西寺郷太(NONA REEVES)の著書『プリンス論』発売を記念し、東京カルチャーカルチャーにて開催されたイベント「愛のペガサス会」。今回は、後半戦のリポートです。

前半戦はコチラ
「レコード会社とは契約するな」と若者にアドバイスするプリンス

まずは現代の音楽業界と、その状況に対峙するプリンス……というお話から。

デビュー時から一貫して「レコード会社よりアーティストの方が偉い」


西寺 僕がプリンスが凄い人だって思うのは、未来の先に生きてる人なんですよ。80年代に「ペイズリー・パーク」というレーベルを持ち、スタジオを作って、レコーディングして。年間8~9曲がノルマだったから、「余ってる曲どうしよう?」ってことで色々やってたわけでしょ。それは、10年後にパソコンを自宅で持てるようになった瞬間にみんなが叶えたんですよ。これと同じように、ワーナーからわざわざ離れてNPGレコードっていうレーベルでやり始める。そんなでっかいレーベルが副社長にするくらいバックアップしてくれて、お金もマイケルよりマドンナより多くもらってたのになんで離れるの? ってなったけど、今の主流は「自分のレーベルで思ったことをやる」。はっきり言って、それがミュージシャンとしても一番儲かるわけですよ。そして、NPG Music Clubの配信活動ですよ。昔はネット環境がそこまで浸透してなかったからバカだなって思われたけど、iTunesもそうだし今回のストリーミングもそうでしょ。今年の6~7月からLINE、AWA、Apple、Google Play Musicと出たけど、プリンスは全部取り下げて、「SpotifyとTidalでのみ流しますよ」って言って、1~2週間したら舌の根も乾かぬうちに海外でフィジカルリリースして、今度はNPG。今回は、「ユニバーサル」って言っちゃダメなんですよ。『Hit n Run』はNPGレコードなんですよ。
ロゴすら入れないっていうことを、ユニバーサルに飲ませてるんですよ。NPGレコードっていう括りで「おまえらの流通だけ使うから」ってマークさえ入れさせずに、ユニバーサルから出せるんですよ? そんなの、ユニバーサル史上無いと思う。ユニバーサルのマークが入ってないユニバーサルのCD。20年前にプリンスが言ってたことを、彼は実現している。「アーティストが偉いんだ。流通を“させてあげる”」っていうのを。今のミュージシャンで一番問題になってるのは「月1000円のストリーミングでどれだけのお金が入ってくるの?」って話なんです。皆さんも働いてると思うけど「給料が月収1000円になりました」って言われたらイヤでしょ? 今までそれなりにもらってたのが、いきなり「すいません。1000円になります」って言われたら。そういう話が今、ミュージシャンの中で起こってるんです。「来月から1000円ね」って。「働けないな」って普通に思うと思うんですよ。
音楽で食えていけない人っていうのは、たぶんドンドン出てくる。プリンスは「俺はそういうところには出さないよ。Appleからは下げます。Tidalだけはやりますよ」って言って、Tidalからは莫大なお金をもらってます。先輩、カッケー! みたいな。
吉岡 プリンスは最近の若いアーティストへのアドバイスとして「レコード会社と契約するな」って言ってたよね。あれは、今、郷太君が言ったことをそのまま若い人たちにメッセージとして伝えてるんだよね。
西寺 「レコード会社と契約するな」っていうのも他の人が言うと説得力がないですけど、プリンスっていうのはワーナーと契約する時に、パフォーム、ソングライティング、映像、プロデュースも「僕がやります」って内容で契約した。だって、1stの時にヒットするパーセンテージなんてわからないのに。78年の時点で“超俺様契約”をしてるわけですよ。今のプリンスが偉そうにするのは当たり前じゃないですか。『Purple Rain』もあるし、それまでの実績もあるし。
でも、ただの小さい黒人ですよ?
吉岡 その時の話があるんです。当時マネージャーだったオーウェン・ハスニーっていうのがいて。彼にインタビューした時に聞いたんですけど、プリンスを見つけてデモテープを聴いた。そのテープはプリンス本人が全楽器をやってるって聞いて、オーウェンは驚くわけですね。「しかも、こいつはミネアポリスに住んでるのか!」って狂喜乱舞するわけです。彼はあちこちに売り込みに行くんだけど、各社全部に条件を付けました。「プリンスが全曲書いて、プロデュースする。それをやらしてくれれば契約するよ」っていうことを強く言うんですね。そして、ワーナーとその条件で契約する。とは言っても、ワーナーも18歳の若者がセルフプロデュースするってことに確信を持てないので、トミー・ビカリっていうエンジニアをエクゼクティブ・プロデューサー的に付けるんだけども。最初、基本的にトミー・ビカリはエンジニアだったんですね。プリンスが全部の楽器を録音する時に、スタジオにいるのがプリンスで、宅の方にいるのがトミー・ビカリで、エンジニアリングを色々するわけです。
その時、プリンスは見よう見まねでトミー・ビカリがやってることを一週間くらいでほとんど覚えちゃうわけです。最終的にクレジットには載るんですけど「もう、こいつはいらない。自分でできるから」って。プリンスって楽器もそうだけど、機械関係もものすごい覚えが早い。そういう意味じゃ、天才なんだね。でも1stが出た時には、そういうのはわかんないから。
「レコード会社とは契約するな」と若者にアドバイスするプリンス

