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今だから話せる「ガンダム」「ダンバイン」「パトレイバー」生みの親たちのメカデザイナーズサミットレポ

2012年12月18日 11時00分

ライター情報:丸本大輔

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「メカデザイナーズサミット」出席者プロフィール
大河原邦男(写真左・おおかわらくにお)/1947年、東京都生まれ。稲城市在住。1972年、タツノコプロ入社。1976年、中村光毅と「デザインオフィス・メカマン」を設立。1978年からはフリー。本文に登場した以外の主な代表作に、「タイムボカンシリーズ」「太陽の牙ダグラム」「蒼き流星SPTレイズナー」「機甲戦記ドラグナー」など。
宮武一貴(写真中央・みやたけかずたか)/1949年、神奈川県生まれ。大学在学中に、SFクリスタルアートスタジオ(後のスタジオぬえ)を創設。小説「宇宙の戦士」のために描かれたパワードスーツのデザインは、後のロボットデザインに大きな影響を与えた。本文に登場した以外の主な代表作に、「超時空世紀オーガス」、「劇場版銀河鉄道999」のアルカディア号など。
出渕裕(写真右・いずぶちゆたか)/1958年、東京都生まれ。1979年、「闘将ダイモス」の敵メカのデザインを担当してデビュー。その後、ガンダムシリーズなどのアニメにくわえ、特撮のスーパー戦隊シリーズでキャラクターデザインも担当。2002年には「ラーゼフォン」でアニメ監督デビューも果たした。本文に登場した以外の主な代表作に、小説「機動戦士ガンダム 逆襲のシャア ベルトーチカ・チルドレン」のナインチンゲールなど。

[拡大写真]

「機動戦士ガンダム」「装甲騎兵ボトムズ」の大河原邦男
「超時空世紀オーガス」「聖戦士ダンバイン」の宮武一貴。
「機甲界ガリアン」「機動警察パトレイバー」の出渕裕。
12月15日、東京都の稲城市立iプラザホールに、世界的にも有名な3人のメカデザイナーが集結。初めての「メカデザイナーズサミット」(主催:稲城市)が開催されました。

ホストを務めるのは、1972年から放送された、タツノコプロ制作の「科学忍者隊ガッチャマン」で“世界初のメカ専門デザイナー”としてデビューし、今年40周年を迎える大河原氏。
当時、アニメに登場するロボットや兵器などのメカは、キャラクターデザイナーか、美術監督がデザイン担当を兼任していました。ロボットなどはキャラクターデザイナーに、基地、戦艦などは美術監督に任されることが多かったそう。例えば、タツノコプロで大河原氏の上司だった中村光毅は、美術監督でありながら「マッハGoGoGo」の主役メカ・マッハ号など、時代を越えて評価されるメカのデザインも手がけています。
新入社員だった大河原氏は、中村美術監督から「ガッチャマンのメカをやらないか?」と声をかけられ、敵側ギャラクターのメカなどを担当。エンディングで「メカニックデザイン」とクレジットされました。それが、アニメ界で初めてメカ専門のデザイナーが生まれた瞬間です。

宮武氏も、大河原氏とほぼ同時期から第一線で活躍してきたメカデザイナー界の重鎮。「宇宙戦艦ヤマト」「超時空要塞マクロス」など、数々のSFアニメの企画、設定、デザインなどに関わってきたスタジオぬえの創設者の一人でもあります。
この二人の前では、1979年の「闘将ダイモス」でデビュー以来、アニメ、特撮など幅広い分野で才能を発揮し、現在は「宇宙戦艦ヤマト2199」で総監督を務めている出渕氏も、自称「ぺーぺーの小僧」。トークショーの中では、先輩二人から、答えに窮するきわどい質問をされて焦る場面もありました。

出渕「危険な球を投げてきますね、先輩!」
宮武「いや~。そのことを大河原さんが聞いてくれるとは思わなかったな(笑)」
大河原「さっき、梨ワインを飲んだからね」
出渕「ちょっとしか飲んでなかったじゃないですか!(笑)」

先日、放送されたスカパー!の特番でも対談し、楽屋での昔話も大いに盛り上がったという3人。メカデザイナーたちが「デザインについて熱く語り合う」という趣旨で開かれたこのサミットの中でも、今だから言える数々の裏話が披露されました。

ライター情報

丸本大輔

1974年生まれ。フリーライター。瀬戸内海で生まれ育ち、現在は東京の西側在住。インタビューを中心に活動。得意ジャンルは、アニメ、マンガ、サッカーなど。

URL:Twitter:@maru_working

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