マネジメントの現場や家庭内で、そんな悩みを抱えている方は少なくありません。ネットを開けば「効率的な答え」が一瞬で手に入る時代だからこそ、若者たちから「自分で動き、考え、試行錯誤する機会」が奪われているのは皮肉な現実です。
今回お話を聞いたのは、日本初のベーグル専門店「BAGEL & BAGEL」を創業し、累計130店舗の規模まで育て上げた林浩喜さんです。
現在は社会起業大学の学長を務める傍ら、山口県にある周南公立大学 経済経営学部 特任教授として5年間、社会起業や地域課題解決をテーマにした授業を担当しています。
起業家として市場を切り開き、数々の意思決定を重ねてきた林さんは、いま学生たちに何を伝えているのでしょうか。「指示待ち」の若者たちを劇的に変える主体性のスイッチは、一体どこにあるのでしょうか。数々の決断を重ねてきたメガヒット起業家が語る育成の真理は、現代のリーダー層への強いヒントになるはずです。
■「どうすればいいですか?」正解を与えられる前に、まず自ら動き出せるか
これからの社会やビジネスの現場では、最初から答えが用意されている問題などほとんどありません。誰も正解を持っていない暗闇の中で、自分なりに考え、動き出すことが求められます。そうした力を身に付けさせるために、林さんが徹底しているのが「まず自分で動いてみること」です。
「学生はまだ経験値が少ないので、頭では理解できてもそれが血肉化しにくいんです。だからこそ、課題を与えられたときも、最初から『どうしたらいいですか?』と答えを求めるのではなく、不格好でもいいから自分なりに考えて動いてみることが大切なんです。
もちろん、分からないことを相談するのが悪いわけではありません。ただ、何も試さないまま「効率的な正解」だけを求める癖がついてしまうと、指示がなければ動けない人材になってしまいます。若いうちに「正解のない問いにもがき、自分で動く経験」を積むことこそが、社会に出てから生き残る本当の武器になるのです。
■座学で100回言うより有効。主体性のスイッチは「現場の実体験」にしかない
では、どうすれば「指示待ち」だった若者が、自ら考えて動くようになるのでしょうか。林さんが導き出した答えはシンプルです。「教室(座学)を出て、現場へ連れて行くこと」——これに尽きるといいます。
教科書の上だけで社会課題を学ぶのではなく、実際の地域の現場へ足を運び、課題の当事者の話を聞き、自分の目で状況を見る。そして肌で感じる。この実体験を通して初めて、彼らは課題を「他人事」から「自分事」として捉え始めます。
例えば、林さんの授業で扱ったテーマの1つに、ある限界集落のお茶農家の存続危機がありました。平均年齢は80歳近く、後継者はゼロ。
「教室で『高齢化率○%です』と数字を聞くだけでは、頭で分かっても心は動きません。しかし実際に現地へ行って、額に汗して働く農家の方の話を聞いて、温かいお茶を飲ませてもらうと、学生たちの目が一瞬で変わるんです。目の前に困っている生身の人間がいる。なくなってしまうかもしれない産業がある。そこに自分が何かできる可能性があるかもしれない。そう肌で感じた瞬間、受け身だった学生たちが初めて『自分に何ができるだろう』と自ら考え始めます」
林さんは、そこに起業家教育の大きな意味があると考えています。知識を与えるだけでは人は動きません。大人側がいくら「主体性を持て」と口頭で説教しても無駄なのです。現場の重みを肌で感じ、当事者意識を持ったとき、人は初めて自走し始めます。
これは職場の部下育成でも全く同じ。口頭で『主体性を持て』と100回説教するより、顧客のリアルな声や現場の課題に直接触れさせることこそが、最も強力なスイッチになるのです。
■問われるのは「何を知っているか」ではなく「どう動けるか」
授業では、現場で見聞きしたことをもとに、学生自身が改善案や事業案を考えます。年によっては、実際に事業化を視野に入れて取り組むこともあります。
