昭和のヒットメーカー、獅子文六原作の土曜時代ドラマ『悦ちゃん 昭和駄目パパ』が16日の放送で最終回を迎えた。ドラマファンが注目する同枠らしく、前作『みをつくし料理帖』に続いて非常にウェルメイドな作品だった。
特に原作小説を一旦解体して、再構成した櫻井剛の脚本が見事だったと思う。原作小説と比較しながら解説してみたい。
最終回「悦ちゃん」どんなドラマだったか…数年後のこの一家を考えると胸が痛くなる
画:つん(5歳)

最終回となった第8話「パパに贈るラブソング」でも、原作の要素とオリジナルの部分を巧みに織り交ぜて大団円を迎えていた。なお、本日(18日)深夜1時45分から再放送があるので、見逃した人はぜひチェックしてほしい。

いつでも手をつなぐ鏡子と悦ちゃん


売れない作詞家の碌さん(ユースケ・サンタマリア)が、姉の鶴代(峯村リエ)や日下部絹(紺野美沙子)らのたくらみで、日下部カオル(石田ニコル)のいるパーティーに現れた。碌さんのことが忘れられないカオルは喜びを隠せない。だが、結納をぶっちぎって逃げてきた池辺鏡子(門脇麦)と悦ちゃん(平尾菜々花)が現れる。招かねざる客である2人を捕まえようとする係員に悦ちゃんのキックが炸裂! うーん、小気味いい。

結局、鏡子は悦ちゃんを連れて帰宅。追いかけようとした碌さんだが、なんと階段から転落! 重傷を負った碌さんは日下部宅へと運び込まれ、そのまま消息を絶ってしまう。ダメな碌さん……。

取り残されてしまった鏡子と悦ちゃんだが、お互いのことが大好きな2人はシスターフッド(女性同士の連帯)を発揮する。鶴代に直談判したときも、夜2人で寝るときも、お互いの手をしっかりとつないでいたのが印象的だ。


原作での2人も、強烈なシスターフッドを発揮している。碌さんが数ヶ月も失踪している間、収入を失った2人は家を追い出されてしまい、明日食べるものにも困るほどの貧しさに苦しむのだが、2人手を取り合って苦境を乗り越えていく。ドラマの脚本は辛い展開を省き、鏡子と悦ちゃんのシスターフッドの部分だけをうまくすくい取っている。

悦ちゃんが布団の中で鏡子に「パパママソング」の話をしながら、「(好きだと)どっちが先に言うのかな」と語りかけるシーンは原作どおり。いいシーンだった。

悦ちゃん、「パパママソング」で華麗にデビュー


そんな2人のもとに現れたのは人気作曲家の細野夢月(岡本健一)! 夢月は悦ちゃんの歌声に惚れ込み、「日本のテムプルちゃん」として売り出そうと画策していた。5話では「理不尽な封建制に縛られている日本じゃ、日本人形のように表情のない少女歌謡になってしまう。それがテンプルちゃんと言えますか? くだらない!」と語っていた夢月が、父親のことを「碌さん」と呼び、あまつさえ「キャラメル野郎!」と罵る天衣無縫な悦ちゃんの歌声に惚れ込むのは理にかなっている。

かつて夢月につきまとわれていた鏡子は、なんとかして夢月の興味を失くそうと「(碌さんと)結婚した」とウソをつく。衝撃を受け、「人妻に興味はありません!」と悲痛に叫ぶ夢月がおかしい。夢月は悦ちゃんに「パパママソング」の楽譜を渡して「これは君の歌だろ?」と口説く。ラジオで自分の歌声が流れれば、碌さんが帰ってくるかもしれない! 悦ちゃんはラジオの生本番で「パパママソング」を熱唱し、間奏部分で「ラジオ局で待ってるからね!」とアドリブでメッセージを伝える。

