
個性派をズラリと並べたキャスティングに注目
女子柔道の元日本代表候補でありながらケガで断念、マンガ編集者になる主人公の心を演じるのは、これがドラマ初主演となる黒木華。数々の映画賞を受賞し、ドラマでも『天皇の料理番』『真田丸』などで重要な役を演じてきた今もっとも旬な女優だ。原作では“小熊”と呼ばれる心に比べると、ずいぶん細身の黒木だが、心のまっすぐさ、ひたむきさは、『真田丸』で演じる梅役にも通じるものがある。
ユーレイと呼ばれる無気力な営業部員、小泉役を演じるのは、“塩顔男子”ブームの火付け役、坂口健太郎。北方謙三、村上龍、司馬遼太郎などを愛読する読書家の坂口にとって、出版社の社員役は適役かも。
さわやかな二人を取り巻くキャストも個性派揃いだ。心を指導する先輩編集部員、五百旗頭(いおきべ)役にオダギリジョー。ナチュラルなオダギリジョーなのに原作のキャラクターそのまんまの姿なのが驚き。感情の起伏が激しい阪神ファンの編集長・和田役は松重豊。こちらは原作のぽっちゃりした編集長の姿に比べると、ずいぶんスマートな印象だ。
“新人潰し”の異名を持つ編集部員、安井役に安田顕。この人は、物語の後半からじわじわと存在感を増していくはず。
マンガ編集部が舞台のドラマということで、マンガ家たちのキャスティングにも抜かりはない。小日向文世、滝藤賢一、要潤、永山絢斗、ムロツヨシなど、個性派、実力派がずらりと並ぶ。彼らを中心にしてもう1本ドラマが作れそうな顔ぶれである。
心の親友役の武田梨奈、マンガ家の奔放な恋人役の最上もが(でんぱ組.inc)にも注目だが、もう一人注目しておきたいのが、マンガ家・八反カズオ役を演じる前野朋哉だ。『舟を編む』などで知られる映画監督・石井裕也の作品の常連俳優で、石井が脚本・演出を務めたドラマ『おかしの家』では元いじめられっ子の金田役を演じていた。蛭子能収を若くしたようなルックスに釘付けになること間違いなし。今後、出番も増えていくはずなので要チェック。
テレビドラマの制作費削減が進む中、これだけキャラの立ったキャストを多く集めたドラマも珍しい。キャスト、あるいはキャストを抱える事務所側が「出たい」「出したい」と思わせるドラマなのかもしれない。
そもそも「重版出来」って何?
タイトルにもなっている「重版出来」という言葉について、もう少しだけ解説しておこう。「重版」とはコミックスや書籍などの単行本がよく売れて、さらにたくさん刷ることを意味する出版業界の専門用語だ。本の広告に「重版出来」とか「続々重版」などと書かれているのを見たことがある人も多いだろう。重版が出来たよー、ということだから「重版出来」。なぜ「でき」ではなく「しゅったい」と読ませるのかは、イマイチわかっていない。
ところで、心が働くのはマンガ雑誌の編集部だが、基本的に雑誌は重版をしない。まれに重版をすることがあるが(先頃『おそ松さん』ブームの影響でいくつかのアニメ雑誌が重版を行ったことが話題になった)、週刊誌では皆無である。印刷所で重版分を刷っている間に次の号が出てしまうからである。
では、なぜ心たちが「重版出来」を目指すのかというと、マンガの場合、雑誌の部数よりも連載をまとめた単行本の売れ行きのほうが大切だからである。マンガ雑誌の部数を増やすことよりも、単行本の売れ行きを伸ばして重版させることが、マンガ雑誌の編集者にとって重要なミッションなのだ。これは書籍の編集者と同じである。
少々専門的な話になるが、マンガ雑誌の原価率は非常に高い。
マンガ雑誌を擁する出版社は、連載をまとめたマンガの単行本をたくさん売って利益を得なければならない。『進撃の巨人』の単行本が5000万部売れた講談社は大いに助かったはずだし、『クレヨンしんちゃん』の単行本がやはり5000万部売れた双葉社の社長は「我が社に神風が吹いております!」と語ったという。もちろん、作者にとって本が売れるかどうかは文字通り死活問題。マンガならびに出版業界にとって「重版出来」はとても大切なことなのだ。
原作の『重版出来!』は、出版業界のかなり深いところまで踏み込んだ物語であり、1巻発売当初は主に出版業界人、書店員などの間で話題になった。出版社で働く女性が主人公という点で、安野モヨコのマンガ『働きマン』(菅野美穂主演でドラマ化された)と比較されることが多いが、エピソードの専門性は『重版出来!』のほうがずっと高い。
ともすればマニアックになってしまう物語に、どのように一般性を持たせていくか。あるいはマニアックなまま突き進んでいくのか。
キャストを見ているだけでも十分楽しいが、出版業界のことを詳しく知ればもっと楽しいドラマ『重版出来!』、本日夜10時、TBS系にて放映開始です。
(大山くまお)
重版についてもっと知りたい方は、こちらをどうぞ。
「どうすれば重版するのか?」米光一成×大山くまお