林さんが最も手応えを感じるのは、最初は『自分には関係ない』と受け身だった若者たちが、現場に触れることで劇的な変化を遂げる瞬間です。
「最初から『起業したいです』と言って入ってくる学生は決して多くありません。多くは会社員や公務員の両親の元で育った“起業”という生き方を考えたこともない学生たち。でも、自分で課題を見つけ、仮説を立て、提案を当事者に伝えるというプロセスを経験すると、『自分にも社会を変える力があるかもしれない』という感覚が芽生えていくんです」
実際に、林さんの授業をきっかけに、過疎地域の高齢者支援事業を立ち上げたり、地元の中小企業の発信を支える会社を起業したりする若者も現れています。
しかし、林さんは何も「全員が起業家になれ」と言っているわけではありません。本当に大切なのは、どんな組織や地域に行っても「自分で課題を見つけ、自分で最初の一歩を踏み出せる人」になることです。
「『まず自分で動き始める』という姿勢は、起業家だけでなく、企業の中で働く会社員であっても最強の強みになります。AIが普及し、知識や情報を簡単に得られる時代だからこそ、問われるのは『何を知っているか』というより、『自分でどう考え、どう動けるか』というところが重要なんです」
■「夢がない」なら、本気で探せばいい
学生たちと向き合う中で、林さんは「夢や目標が明確に定まっていない若者も少なくない」と感じているといいます。将来何をしたいのか分からない、やりたいことがまだ見つかっていない——。そんな停滞感を抱える人々に向けて、林さんは「夢がないなら、探せばいい」と力強いエールを送ります。
「最初から明確な夢を持っている人ばかりではありません。私だって、起業したいという思いはありましたが、最初からベーグルをやろうと決めていたわけではありません。いろいろ探して、悩んで、考え行動し続けたから見つかったんです。夢は、待っていれば突然降ってくるものではありません。人に会う、現場へ行く、本を読む、旅して知らない世界に触れてみる。そうした行動を重ねる中で、実は自分の中にひっそり内在する『本当にやりたいこと(ダイヤの原石)』に気づいていくものです。それが夢につながっているのです」
そして、林さんが講義の最後に必ず伝える強烈なメッセージがあります。
「私たちは誰もが、いつか必ず人生の終わりを迎えます。それがいつなのかは誰にも分かりませんが、その確率だけは100%です。立ち止まっている時間は実はどこにもない。そのときを迎えたときに、自分は『後悔しない生き方を選択できたか』を、今この瞬間の自分に問い掛けてほしいんです」
失敗しないことを優先して立ち止まる人生もあります。一方で、たとえうまくいかなくても、自分で選び、自分で動き、自分なりの道筋をつくっていく人生もあります。
130店舗のベーグルチェーンを築き上げた男が、今、次の世代へ手渡そうとしているのは、華やかな成功法則ではありません。「答えを待つ前に、まず現場へ行くこと」「分からない中でも、自分の足で一歩を踏み出すこと」。そして、「夢がないなら、本気で探してみること」。
その小さな一歩の積み重ねが、やがて自分の人生を自分でつくる力になっていくのかもしれません。
お話を聞いたのは:林浩喜さん
社会起業大学 学長。神戸大学経済学部卒業後、住友商事に入社。米国コーネル大学ホテル経営大学院修了。帰国後、日本初のベーグル専門店「BAGEL & BAGEL」を創業し、累計130店舗規模まで成長させる。現在は社会起業大学学長として、社会課題をビジネスで解決する人材の育成に取り組む。
この記事の執筆者: 廣田 美絵子
大手化粧品会社で人事部にて採用・教育・広報を担当。その後教育系のベンチャー企業を経てフリーランスで取材・編集・執筆を行う。キャリアコンサルタントでもあり、人のキャリアや生き方にフォーカスした記事執筆を得意とする
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