製薬大手ノバルティス ファーマが販売する降圧剤に関する不正論文問題を追及した京都大学病院医師、由井芳樹氏が国内最大手である武田薬品工業の降圧剤に関する論文でも疑義を呈し、ノバルティスと同様に誇大広告の疑いが出てきた。第二のディオバン問題に発展するのか。

由井氏への独占インタビューとともに、問題の全容に迫った。

 国内製薬最大手である武田薬品工業が、高血圧治療に使う自社の降圧剤の効き目を誇大宣伝していた疑惑が浮上している。ノバルティス ファーマの降圧剤「ディオバン」に関する論文の問題を、英医学誌「ランセット」で統計的な矛盾点として示した京都大学病院循環器内科の医師、由井芳樹氏が、今度は武田の降圧剤「ブロプレス」に関する論文に対して、疑問点を指摘したのだ。

 米医学雑誌「ハイパーテンション」(電子版)に2月25日付けで掲載された由井氏の論文は、08年に同誌に掲載された論文の疑義をただした。ターゲットとなった論文は、降圧剤を比較した医師主導の大規模臨床研究「CASE-J」の結果をまとめたもの。CASE-Jは高血圧患者数約4700人を対象に、武田が製造販売する降圧剤「ブロプレス」(一般名・カンデサルタン)の効果を別の種類の降圧剤であるアムロジピンと比較したものだ。

 医学誌が、自らの誌面で発表された論文に対する疑義を唱える論文を掲載すれば、雑誌側の判断が甘かったことを認めることになる。CASE-J論文を掲載したハイパーテンションは、よほどの確証がなければ掲載を拒否するはずだ。しかし、「出したら即、掲載となって拍子抜けした」と由井氏は語る。

「疑義が出された論文は大抵、その時点でアウト」とベテラン医学者。疑義が出されたものの多くは「不正が行われたか、データ上に致命的な欠陥がある」からだ。

 由井氏が指摘した問題点は2つある。

 1つは、心血管系の病気の累積発症率をブロプレスとアムロジピンで比較したグラフについて、論文で使われたのとは異なるグラフが複数存在しているということ。もう1つは、論文に掲載されたグラフの統計処理の手法が不適切であることだ。

 論文で使われたものと異なるグラフは、ブロプレスにとって好都合な見せ方で、それが医師向けの広告やパンフレットに引用されていた。そのグラフでは、アムロジピンに比べて24ヵ月あたりまでずっと劣勢だったブロプレスの効果が徐々に増し、36ヵ月あたりから2本の曲線が交差してブロプレスが逆転したように見える。

 06年12月に作成された宣伝用パンフレットではこの交差について、「CASE-Jで初めて明らかになったゴールデンクロス」と大仰に述べ、ブロプレスの方が心血管の病気を発症するリスクが持続的に抑えられると受け取れる表現をしていた。

 ところが、08年発表の論文に使われたグラフでは、36ヵ月あたりの部分が逆転しない。

また、パンフレットに載っていた42ヵ月以降の部分が削除されている。「同じデータを使っているのに、(形が異なる)グラフが複数存在するなんてあり得ない」と由井氏。武田は「論文発表した08年以降はこのグラフを使っていない」と言うが、なぜ宣伝に使うくらい優位なデータ部分を論文で削除し、グラフが複数存在する事態になったのか。

 CASE-J論文は海外の権威ある一般医学誌へ投稿したものの、さまざまな問題点を指摘されて掲載がかなわず、最終的に高血圧専門誌で発表された。その過程で掲載がかなうように掲載内容が改められたのだろう。由井氏によると「抗がん剤のように死亡率が高く、患者にさまざまな治療が行われている病気ならまだしも、降圧剤を使った治療でクロスすることは普通はありえない」。

“ゴールデンクロス”のグラフが入った論文では、どの医学誌にも相手にされなかったと想像される。

カネとヒトの関与で疑惑
医師への利益供与の疑いも

 CASE-Jのデータ管理や解析を担い、一連のグラフを作成したのは京都大学にある京大EBM研究センターだ。同センターにとって、武田は約25億円もの資金を提供してくれる大スポンサーだった。その武田の成長を支えてきたのがブロプレス。2012年度に日本国内だけで1340億円も稼いだ。

 もっとも京大EBMセンターでは、ほとんど業務を行っておらず、主な業務や計画は、武田の社員に丸投げし、医薬品開発支援会社のシミックとともに行っていたという疑惑もある。

CASE-Jについての計画から発表までの経緯をまとめた「CASE-J物語」(先端医学社)という本が出版されており、同書の中に、その武田の社員が「システム構築に関して実質上責任者」であり、「シミックと組もう」と発言するくだりがあるのだ。

 その社員は06年に学会発表が終わった後、07年3月に武田を退職し、京大EBM研究センターに移籍。08年にハイパーテンションで発表された論文には、京大EBM研究センターの職員の肩書きで掲載されている。利益相反についての記述もない。

 武田はその社員について「ウェブ登録やシステムの使い方などのサポート担当者であり、システム構築やデータ管理・解析には関わっていない」とし、CASE-J物語の記述についても「ライターが周囲のリップサービスを真に受けて、誇張気味に書いたもの」と説明している。

