佐伯啓思氏は「日本論」全三冊を刊行するという。その第一弾だ。
本書はまず定番を押さえる。丸山眞男『現代政治の思想と行動』。ルース・ベネディクト『菊と刀』。山本七平『「空気」の研究』。福澤諭吉『文明論之概略』。遠藤周作『沈黙』。不干斎(ふかんさい)ハビアン『破提宇子(はでうす)』など。それらのエッセンスを嚙(か)み砕いて栄養満点のスムージーのようにした著者の語り口が柔らかい。
山本七平が日本教を説いた。著者は言う。それは≪教義や律法など…硬質の文書≫を持たなくても≪日本人の思考や行動を型どる「見えない原則」なの≫だ。どんな原則か。
≪日本人…も西洋人…も…「信」が社会を構成し、倫理の基盤をなす…が、西洋では、それは絶対者への「信仰」で…日本人…は人に対する「信頼」…である≫。するとどうなるか。≪絶対的な神をもたない…相対性の世界では、逆説的…に、容易に何かあるものが一時的に絶対化されてしまう≫のだ。山本のいう「空気」のどんぴしゃな説明である。
西欧文明を受け入れつつ日本の自立をはかる。この≪日本近代のディレンマ≫と、福澤諭吉は格闘した。著者はその正統な後継者である。
【書き手】
橋爪 大三郎
社会学者。1948年生まれ。東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。執筆活動を経て、1989年より東工大に勤務。現在、東京工業大学名誉教授。
【初出メディア】
毎日新聞 2026年8月15日
【書誌情報】
日本人の精神Ⅰ 権威と空気の構造著者:佐伯 啓思
出版社:新潮社
装丁:単行本(ソフトカバー)(256ページ)
発売日:2026-05-21
ISBN-10:4106039451
ISBN-13:978-4106039454