【ここからは原作小説のネタバレです】原作では困窮した2人にとって起死回生の一打になるのが、悦ちゃんのデビューだ(ただし夢月はビタイチ絡んでない)。
ドラマでは「かろうじてスマッシュヒット」だったが、原作の悦ちゃんは「日本のテンプルちゃん」として大スターになる。ところがラジオの本番でいきなり碌さんへのメッセージを喋りはじめて騒ぎを起こし、芸能界から追放されてしまうが、メッセージを聞いた碌さんが現れて再会を果たす【ネタバレ終わり】。

ここでもドラマ版はエグみを捨て、ポイントだけを抽出するのに成功している。原作では徹頭徹尾イヤな奴だった夢月を愛すべきキャラクターに変えたのもドラマ版の功績だ。

「お鏡を幸せにしてやってくれい……」


日下部邸でラジオを聴いていた碌さん(偶然ではなく、新人発掘番組なので碌さんは毎週欠かさず聴いているのだ)は仰天。2人のもとへ帰ろうと、カオルに別れを告げる。

「俺には好きな人がいます。俺はその人に気持ちを伝えなきゃならない。それが悦子との約束なんです」
「素敵な歌声ですね、悦ちゃん」
「初めて名前……」
「碌太郎さん、私と約束していただけませんか? あなたにとっての真実の愛を貫くと」
「……モチのロンです」

ボロボロの碌さんはラジオ局へ駆けつけて2人と再会。鏡子にプロポーズをして、ようやく3人は家族に! しかし、話はここでは終わらない。鏡子に縁談を強いていた強情な父親・久蔵(西村まさ彦)に会わなければいけないのだ。なぜかトータス松本が大将を務める居酒屋のカウンターで1対1で会う碌さんと久蔵。久蔵は碌さんに頭を下げる。


「頼む! お鏡をただ! ただ……幸せにしてやってくれい……」

【原作のネタバレ】原作のカオルは夢月と同様、徹頭徹尾イヤな女で、先のような感動的なシーンはない。原作の久蔵はドラマと同じくかんしゃく持ちの昭和親父なのだが、碌さんは鏡子を探す過程で出会っており、困窮していた碌さんは久蔵の家に居候するほど仲が良くなる。2人の別れ(碌さんは鏡子と悦ちゃんを探すのを諦めて福岡で就職しようとする!)の際は、涙をこぼすほどだった【ネタバレ終わり】。

全員が幸せになるハッピーエンド


碌さん、鏡子、悦ちゃんの3人は、亡くなった悦ちゃんのママの墓参りで結婚を報告する。1話のオープニングと対応したシーンだ。これでめでたし、めでたしで終わっても良さそうだが、細部まで行き届いたドラマ版の脚本はここで終わらせない。

碌さんに惚れていたウグイス芸者の春奴(安藤玉恵)は誠意を持って口説いてきたレコード会社の大木(飯尾和樹)と良い仲に。弟の碌さんと財閥令嬢のカオルを政略結婚させようとしていた鶴代と夫の信吾(相沢一之)は別の親戚を候補に挙げてやろう高笑い。カオルは夢月とカフェで偶然出会い、芸術談義に胸ときめかせる。

カオルと夢月の出会いに驚いた視聴者も少なくなかったようだが、原作でもカオルと夢月は恋仲になる。本当にイヤミなカップルだったのだが、ドラマ版ではとてもさわやかな出会いに変換されている。櫻井の脚本の腕前に驚くばかりだ。


本当のエンディングはここからだ。碌さんの家には婆や(大島蓉子)も帰ってきて、食卓には碌さんと鏡子と悦子の柳一家と、久蔵と藤子(堀内敬子)と琴(矢崎由紗)の池辺一家が勢揃いしている。鏡子と悦子、藤子と鏡子はそれぞれ継母という複雑さを抱えているが、どう見ても楽しげな一家だ。

ガヤガヤと食事を始めようとしたとき、一番先にパクリとやって一同の笑いを誘うのが、何もかも後回しにされていた藤子の連れ子・琴というのも気がきいている。出てくる登場人物が誰も不幸にならない、本当のハッピーエンドだったと思う。

ただ、時代を考えると、数年後にはこの幸せそうな一家が戦火に巻き込まれるわけで、そのことを考えると胸が痛くなる。NO WAR。
(大山くまお)
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