NHK 大河ドラマ「真田丸」(作:三谷幸喜/毎週日曜 総合テレビ午後8時 BSプレミアム 午後6時)
8月7日放送 第31回「終焉」 演出:木村隆文

「栄華を極めた男の人生の締めくくりとしては それはいかにも寂しいものであった」(有働由美子のナレーション)

太閤秀吉の死の回は、メインディレクターの木村隆文の登板だ。

31回のおわりはなんという重厚かつ鮮烈だったことか。

何かあった時に鳴らすベルがない、床に落ちているそれを拾おうとしてベッドから転がり落ちる秀吉(小日向文世)。
足が思うように動かず物体のように引きずっていく動作がリアルな小日向文世の名演。カラダが転がるところもモノのように軽くなった肉体にちゃんと見えた。すごい。
結局ベルには手が届かず、力尽き、目を開けたまま絶命。

虫の泣き始めと涙ぽろり これがこれ以上ないタイミングで重なる。

虫の声が大きくなって・・・

脚本、演技、演出が三位一体で圧倒的に強烈な場面をつくりあげた満足感の中、もはや時間の問題となっていた秀吉の寿命を一気に縮めた人物について考えてみたい。
誰が秀吉を殺したのか。血まみれの少年の正体「真田丸」31話
写真提供/NHK

秀吉を死に向かわせた人 その1 真田信繁


秀吉が掴もうとしたベルは、31回の冒頭、信繁(堺雅人)が何かあったらこれを振るようにと置いたもの。秀吉は嬉しそうにそのベルを鳴らしていた。
信繁がベルさえ渡さなかったら・・・
いやいや、ベルをさらに特別なものにした人物がいる。それは──

秀吉を死に向かわせた人 その2 秀頼


ドラマの中盤になると、秀吉が溺愛する息子・秀頼が茶々(竹内結子)と一緒にようやく見舞いに来て、6歳と未だ幼いながら毅然とした態度で秀吉に接した際、ベルを鳴らした。
大事な秀頼が鳴らしたベル。寝ていたとはいえ秀吉にはますますベルが大事になったに違いない。

それにしても、ベルが結んだ信繁と秀頼がどうなるのか、それはもう少し先の話。

いやいや、ベルには罪はない。やっぱり、消えたら死ぬと秀吉が思い込んでいた赤いロウソクを消した男──
誰が秀吉を殺したのか。血まみれの少年の正体「真田丸」31話
写真提供/NHK

秀吉を死に向かわせた人 その3 小早川秀秋


なんと酷い・・・。見舞いに来た小早川秀秋(浅利陽介)が知らずに赤いロウソクを消してしまった。
でも、その時の信繁と家康(内野聖陽)の「あ〜〜っ」、秀秋「えっ」、秀吉「あ〜」という顔と声がコントみたいだった。
前回のわしはまだまだ死なんと豪語していた矢沢頼綱(綾田俊樹)が次のカットで死んでしまったように、死が近づいた重いシーンにも笑いを入れ続ける三谷幸喜。どんなかっこいいこと言っててもすごいことをしても。死はそういうものをチャラにしてしまう。

誰が秀吉を殺したのか。血まみれの少年の正体「真田丸」31話
写真提供/NHK

秀吉を死に向かわせた人 その4 徳川家康


秀吉の死が近づいているのを見て何を思うのか、家康。
身内たちに対しても、自分は全然後を引き継ぐ気はないような素振りをしているが、阿茶局(斉藤由貴)がそれを疑っているのが興味深い。
家康を牽制するために三成(山本耕史)が急ぎ秀吉の遺言として五奉行五大老の制度をつくったが、家康は、本多正信(近藤正臣)の助言とはいえ、独自に動けるように秀吉に遺言の書き換えを頼む。
これを知った三成がますます秀吉をこき使うことになる。そのきっかけを作った家康、やはり罪である。
また、見ながらそのままにしていた片桐且元(小林隆)もいかん。