 この臨床研究では、誇大広告に対する医師への利益供与も疑われている。

講演料や指導料、原稿料、奨学寄附金などの名目に変わっていたとしても、利益供与そのものであり、贈収賄と取られかねない。金額は、大学や医師の格や宣伝への貢献度に応じて異なっているという。こうした癒着があれば、ノバルティスの論文不正問題と同じ構図といえる。

 武田の長谷川閑史社長は、“誠実”であることを「タケダイズム」と称し、会社の基本精神として強調してきた。

 武田OBによると、武田は天明元年(1781年)に大阪道修町で和漢薬の仲買人として事業を始めた。和漢薬を小分けするときに決して秤の目盛りをごまかさない、正直な商いが評価されて業績を伸ばした。江戸時代後期から明治にかけて、効き目が強い西洋薬を取り扱うようになってからは、副作用に気を使い患者の安全性第一を優先する商いを続けた。長い伝統のなかでタケダイズムは培われた。

 CASE-Jの結果に戻ると、脳卒中や心筋梗塞などを防ぐ効果において、二つのクスリに有意な差はなく、効果は同等という結論だった。つまり、引き分けだ。さらに詳細を見ると、アムロジピンを投与した患者群に比べて、ブロプレスを投与した患者群には、利尿剤やベータ遮断剤など別の種類の降圧剤が投与されているケースが多い。桑島巖・臨床研究適正評価教育機構理事は「ブロプレスは他の降圧剤を併用しないとアムロジピンと同等の降圧効果が得られなかったということだ」と解説する。

 見かけ上は引き分け、実質的にはアムロジピンに負けていたのに、CASE-Jのパンフレットは、そんなことをうかがわせない。誠実さよりも、巧妙さが際立つ作りだった。

 ディオバン不正論文問題でノバルティス ファーマは当初、データ解析への社員の関与を否定していたが、後に社員の関与が明るみになった。同社は1月、誇大広告を禁じた薬事法に違反する容疑で、厚生労働省から東京地検に刑事告発された。

 疑惑が噴出する武田も同じ道を歩んでしまうのか。タケダイズムにのっとり、早急に誠実さを持って真相究明に乗り出すことが求められる。

※次のページでは、疑惑を告発した由井芳樹・京大病院医師への独占インタビューをお届けします。

【由井芳樹・京大病院医師に独占インタビュー】武田に有利なグラフが存在
原因を明らかにして説明を

――2012年にディオバンに関する東京慈恵医科大学の論文に対し、英医学雑誌「ランセット」に疑義の論文を投稿し、その論文が不正追及のきっかけとなりました。CASE-Jも疑ったきっかけは。

 投書を受けたある大手メディアからの問い合わせです。投書は7項目ほどの問題点を指摘しており、そのなかに脳卒中や心筋梗塞などの病気の累積発症率を示すグラフの曲線がおかしいとの指摘がありました。

 これについて、研究を担当した京都大学の研究部門と武田薬品工業の担当者に来てもらい、説明を受けました。当初は納得し、問い合わせてきたメディアに対しても、(問題はなさそうと)報告しました。しかし、その後、気になったので、2008年に「ハイパーテンション」に掲載された元の論文を読んでみたところ、理論的に変だなと思った。調べていくと、異なるグラフが3つも出てきたんです。

――複数のグラフが存在するというは、科学の世界ではあり得ないと聞きます。

 同じデータなのに、異なったグラフが複数存在することはありえない。しかも、(大規模臨床研究のスポンサーである)武田薬品のクスリが比較したクスリに比べて有利なように見えるグラフが医師向けの宣伝に使われていた。原因を明らかにして、説明する必要があると思います。

――解析方法についても、問題があると指摘しています。

 一般の方には分かりにくいかと思いますが、統計学的手法として疑問があります。当初は対照薬であるアムロジピンの効き目が優勢であり、クスリの効き目を示す曲線はほぼ一直線で進んでいます。ところが、ブロプレスは途中で曲がり始めている。宣伝用のグラフでは曲線は交差し、対照薬を追い抜いてしまっています。

――曲線が交差するグラフの問題について、多くの専門医が賛同しています。

 抗がん剤のように死亡率が高く、患者にさまざまな治療が行われている病気ならまだしも、降圧剤のような治療の場合、途中でクロスすることは考えにくいです。

――グラフをみると、途中で武田のブロプレスが急に効き始めたような印象を受けます。

 常識的には、併用薬を追加するなど、線(カプランマイヤー曲線)を不自然に曲げる何らかの力が加わったと考えます。

――ノバルティスや武田ではない他の製薬大手がスポンサーとなった有名な大規模臨床研究についても、専門医の間ではデータの一部が疑問視されています。

 その大規模臨床研究を疑問視する声があるというのは聞いたことがあります。専門外の疾患領域なのでよく分かりませんが。

 これまでの経験上、医療現場の第一線で働いている専門医が研究発表を聞いたとき、直感的に違和感を覚えるものは、問題があることが多い。「臨床と合わない」という言い方をしますが、これは理屈ではなく、多くの患者を診ている現場の医師が肌身で感じるものなのでしょう。

(取材・文・撮影/週刊ダイヤモンド編集部・山本猛嗣)

【ダイヤモンド・オンライン編集部からお知らせ】
週刊ダイヤモンド編集部による由井氏らへの追加取材を反映させるため、第1報の一部を修正しています。