書評ライターとして、読書特集と聞けば大抵の雑誌には目を通すようにしているのだが、ビジネス誌の本家本元「プレジデント」でそれをやるとは盲点だった。しかもタイトルがすごい。

「ビジネスマン1000人調査の意外な結論! 仕事リッチが読む本バカを作る本」!
「仕事リッチが読む本バカを作る本」ですよ。すごい!
そしてその下に「年収800万が嫌いな著者1位は勝間和代」とのサブコピーが。
これ、ビジネス誌の表紙に書くことじゃないよ! すごいすごい!
などと私は興奮して雑誌を買ったです。第2、第4月曜日発売だから、買えるのは今週一杯みたい。興味を持った人は急いだほうがいいです。どんな特集なのかを、ちょっとご紹介しましょう。


くだんの記事は、ビジネスマン1002人に対してアンケートを実施(リサーチ会社を介して行い誌名は伏せる)、そのうちの334人から得られた回答を元に構成したとのこと。この集計結果がすごいのは、回答者を年収で3つに分けていることだ。それぞれ「500万円」「800万円」「1500万円」のグループである(いちいち書くのはめんどくさいので、以降はこのグループ名を使います)。500万円は40代が中心で役職は一般社員、800万円も40代で課長・係長クラス、1500万円になると50代が中心で「部長以上に医師、弁護士、会計士などのいわゆる「士族」が少数混じっている」ということだ。それ、「士族」って言うんだ。初めて聞いた! じゃあ、年収2000万円を超える「華族」もいるのかしらん。

アンケートにはいくつかの項目があったらしく、それぞれを眺めながら2人の専門家が対談形式でコメントする、という形で記事は進んでいく。その2人とは投資コンサルティング会社インスパイアの創業者でビジネス書とノンフィクション専門の書評サイトHONZの主宰者でもある成毛眞、エリエス・ブック・コンサルティング代表にしてメールマガジン「ビジネスブックマラソン」の著者・土井英司だ。両者ともコメントが辛辣極まりない。特に成毛眞のそれは一刀両断もいいところ。気の弱い人だったら大人でも泣いちゃうよ、と思いました。そもそも編集部がこの調査を行ったときの企図は「いい読書習慣を持っている人はビジネスでも成功している、ということがデータで証明されました」って言えたらいいな、ということだったんじゃないかと思うのだが、結果を見て成毛はこう言い切るのである(「この一年間で読んで役に立った本ランキング」に関するコメント)。


成毛 僕は、1500万の人は刺激のない本を読んでると思うな。『三国志』なんてモロにおじさんの読み物だし、『7つの習慣』なんて日本では1996年に出版された本だからね。10年以上前の本を挙げてくるセンスってよくわからない。

また、「月間読書量と年収は比例する」という結果が出た項目では……。

成毛 (前略)でも僕は、読書をすれば出世をするとは思わないな。有り体に言えば知的な層が出世をするわけで、知的な層だから読書もするということでしょう。
(中略)あまり知的ではない人は、若いときから本も読まず、出世もしないということでしょう。

とバッサリ。だはは、成毛さん、その発言は特集の意義を完全に否定しています!

対談は基本的に土井が結果を分析し、成毛がそれについて自身の見聞や体験したことなども引きながらコメントするという形で進んでいく。たとえば「好きなビジネス書の著者」の項目では土井が「つまり、800万までの人は自分ががんばれば数字が伸びると考えているのです。(中略)一方、1500万の人は世の中の仕組みを理解すれば数字を出せると考えている」と話し、成毛が「伸び盛りのビジネスマンにはドラッカーですよ。ドラッカー以外なら大前研一。
(中略)ただし、投資銀行の幹部や戦略コンサルタントは、ここに出てくる人たちの本を100パーセント読まないはず。(後略)といった具合に。成毛はどうも、この企画自体にあまり意味がないと思っているのではないか、という気がするのだが、単に私の気のせいもしれない。いや、きっと気のせいだな、きっと。
成毛の発言では、現代のビジネスマンの伝記を読むくらいなら、歴史上の人物の人生に触れたほうが絶対に自分のためになる、という主旨のものにいたく共感した。成毛は言う、「こういうとんでもない人たちの自伝や評伝を読むと、生きるのが楽になるんです。
自分の人生に起こっている問題なんてたいしたことじゃないと思えてくる。評伝や自伝を読む意味はそこにある」と。うん、そうだな、と思うわけである。

最初のほうに書いた「年収800万が嫌いな著者1位は勝間和代」のコピーは、「嫌いなビジネス書の著者」の項目についてのものだ。ちなみに「嫌いな著者」のベスト3をそれぞれ挙げると、1500万が1位・大前研一、2位・勝間和代、3位・森永卓郎&長谷川慶太郎。800万が1位・勝間和代、2位・大前研一、3位・孫正義。500万が1位・勝間和代、2位・堀江貴文である。この結果で勝間の名前を表紙に持ってくるところに、編集部の意図を感じてしまうんだけどな。ちなみに成毛・土井ともにこの項目はスルーしている。対談者が無視(もしくは発言をカット)した項目をわざわざコピーに使うなんて、すごいね!