秀吉を死に向かわせた人 その5 石田三成


怒った三成は、「疲れた・・・」「眠い・・・」と朦朧とした秀吉を起こして無理矢理遺言に加筆させる。「以上」と書けばもう書き足しはできないとはさすが頭がいい。

秀吉「眠い」
三成「眠くない!」
ひどいよ三成! 
寧(鈴木京香)が慌てて「死にかけとる病人に」と止めに来る始末。
寧も寧で「死にかけとる」って本人の傍で言っちゃうなんて、これもひどい! 
ふたりとも愛情がおかしな方向に行ってしまったのだろう。
三成、水垢離で反省してる(祈ってる)場合じゃない。しかもなんで25回の水垢離より、彼を頭の先からつま先までしっかり映すんだ! 無駄に引き締まってしなやかな全身筋肉。手足の角度も端正過ぎた。

話は逸れたが、家康も三成も秀吉の体力を確実に奪ったと思う。

でも秀吉はそんな三成を「寂しい男でな」と信繁に託す。なんだかんだ言って三成を大事にしていたのだと思うと泣ける。
誰が秀吉を殺したのか。血まみれの少年の正体「真田丸」31話
写真提供/NHK

秀吉を死に向かわせた人 その6 血まみれの少年


ある晩、秀吉が夢うつつのなかで見た、血まみれの少年は、l「真田丸」の公式サイトで、小日向文世が「自分が死を命じた茶々の兄・万福丸の幻」と話している。
万福丸は、織田信長の敵となった浅井長政の子どもであったため、信長の家臣だった羽柴時代の秀吉が10歳ほどの万福丸を処刑したのだ。酷い!
やはり負い目があったのだろうか、秀吉。なにしろ、万福丸は茶々の兄であり、秀頼の叔父である。いま、こんなに息子を大事にしている秀吉だが、彼を得るまでにどれだけの命を犠牲にしたのか。
たくさんの怨念が秀吉に取り憑いていないわけがない。

万福丸の名まえはドラマの中では直接出てこない。
だが、31回では茶々の過去のトラウマの話その後を大倉卿局(峯村リエ)に語らせたり、徳川秀忠(星野源)が妻・江の話をしたりと、なんとなく浅井三姉妹のことが思い浮かぶ構成になっている。

それに、信幸(大泉洋)の子どもは百助と仙千代。この子たちと万福丸は直接関係ないにしても、合わせて、百、千、万・・・
誰が秀吉を殺したのか。血まみれの少年の正体「真田丸」31話
写真提供/NHK

秀吉を死に向かわせた人 その7 茶々


万福丸の亡霊が秀吉を・・・というのが最もフィットするが、そうなると、やっぱり茶々を思わないわけにはいかない。
やっぱり茶々は、過去、家族を秀吉に殺されていることを忘れてはいなかったのではないか。30回の花見で花咲爺を秀吉にやらせたのも、やっぱり狙いなんじゃないか・・・多くの怨念が茶々に宿っているような気がしておそろしい。

たくさんの人たちを殺戮し苦しめた末に「栄華を極めた男」秀吉を殺したのは・・・・関係者たちの業の集合体だったのではないか。
誰が秀吉を殺したのか。血まみれの少年の正体「真田丸」31話
写真提供/NHK

もうひとつの重要エピ 佐助と秀吉の関係


31回のもうひとつの太い柱・出浦(寺島進)のエピソードにも度肝を抜かれた。単に、スリリングでドラマティックだったというだけではない。
家康暗殺のため天井に忍ぶ出浦の気配に、出浦とは知らず気づいてしまった信幸。この時の音を聞き分けた要因は、以前火遁の術の稽古を見た体験だった。信幸がこの稽古を見たのが15回。秀吉が最初に登場した回だ。ここで出浦に本格的に忍術を習い始めた佐助が、31回、死を覚悟したかのような出浦に後を託される。
三谷幸喜、こんなところも繋げてくるなんて。そして、15回の演出も木村隆文。
そう思って15回をオンデマンドで見返すと、火遁の術で火が燃え上がるのを背景に信幸が歩いているカットがなんとなく思わせぶりに見える。まさか、31回に繋がっていたとは、ほんとうに参りました!

おまけ マイペースなきり


きり(長澤まさみ)が信繁に寧からだとお餅みたいなものを渡すが、ほんとうに寧からなのか? と疑ってしまった。きりからの食べ物だと信繁は手をつけないかもしれないからきりの作戦なんではと。
疑いなくもぐもぐと食べる信繁。残したもの食べちゃうきり。間接キス的な。でもそのおもしろカットをほとんど見せずにすぐ次に切り替えてしまう木村ディレクターの上品さ。
(木俣冬)