から県の住宅に住んでいたという。火災のことを知り、小学校時代の同級生をはじめ、県外からも様々な人が心配して連絡をくれ、お店の再開に必要な備品を提供してくれたりしたという。身近な人にも行政の支援にも恩を感じた乃里子さんは、できる限り早くお店を再開しようと奮起。
今年4月の営業再開時は、一週間ばかりお酒を無料で振る舞った。「お客様から預かってあったボトルがみんな焼けちゃったんですもの。
「うちは年配の御常連が多くて、70代、80代、90代の方なんて5、6人いるんですよ」と言う乃里子さんの言葉の通り、徐々に数十年レベルの常連さんが集まり、みなさんカラオケで味わい深い歌声を聴かせてくれた。

常連さんが誰からともなく「今日で半年だって」と話し始める。「そうかぁ、あっという間だね」とグラスを傾ける。「糸魚川はね、まあ、何もないけど、海もあって山もあって、美味しいものがたくさんあるよ」と隣の席の方が優しく話しかけてくれた。
糸魚川の美味しいお酒を味わいながら、進んで行く復興の様子をまた見に来ようと誓った夜だった。

7月末には夏の恒例行事「おまんた祭り」で賑わう糸魚川。ぜひ豊かな自然を感じつつ、美味しいお酒と食べ物を味わって見て欲しい。糸魚川市の観光情報については、「糸魚川観光ガイド」を、また、復興関連のお知らせについては「復興推進課」のページをチェックしてみて!
(スズキナオ)