西寺 自分もそうだったんですけど、デビューする時にプロデューサーを紹介されるのって悩むんですよ。僕はプリンス派で、「プロデューサーを付けない、ライブもやらない、英語詞でやりたい」って言ってワーナーと契約したんです。他のレーベルは飲んでくれなかったんですけど、ワーナーは「自由にやっていいよ」って。でも最終的には、筒美京平さんとやったり。プリンスの凄いところは、そこなんです。だって「自分の憧れてた人がプロデュースしてくれる」って話になれば、普通は「京平さんと曲作ってみたいな」とか思うし。
でもプリンスって、自分より偉い人とやらないですよね。ジョシュア(ジョシュア・ウェルトン)なんて、単なる素人ですよ!?

プリンスに影響を受けたアーティストとは?


プリンスのフォロワーと言ったら、誰? 正直、かなりのアーティストが思い浮かびます。でも、西寺氏はそれに異を唱える。
吉岡 ディアンジェロはプリンスのライブをずっと観てて、物凄く影響を受けたんですね。ライブを観れば明らかなんですけど、今、最もプリンスに影響を受けているのは、ディアンジェロでしょうね。
西寺 でも、僕はプリンスとディアンジェロは全然違うと思いますけどね。ディアンジェロは、シングルを全然出さないじゃないですか。出さないと、やっぱり良くないと思うんですよ。プリンスの偉いところは、出し続けているんですよ。「出す」っていうのは重要で。岡村靖幸さんが“和製プリンス”と言われることがあるんですけど、正直、全然違うと思うんですよ。数が違う。プリンスは、ちょっと出るのがイヤですもん(笑)。
引くくらいに出してる。
吉岡 とにかく、多作だよね。
西寺 多作を基準にしないと、プリンスと比較しちゃダメですよ。

