顧客満足を追求し、同時にいかに継続的に儲けるか考える――。そんなビジネスモデルのロジックを持っているビジネスパーソンは少数です。



 しかし、顧客満足と利益は同時創出し、かつ実行に移さなければ、新規ビジネスを必死で生み出しても、既存ビジネスに手を加えても、それは決して「儲けるビジネス」になりません。

 そこで本連載では、9セルというフレームワークを利用したビジネスモデル思考法についてお伝えしていきます。9つの質問に答えれば、これからのビジネスで具体的に何をやるべきか、はっきりと見えてきます。“ビジネス脳”を鍛える場としても、活用してください。

●なぜ「顧客満足」と「利益」を同時創出できないのか

 ビジネスモデルを一言で言うと、「儲ける仕組み」です。もう少し付け加えると、「顧客に満足を、企業に利益をもたらす仕組み」です。
筆者が提唱しているビジネスモデル・シンキングとは、これをロジカルに整理した思考法です。

 なぜ、ビジネスモデル・シンキングが必要なのでしょうか。それは多くのビジネスパーソンが、「顧客満足」と「利益」を切り離して考えているからです。そもそもビジネスの目的は、顧客満足を追求し、世の中をよりよくすること。それを支えるためにも、いかに継続的に儲けるかを考えなくてはなりません。つまり、本来、ビジネスは「顧客満足」と「利益」を同時創出すべきものです。


 しかし、営業やマーケティングなどに向いている人は直感的な右脳系(顧客満足)の仕事が、財務や経理などに向いている人は論理的な左脳系(利益)の仕事が得意なので、そこだけに集中します。両者はしばしば、「もっと予算があれば販促費に充てられるのに」「販促費にコストがかかりすぎて利益が圧迫される」といったかたちで対立します。二律背反なものとして捉えているので、「こちらを立てれば、あちらが立たず」と半ばあきらめています。

●「顧客満足」と「利益」――それを実行する「プロセス」を網羅した9セル

 筆者は経営学者の傍ら、多くの企業のアドバイザーとして経営改革や事業再生に携わっていますが、事実、「顧客満足」と「利益」を同時に考えるロジックを持っている人はほとんどいません。経営者でもロジックを用いて考えることは少ないです。ただし、名経営者ほど事業全体を体系的に把握し、直感的に意思決定することに長けているため、結果として「顧客満足」と「利益」の同時創出を実現しています。
こうした実情を踏まえ、名経営者の思考方法そのものを可視化できないか考え、ビジネスモデル・シンキングに落とし込んでいきました。

 ところで、「顧客満足」と「利益」はそれを駆動させる、すなわち実現に至る「プロセス」がなければ絵に描いた餅で終わってしまいます。そこで筆者は、研究の末、このすべてを網羅した9セル(ナインセル)メソッドを考案しました。

 9セルは、新しいビジネスを生み出したい起業家も、既存ビジネスを変革したいビジネスパーソンも、これからやろうとしているビジネスを論理的に整理でき、かつ実行に移すことができるツールです。

 マーケティング、ファイナンス、戦略など多岐にわたる勉強をしているのに成果が出ない。そう感じている経営者やビジネスパーソンにとって、そもそも何を考え、何を決め、何を判断基準にすればいいのかが9セルではっきりと見えるため、「儲かる仕組み」がわかるようになります。


●9セルって何? それぞれのセルを確認しよう

 下図の通り、9セルは、9つのセルに書かれた質問への答えを書き込んでいくものです。これらは、縦軸、横軸の2つの軸からなっています。縦軸は、先ほど述べた「顧客満足」「利益」「プロセス」を上から順番に並べています。横軸は、『事業の定義』(デレク・F・エーベル)でも紹介されている、Who-What-How(「誰に?」「何に?」「どのように?」)という質問が並んでいます。

 ※図表は以下参照
  http://biz-journal.jp/2015/2/post_9043.html

 一番上の「顧客価値」の段では、(1)どんな用事を持つお客様に、(2)どんなソリューション(商品、サービスなど)を提供し、(3)それが、どんな点で他のソリューションと異なるのか? を考えます。

 2つ目の「利益」の段では、「顧客価値」の段で導き出されたビジネスを、(4)誰から儲けて(誰からは儲けないで)、(5)何で儲けて(儲けないものは何で)、(6)どのタイミングで儲けるのかを考えます。


 この2段分が明確になると、ビジネスの両輪である「顧客価値」と「利益」を同時創出させるための思考法が確立します。ビジネスモデル・シンキングの完成です。

 最後の「プロセス」の段では、ビジネスを駆動させ、素早く実行に移すために何をしなければならないか明確にします。すなわち、(7)どのような全体手順で実現し、(8)手順の中で、特に自社が発揮できる強みは何かはっきりさせ、(9)その際に足りない資源を誰に補完してもらうのかを決めていきます。

 考える順番にもコツがあります。1、2段目の「顧客価値」と「利益」はWho→What→Howの順に、3段目の「プロセス」はHow→What→Whoの順で考えるのが最もオーソドックなやり方です。

 
 9セルは、それぞれのセルをバラバラに存在させず、一つのストーリーになるように一貫性を持たせることが大切です。それがすなわち確固たるロジックになるため、「儲ける仕組み」に結びつくのです。

●一貫性のある意思決定が生み出す、新たなビジネス

 9セルは、いわば9つの質問です。9つの質問に答えれば、どんな事業もその定義は明確になり、新たなビジネスを起こしたり、既存ビジネスを変革するときの強力なツールになります。誰に向けて何をすればいいか、利益をどこから得るべきか、その考え方が可視化され、さらには実行までの手順も明確になるのです。

 同時に9セルは、商品の売買時以外でどんな課金ポイント(課金できる地点)があるのか、どこで課金の差別化を図ればいいのかが見えるのも特徴です。

 次回から、一貫した意思決定を行い、革新的なビジネスを生み出して注目されている話題の企業を例に、その商品やサービスを9セルに当てはめて、どんなビジネスとして成立しているのかを解き明かしていきます。
(文=川上昌直/兵庫県立大学教授)