◆読書日記
私がプロデューサーをつとめるPASSAGE SOLIDAの一角を借りて、古本屋になるという夢を実現すべく「伝記屋 鹿島茂書店」を始めることにした。神田神保町にはなぜか自伝・伝記を専門に扱う古書店がないというのが理由である。
しかし、いざ開店となると、古本屋初心者のほとんどが直面するタマ不足に悩むことになる。そんなタイミングで贈られてきたのが横尾忠則『未完で生まれて未完で生きて、未完で死ぬ 横尾忠則自伝』(春陽堂書店 二六〇〇円+税)である。昔、本書の初版が出たときに書いた書評が再録されているので献呈されたのだ。
どれどれどんなことを自分は書いていたのだろうかとページをめくっているうちに、この自伝をもう一度書評に取り上げたくなってしまった。というのも、「伝記屋 鹿島茂書店」開業のためにありとあらゆる自伝を読んでみたが、これほど不思議なテイストの本はめったにないと確信したからである。
すなわち、語られている自伝的内容がすこぶるつきに面白いのはもちろんなのだが、ユニークな点はむしろその語り口にある。これについては昔の書評を再録することにする。付け加えるべきことがなにもないからだ。
“不思議な感触の自伝である。なぜなら描かれているのは著者自身で、描いているのも著者自身であるはずなのに、この二人の間にはまるで自分であって自分でないものを語っているような奇妙なクッションが置かれているからだ。それは実際に経験したという幽体離脱における霊魂と肉体の関係に似ている。”
比較しうるものがあるとしたらフランツ・カフカのテクストだろうが、残念ながらカフカは自伝を書かなかった。
【書き手】
鹿島 茂
フランス文学者。元明治大学教授。専門は19世紀フランス文学。1949年、横浜市生まれ。1973年東京大学仏文科卒業。1978年同大学大学院人文科学研究科博士課程単位習得満期退学。元明治大学国際日本学部教授。『職業別パリ風俗』で読売文学賞評論・伝記賞を受賞するなど数多くの受賞歴がある。膨大な古書コレクションを有し、東京都港区に書斎スタジオ「NOEMA images STUDIO」を開設。新刊に『日本が生んだ偉大なる経営イノベーター 小林一三』(中央公論新社)、『フランス史』(講談社)などがある。Twitter:@_kashimashigeru
【初出メディア】
週刊文春 2026年7月16日
【書誌情報】
未完で生まれて未完で生きて、未完で死ぬ: 横尾忠則自伝著者:横尾 忠則
出版社:春陽堂書店
装丁:単行本(440ページ)
発売日:2026-06-23
ISBN-10:4394980216
ISBN-13:978-4394980216