グラインドコアとは、ハードコア・パンクがヘヴィメタル(特にスラッシュメタル)とくっ付いて、極端にエクストリームな方向に発展した音楽ジャンルである。
その特徴は、ずばり「速い・短い・うるさい」。
「これ、打ち込み?」と思わず疑ってしまうレベルの高速ドラム、ザクザクと切り込んでくる攻撃的なギター、唸り・絶叫するヴォーカルが奏でる楽曲の長さは、1曲あたり1〜2分台、それ以下もザラである。聴く者の耳をボコボコにしながら、嵐のように過ぎ去っていく。
「世界で一番短い曲」でギネスに
グラインドコアを代表する、もっとも有名なバンドといえば、やはりイギリスの「Napalm Death」ということになるだろう。彼らは現在、多様なアプローチをとるバンドになっているが、その初期に発表されたアルバムはまさにグラインドコアの教科書と言っていい内容だ。
何はさておき、まずは1stアルバム『Scum』(1987年)だ。ここに収録された楽曲「You Suffer」は、世界で一番短い曲としてギネスブックに掲載されていることでも有名だ。かつて、さまざまな雑学を紹介するテレビ番組『トリビアの泉 素晴らしきムダ知識』(フジテレビ系列)で紹介されたこともあるので、ご存知の方も多いだろう。
ちなみに、こんな曲。
演奏時間は1秒台。何を言っているのかはほぼ聴き取り不能だが、一応歌詞は「You Suffer……But Why?(お前は苦しむ、でも何故?)ということになっている。
このように短さが身上の音楽ジャンルゆえに、アルバムの曲数もとんでもないことになってしまう。例えば、「A×C×」という最高にお下劣な名(略さない正確な名前は、各々調べてください)を冠したアメリカのバンドは、その1stアルバム『Everyone Should Be Killed(邦題:皆殺しの唄)』(1993年)に58もの楽曲を収録。
また、グラインドコアのアルバムを多数リリースしてきた名門レコードレーベル「Earache Records」が、全13曲で計87秒という冗談みたいなコンピレーション・アルバム『Earache: World's Shortest Album』(2013年)を出した時には大いに笑わせてもらった。
凄すぎて笑ってしまうレベルの高速ドラム
先日(2/26)、フランスのグラインドコア・バンド「WARFUCK」の来日公演「DON'T BELIEVE THE HYPE JAPAN TOUR」の最終日を観に、東京は大久保のライブハウス「Earthdom」に行ってきた。日本各地、計13箇所をめぐったこのツアーはすこぶる評判がよく、ツイッターには「凄すぎる!」という賛辞があふれていた。
この日のWARFUCK以外の出演バンドは、以下の4組(出番順)。いずれも日本のバンドである。
明日の叙景
Flagitious Idiosyncrasy in the Dilapidation
Anatomia
Self Deconstruction
ポスト・ブラックメタルバンド「Deafheaven」をもっとハードコア寄りにしたような音を出す「明日の叙景」、ドロドロの地獄サウンドを奏でるデス/ドゥームメタルバンド「Anatomia」(この日の演奏は本当に凄まじくて、ちょっと気が遠くなるレベルだった。もはや地獄のサントラ状態)を除く3組が、今回のテーマであるグラインドコア・バンドである。
活動歴約15年のベテラン「Flagitious Idiosyncrasy in the Dilapidation」(以下、F.I.D.)は、ひじょうにノリのよいグラインドサウンドが特徴のオール・フィメールバンドだ。どことなくロックンロール風味も感じられて、誤解を恐れずに言えば"踊れる”グラインドコアだ。とにかく楽しい。酒も進む。
「Self Deconstruction」も凄い。
そして、トリの「WARFUCK」は、バンドと言いつつメンバーは2人しかいない。ヴォーカル&ギター、ドラムのみーーシンプル極まりない構成ながら、音に物足りなさは一切ない。むしろ音数を絞ることによって、それぞれの楽器を最大限に生かしているという印象を受けた。
とにかくドラムが凄い。笑ってしまうくらいに凄い。もう少しちゃんと説明したいのだが、もはや「凄い」という言葉しか浮かばない。
まず、尋常じゃないほど速い。その上、おそろしく正確。時々、速く演奏しようとしているのだけど技術が追いつかず、ごちゃっとした音になってしまっているバンドもあるが(そして、それはそれで味わい深かったりもするのだが)、WARFUCKのドラマーは首尾一貫して正確無比、もはやマシーンさながらである。
ドラムのみの演奏動画がYouTubeに上がっているので、それを見るのが手っ取り早い。
Warfuck - Studio session: Drums
グラインドコアとはスポーツである?
グラインドコアは、ひじょうに荒々しい音楽である。しかし、今回取り上げた3組は、荒々しいと同時に、ものすごく緻密な計算の上にしか成り立たない音を出す。止まるところは寸分の狂いなく止まり、しかるべきところで音を炸裂させるーーその間合いの妙が、聴く者に大きな快感と興奮をもたらす。
少々大げさに言うならば、そこにはある種の"美しさ”がある。精巧にして一切の無駄を排した演奏には「機能美」という言葉が似つかわしく、極限まで鍛えられ、研ぎ澄まされた肉体を目の当たりにした時のような感動がある。
どんなに複雑な楽曲も、コンピューターを用いれば容易にできてしまう時代において、あえて生身の人間が極限を目指すグラインドコアという音楽は、もしかすると、スポーツのようなものなのかもしれない。
(辻本力)