手に角材を持ち、目がうつろな男が近づいてきて、こちらに奇声を上げている。あなたはこの場を穏便に済ませるために、男を抱きしめることができるだろうか?

やり遂げた人がいるのだ。
10月3日放送『水曜日のダウンタウン』(TBS系列)を見ていた人は、平成ノブシコブシ吉村の株がすっかり上がっただろう。「生中継先に現れたヤバめ素人のさばき方で芸人の力量丸わかり説」検証での出来事である。
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素人を「ロケアイテム」として活用するくっきー


ターゲットなる芸人たちにセッティングされたのは、ニセの「ネット番組の生中継」。釣り堀をリポートしている最中に、番組が仕込んだ「ヤバめ素人」が近づいてくる。しつこくつきまとってくるのだが、カメラに映っている手前、露骨に嫌な顔もできない。いかにうまく「いなす」が試される。

例えば、野性爆弾くっきーに仕掛けられたのは「喋りかけてくる人」。
レポートしている後ろから近づいてきて、「どっから来たの?」「見たことある」と一方的にしゃべりだす。最初こそ多少ビビったくっきーだったが、「こんにちはー」と挨拶し、「お父さん、あっちのほういっぱい人いるわ……ゴーゴーゴーゴーゴー!」と笑いを交えて追い立てる。

それでもしつこく邪魔してくるので、中盤からは手をつないで一緒に行動するくっきー。釣り客のインタビューにも同行させ、素人を「ロケアイテム」として活用した。これにはスタジオゲストの今田耕司も「ロケやり倒してるもんな野性爆弾」と感心する。

「釣り堀」という舞台装置の妙


なかなか面倒な「喋りかけてくる人」だが、意思疎通ができるぶんイージーなほう。三四郎小宮などに当てられたのは「無言で映り込んでくる人」だった。


キャップを横にかぶり、無表情でカメラの前に出てくる、浅黒い無精ヒゲの男。じっと見つめてくるが、話しかけても返事をしない。追い払って追い払っても無言で迫ってくる。何が目的かわからない。正直、怖い。

加えて「釣り堀」という場所が芸人たちを不安にさせる。
左右に移動できる幅が狭く、ほぼ前後にしか動けない。近づいてくる不審者をカメラの前から外すには、追い抜いて後ろにやりすごすくらいしかない。店や他の客に迷惑がかかるので「自ら水に落ちる」というお約束も閉ざされる。とにかく動きを封じられるのだ。

一方、仕掛ける側にとって、釣り堀は人の動線を予測しやすく、貸し切ってサクラ(釣り客など)も仕込めるメリットだらけの場所である。舞台に「釣り堀」を選択したところに『水ダウ』の計算高さがうかがえよう。


「無言で映り込んでくる人」には芸人たちが揃って苦戦。三四郎小宮は全く対応しないスタッフを睨み、あばれる君は対応に手一杯で言葉に詰まり、パンサー尾形は「怒るよ」というつぶやきがピンマイクに拾われてしまう。

生中継の進行(カンペを読む、段取りを踏む、中継元とやり取りする)と、目の前の不審者対応(カメラの前から外す、不審な行動を監視する、怒鳴らずに応対する)では、考えることが多すぎる。そもそも同時に対応するのは無理な話なのだ。だが、平成ノブシコブシ吉村は違った。

不審者を肩に押しつけて「楽しんでますか?」


ニセ生中継がスタートし、吉村がカメラに向かって話し始める。その後ろから無言で近づいてくる男。
手には長さ1mほどの角材を持っている。ここに来て、不審レベルをさらに上げてきた。

男がカメラ前までやってきた。吉村と目が合う。第一声は「おーっ?」と驚いた顔を見せる吉村だが、すぐに破顔し「いやいやいや素晴らしい!見てください!素晴らしい一本釣りでございます!」とテンションを戻す。朗かな声を出しながらも、不審者の肩を両手で押さえる。