『emancipation』以降のプリンス


西寺 僕ね、『emancipation』までのプリンスはすごい理解できるんですよ。家族にもあまり恵まれず、お父さんはミュージシャンだったと言えども普通の会社員で。その後、“第2のスティービー・ワンダー”と言われデビューしたものの、1stはあまり売れなかった。ヤバイと思ってポップな2ndを作り、その後は『Dirty Mind』や『Controversy』を作った。『Controversy』の辺りから「これはもう、バンドにしよう」と思って『1999』を作った。その中からは「Delirious」とか色々売れた。同い年のマイケル・ジャクソンもいる中で黒人音楽の新しい流れがあり、それまではアース・ウインド&ファイアーとかあったけど段々低調になって「これからは新しい俺達の時代だ」とがんばって、絶対売ろうと思って『Purple Rain』を作った。売れた。映画撮った。……ここまでは、すごいわかるんですよ。サクセス・ストーリーですよ。だって異母兄弟がバスケで活躍して、自分は小っちゃくてバスケットボール部の補欠だったんですよ。でも、音楽ではイケると思った。それって色んな人に当てはまるサクセス・ストーリー。それでワーナーで大成功し、ペイズリー・パークを作ってもらった。そこで自分の音楽をやり、昔からの友達を辞めさせ、自分の言うことを聞く奴を育て、色んな女の子が自分のことを好きだと言ってくれる。たくさん女の子と付き合ったけど、マイテという純粋で綺麗な田舎の女の子がプリンスに見初められて。でも、その後に生まれた男の子・グレゴリー君が亡くなっちゃうじゃないですか。それも頭部が異常に変形するっていう可哀想な症状で、長く生きられない。その時期、プリンスは『emancipation』のキャンペーンで日本まで来てたけど、その時にはもう亡くなってたわけですよね。『emancipation』って、プリンスの中でも一番重要なアルバムだと僕は思ってるんです。ジョン・レノンにとっての『ジョンの魂』みたいなアルバムなんですよ。だけど、プリンスはそれが挫かれちゃった。ここでグレゴリー君が健康に産まれていればマイテと離婚しなかったかもしれないし、それ以降のプリンスの音楽人生は変わったんじゃないかなと思っています。延命措置をしようとしたマイテがいながら「それはもう止めてください」と言い、そこでもう亀裂が入ってしまった。ここからの人生というのは想像がつかないし、ここからのプリンスの動きは人として物凄く興味がある。心が折れずに音楽を続けていくプリンスへの尊敬もそうだし、ここにいる人たちが『emancipation』以降のプリンスをどう思ってるか、僕はすごく興味を持っている。
「レコード会社とは契約するな」と若者にアドバイスするプリンス

ジョシュアとグレゴリー君を重ね合わせて見ている?


西寺 ジョシュア・ウェルトンって、25歳くらいですか? 彼に、「息子であるグレゴリーがもしも生きてたら」って重ね合わせているんじゃないのかって。プリンスがジョシュアを選んだっていうのは、ビートルズで才能ある人とやったポール・マッカトニーが最愛の奥さんでド素人のリンダ・マッカートニーにキーボードを教え込みメンバーに入れたのと同じかもしれないです。それを、今、俺は否定できないんですよ。あれほど成し遂げた人が「これが気持ちいい」と思ってやってるんだったら。ミュージシャンって、お客さんのためにやってるって思うじゃないですか。評価って、お客さんがするものだから。リスナーとかオーディエンスとか。でも正直、プリンスとかポール・マッカトニーくらいのレベルになったら、もう十分だと思いません? だって、世界一売れるシングルを何枚も作ったし。『emancipation』という作品をきっちり評価できるのは、2015年なのかなと僕は思うんですね。『emancipation』以降のプリンスが『Art Official Age』や『Hit n Run』に繋がってるかもしれない……という話です!

ここからは、お客さんから登壇者へのQ&Aコーナー。いくつかの質問が飛び交ったのですが、最も気になるのはこのクエスチョンでした。
――プリンス来日に関して、何かいい噂はないでしょうか? 過去10年くらいで、実現間近だったけどダメだったとか、そんな事例もあったら教えてください。
「レコード会社とは契約するな」と若者にアドバイスするプリンス

西寺 ワーナーに戻ってくれて一番嬉しかったのは、そこだけなんですよ。しっかりした大メジャーだったら、ライブができやすいんじゃないかって。最近の『20Ten』とかは欧州の方に行ってて、そうするとなかなか呼びづらいというか。でもワーナーの色んな人に聞いたら、そこはもう超越しちゃってるんですよね。ウドーとかキョードーとか呼び屋さんが呼んで、その後にレーベルに情報が入るという状況みたいなので。プリンスが来る可能性は、僕はあると思ってますよ。今日みたいなイベントで怪気炎を上げると、意外とそういうのってでかいんですよね。「プリンスのファンがいる」みたいな。僕も北海道とか大阪とか地方に行く時って、数人のすごい熱い人がいてくれると行きやすいです。何にも声が無いところに「行きます」とは言いづらいけど、熱心に言ってくれる人がいたら行きやすい。プリンスのライブの情報は今は無いですけど、『プリンス論』を含めこうやって盛り上げていけば、全然有り得ると思います。日本にもよく来てた人ですから。
吉岡 プリンスって、今はギャラ高いのかな?
西寺 世界一、高いみたいです。でも世界有数のアーティストを観られる可能性があるってことを、忘れてほしくないんですよ。プリンスは、まだ生きているんです!
(寺西ジャジューカ)
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