連続テレビ小説「ひよっこ」(NHK 総合 月〜土 朝8時〜、BSプレミアム 月〜土 あさ7時30分〜)
第9週「小さな星の、小さな光」第53回 6月2日(金)放送より。 
脚本:岡田惠和 演出:田中正
「ひよっこ」53話「ばかでいいじゃん」 涙で顔がぐしゃぐしゃで、外出できません
イラスト/小西りえこ

53話はこんな話


工場の中に入って鍵をかけてしまった豊子(藤野涼子)は、「おらは“いやだ”って言いたい」と訴える。

「ばかでいいじゃん」


聡明な豊子だから、こんなことしてもなにもならないことはわかっている。

でも、彼女は「いやだってしゃべりたいんだよ」と主張する。
これまでの人生で、一度も「いやだ」と言ったことがなく、いつも「わかった」と言ってきた豊子。
最初の頃、時子(佐久間由衣)に意地はらなくていいと言われて、嬉しかったという。
ずいぶんと我慢して、いろんなことを諦めていたが、向島電機と乙女寮ではそうしなくてよかった。
いままでずっと自分を抑えてきた彼女が、ここで、自分を主張することを知ったのだ。
「ここは、おらがほんとうの自分でいられるところ」になっていた。

そんな理想の場所に、なぜいちゃいけないのか、と涙ながらの訴えを、窓越しに、みんなも泣きながら聞いている。
観ているほうも、涙が溢れてくる。
「ばかでいいじゃん」
いままでずっと、理屈で考えて、お利口さんでいた豊子が、感情をむき出しにした姿には、観ているほうの感情も解放されて、涙がじゃんじゃん出てくる。
これからお出かけの女性の場合、化粧が崩れてないか、大丈夫か、と心配になる。

無慈悲に、時間切れだと中に入ろうとする作業員(岡部たかし)たちを、松下(奥田洋平)が止める。
同じ“働く人間”として、職場がなくなる気持ちをわかってほしいと。

でも、作業員は「これが仕事なんだよ」と言い返す。どちらにも事情があるのだ。ああ、辛い。

みね子(有村架純)は、泣きながら「私たちが忘れないでいれば、工場はなくならない」と説得(心の中で生きているってことですね)

作業員が力づくで入ろうとして揉めるところがスローモーションで、中島みゆきの「世情」が流れるかと思ってしまったが(いい話なのに茶化してすみません。そして、同じく、みゆきの「時代」もこの場面に合う。「やすらぎの郷」の主題歌「慕情」ではないのは確か)流れることなく(当たり前)、豊子が自主的にドアを開けた。


これは、大勢のなかでは小さな出来事だったが、「私の歴史年表ではとっても大きな出来事になると思います」とみね子のモノローグ。

最後はみんなでカレーを食べながら、こんなふうに締めた。

「お父さん、お父さんへの心の手紙ではどうしても私の近くにいる人の話になってしまうけど、ここには大勢の乙女たちがいました。みんなそれぞれに私と同じように物語があります。なんだかそれってすごいなあって思います。そんな物語がものすっごくたくさんあるのが東京なのかなって思いました」

歌ったり、踊ったり、ラジオ組み立てたり、場を引き締めたその他の乙女寮の人々への配慮を忘れない岡田惠和。

かなり泣かせる回ではあったが、カレーのシーンによって、涙が乾く時間も配慮されていた。

ついでに記すと、作業が終わった後、作業員がなんともいえない顔をしている。ほんのわずかな時間で、これだけのやるせなさを感じさせられるのは、岸田戯曲賞受賞作家でもある山内ケンジの舞台に欠かせない名優・岡部たかしの力だ。きっとこの作業員にも物語があると感じさせてくれた。
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