「お父さん!生放送でお送りしておりますよ!」と、カメラとは反対側、画面奥へ追いやりながら共に移動。恐らく段取り通りに、釣りをしているカップルにインタビュー。吉村は背後の不審者にピタリと背中を付け、後ろ手でその両腕をがっちりつかんだ。しゃべりのテンションはそのままに、確実に不審者の動きを制している。

しかし、番組が仕込んだ不審者も負けてはいない。吉村の背中越しに「アーーー!!!」を奇声をあげる。すぐに振り返る吉村。不審者の両肩をつかみ「おーしよしよし!素晴らしいですね〜」と、グッと抱き寄せる。ただのハグではなく、左腕を不審者の頭に回して動きを固め、左肩に顔を押しつけて大声を封じているのだ。その状態のままカップルに「ど〜ですか!楽しんでますか〜?」と問いかける……!

それでも奇声を上げ続ける不審者に「お父さんは楽しんでるね!」と背中を叩き、「向こう座りましょうか!」と奥のベンチへ誘導。さりげなく角材を取り上げ、置き場所を探るが、奪い返されると判断したのか杖のように構え再びカップルの元へ。一瞬後ろを振り返り、不審者が戻ってきたことを確認。カップルとの話を切り上げ、自らカメラにグッと近づいて不審者を後ろへフレームアウトさせる。

そのまま「一旦CMという事で、こちらで解決しておきま〜す!」と中継を切り上げ、笑顔で不審者と肩を組んだ姿を見せてCMに入った。

「も〜懐いちゃって!」


吉村の試練はまだ終わらない。落ち着いたところで中継を再開すると、スタッフが追いやったはずの不審者がまたやってくるのだ。奪ったはずの角材を手に持って……。

釣り客へのインタビュー中、奇声で不審者の再登場に気がついた吉村。「見てください! 素晴らしい月が出ています!」と空を指さし、カメラを空へと誘導する。もちろん、昼間なので月など出ていない。

カメラが空に向いているあいだ、「綺麗な月でございます!この月がね、記録的だということでね」と適当なことをしゃべりながら、強引に角材を奪い取る。不審者と軽くもみ合っているところにカメラが戻るが、手で強引にカメラを空に向け直した。ニセの中継元からの「大丈夫ですか?」の声に「大丈夫です。も〜懐いちゃって!」と切り返す。

なんとかスタッフに不審者を押しやり、中継元から何も聞かれてないのに「そろそろ終わりですか?」と自分から終了を匂わせ、最後は「もうこちら、大盛り上がりということでございます!」と締める。

検証結果は「ヤバいやつのさばき方には芸歴がモノを言う」だった。

ピンチなのにピンチじゃない対応


VTR明けのスタジオでは吉村の対応を絶賛。松本人志は「パーフェクトやった」とつぶやき、劇団ひとりは「一気に仕事増えると思いますよ」と褒め称える。

映像を見返すと、要所要所で吉村は不審者の行動を確認し、動きを制している。その一方で、しゃべりのテンションは変わらず、ずっと笑顔だった。「大変なことになってます!」ではなく「盛り上がっております!」と言い、しつこい不審者を「懐いちゃって」と表現した。

吉村はピンチを顔にも言葉にも出していない。でも行動を見れば、視聴者は「吉村がピンチだ」と勘づく。するとそこに「吉村はピンチなのにピンチを表現していない」とギャップが生まれる。番組が仕掛けたドッキリとはいえ、笑顔で不審者とやりあう姿はコントにすら見えた。ピンチを表現しないギャップが、あの中継を笑いとして成立させていたのだ。

唯一の心残りは、ネタばらし後の吉村のコメントが放送に含まれていなかったこと。あの時になにを考えどう行動していたのか、願わくば吉村本人のオーディオコメンタリー付きで振り返ってほしい。あの機転の利かせかたは、まさに継承すべき「芸」だと思うのだ。

(井上マサキ)