おそらく成毛・土井の2人とも、意図的に読者を怒らせて発奮させようとしているのだと思う。「面白かった一般書」の項目では、3グループともに『ONE PIECE』がトップに来ている(ただし、どのグループでも10票以下)。土井はこの項目では「リアリティー」を評価の軸にすると決めたらしく、1500万のグループで名前の挙がる『ゴルゴ13』『深夜特急』『ナニワ金融道』『沈まぬ太陽』はリアリティーのある作品だとした上で、500万の挙げた一般書(『ONE PIECE』の下は『美味しんぼ』『課長島耕作』『スラムダンク』と続いていく)と、同じく「面白かった小説」(『竜馬がゆく』『三毛猫ホームズ』シリーズ『三国志』『白夜行』と続く)について、こう話すのである。

村上 (前略)一方、500万を見ると年齢層の違いもあるのでしょうが、ファンタジーのオンパレードです。現実をつまらないと感じると、人間はファンタジーに逃げる。特に40歳を過ぎて、「努力しても現実は変わらない」という意識になってしまうと、自分を磨くための本は読まなくなってしまいます。そして、漫画やミステリーや警察小説などに流れるのです。(後略)

さらに、1500万の「面白かった小説」についてはこのように言う。

土井 やはり小説でも1500万の人は読んでいるものが違いますね。『永遠のゼロ(原文ママ)』『告白』『チーム・バチスタの栄光』といった作品は、フィクションであっても現実の社会問題と対峙しています。決して、ファンタジーに逃げ込んではいない。一方、500万を見ると、『ストロベリーナイト』『容疑者Xの献身』といったファンタジー色の強い作品が顔を出しています(後略)

ここで、いやいや『容疑者Xの献身』は十分社会問題と対峙した作品で、そのせいで〈容疑者X論争〉なんてものがミステリーの狭い世界では起きたんですよ!(詳細は各自調査)とか、500万のところで4位に入っている『白夜行』『火車』ともに社会性の強い作品ですよ、とか言っても仕方がないであろう。要するに土井の主張は、「現実から目を背けるやつはビジネスマンとして大成しないよ」ということだろうからだ。確かにそれはその通りである。でもその法則を「逃避の文学」に当てはめるのは無茶なので、この項目は最初から省いてしまったらよかったのに、と私は思うのである。これは出席者ではなくて編集者の企画デザインの問題だけどね。
たぶんこの結果を見ると憤慨する人がたくさん出てくるだろうと思う。「プレジデント」を普段読まない人ならなおさらだ。たとえば成毛は「低年収ほど漫画を読む傾向が強い」という結果について「漫画って本当に時間の無駄。上質な文学を読み慣れている人間にとっては、どんな漫画も面白くない」と言っている。成毛さんは別に漫画読みでもないのだろうにそう言い切ってしまうのは感心しないな、と私は思うのだけど「漫画読んで癒されてるんじゃねえ、って言われた!」と発奮する人も「プレジデント」読者の中には出てくるはずだから、雑誌の編集方針としては間違っていないのである。
また、成毛が「僕は図書館に行かないんだけど、いまだに行く人がいるんだね」と言っていることにカチンとくる人も多いだろう。これは後から土井が発言をフォローしていて、「図書館で本を借りるのは、実は下流への道なのです。入手困難な小説ならまだしも、特にビジネス書を図書館で借りてはダメです。なぜなら情報は人より先に獲得するからこそ価値があるわけで、図書館にリクエストをして購入してくれたら読むなんて、完全にナンセンス。情報にお金を払う意識がない証拠です」と言っている。つまり、特に急ぎでもない、いつ読んでもいい本なら別だけど、読書で何かを得ようとするならケチくさいことをするな、ということだ。それはそのとおりだと思うのですよ(同じ理由で土井は新古書店の利用も否定する)。

もうお気づきだと思うが、この対談で問題にされているのは、あくまで「ビジネスマンとしての読書」なのである。それは究極的には「経営者になり、自身の手で市場を形成するため」であり、娯楽のための読書ではない。ビジネス書を読むとすれば最終的にはハードルが高くて一般人は手が出せない学術書にまで到達すべきだし、そのためには内容理解の深さだけではなくて速さも要求される。そうやって頑張っている人が小説や一般書を読むとすれば、それは単なる逃避のためではなく、書かれている内容から触発を受けるためなのである。そういう、仕事人間の延長としての読書のありようが、この特集では示されている。私のように「読書の習慣は無駄! 一から百まで無駄無駄無駄ーッ!! だが、それがいい!」と思っている人間は完全に無縁なのであった。
 んなわけで余計なことに首をつっこんで失礼しました。ただ1つだけ思うのは、そういう窮屈な読書しかできないような環境にいる「ビジネスマン」って大変だな、ということである。そんな苦しい思いをしてまで本なんて読まないでいいよね。逆に言えば、他の手段で自己実現を果たして、仕事の成果を挙げて、余裕ができたときに改めて読書を始めてはいかがかな、と思う。「本なんか読む暇もないほど忙しい」のなら止めて、「本でも読むかと思うぐらい暇」になったら読んだらいいんじゃないかな。で、そういう忙しすぎる人たちになんとか読んでもらえる本を作るというのは大事なことだな、とも思いました。だって、漫画読んでると低収入になっちゃう世界なんだぜ。そういう人が時間を犠牲にしてまで読んでくれる本なんて、絶対につまらなかったらダメだ。
そんなわけで、ますます頑張っておもしろい本を発掘しようと思った書評ライター、今年で44歳、一般企業勤務歴10年でした。好きな漫画は『男子高校生の日常』! あと東方!
(杉江松恋)