「若い頃と同じ感覚で行動したら恥をかいた」「良かれと思ってやったことで周囲から浮いてしまった」——年齢を重ねると、ちょっとした配慮の欠如や世間体への無知から、思わぬ失敗をしてしまうことがあります。

72歳を迎えた作家の林真理子さんは、過去の苦い失敗や散財の経験を経て、70代からは見栄を捨て、周囲から痛いと思われない「品格ある身の処し方」を意識しているといいます。


本記事では、林真理子さんの著書『80代になるとたいていボケるか死ぬ。70代は神様から与えられた特別な時間』(幻冬舎)より一部抜粋し、歳を重ねても痛い人にならず、世間に邪慳(じゃけん)扱いされないための品格を保つヒントを紹介します。

■ファストファッションをよそゆきに着てはいけない
先日ある集まりに行った時、来ている人の何人かがボーダーのカットソーを着ていることに驚いた。あのファストファッション・ブランドのものだ。

もちろん私も、よくそのブランドのものを買って着ているが、それは家の中でのことに限られている。ファストファッションは、プロポーションがよく肌がピチピチの若い人なら上手に着こなせるが、年配者となるとそうはいかない。

先日、表参道のZARAで可愛いスカートを買い得意になって着ていたら、地下鉄のはす向かいの席に、同じものを着ていた若い女性がいてとても恥ずかしかったことがある。向こうもとてもイヤだったろうが。

さて年配者はきちんとした場所に行くことがまだある。ホテルとかちょっとした外食に、くたびれたボーダーだとちょっと悲しい。それなりの応対しか受けられない。

若い時なら邪慳(じゃけん)に扱われても仕方ないと諦められるが、年をとってからの邪慳は本当に心に突き刺さる。
過去、服装に手を抜いたばかりに、とてもイヤな思いをしたことがある。

それ以来、流行遅れのものでも、いい素材のきちんとした格好を心がけている。ファストファッションで外出するのは、せいぜい近くのスーパーまでと決めておかないと、ずるずるビンボーったらしい年寄りになってしまう。

■ノースリーブを着てはいけない
がりがり黒おばさんが、なぜか大好きなのがノースリーブ。確かにアカぬけて見えるが、シニアの二の腕は艶がなくカサカサしている。ジムで引き締めていたとしても、それはそれで貧相。

ある時、熟女好きのある男性が、

「カラオケでタンバリン叩いてくれる時、ノースリーブの二の腕がちょっとたるんでて、それがぶるぶるするのがたまらなくセクシー」

と打ち明けてくれたことがある。しかし彼女たちは40代、せいぜい50代。70代がぶるぶるさせるのは無理がある。

ただしイブニングは別かも。タルタル腕も、カサカサ腕も、貫禄というお褒めの言葉によってすべて消え去るから不思議だ。

■高齢になって急に着物を着てはいけない
着物は魔物だ。
ある日突然とり憑いて人に現実を失わせる。そのためにかなりのお金を遣ってきた。

「これ以上の織りはもう出来ません」

とか、

「もうじき人間国宝になる人の作品です」

と言われ、ぱぁーっと目の前で拡げられると呼吸が荒くなり、どうしてもこれを手に入れたくなってくる。そして、

「どうにかなる」

と自分に言いきかせるのだ。

事実どうにかなり、すごい数字の金額を呉服屋さんに払ってきた。あれを貯金するか不動産にまわしていたら、どんなにラクな老後が待っていたかと思うが、充分楽しい思いをしたからもうそれでよしとしよう。

あんなお金の遣い方をしたのは若いからこそ。そして若かった頃本当にいろいろ恥をかいた。昔は着物の格やTPOが今よりずっとうるさかったからだ。

今の70代は、親が日常的に着物を着ていた最後の世代かもしれない。ですからそうおかしなことはしないはずだが、それでもあれっと思うことがある。歌舞伎を見に行く時、着物で行きたい気持ちはわかるが、あそこはかなり注意しなくてはならない。


言ってみれば着物の甲子園。強豪シード校は梨園の奥様たち。その他にも素敵な付け下げや訪問着をさらっと着ている人が目立つ。そうした中で年配の人が、季節はずれのものや、質の落ちるものを着ているのはちょっとみじめに見える。

着物の要(かなめ)は小物で、帯締めや帯揚げの選択に着物好きは頭を悩ますものだが、着慣れない人は娘時代の派手なものを身につけ、これはイタい。

目の肥えた人がいるところに、着物を着ていくのはやめた方が無難。私もこの頃は無理をせずに、スーツかワンピースにしている。

着物を着始めた30代、無知な私にいろんな人がいろんなことを教えてくれた。しかし70歳にアドバイスしてくれる人はまずいないだろう。

年とったら着物を着ようかしら。母親の残してくれたものがあるし……という友人には、

「着物にも流行あるよ。60、70から着物に手を出すのはやめた方がいいよ」

と私はハッキリ言う。

この書籍の執筆者:林真理子 プロフィール
1954年、山梨県生まれ。82年エッセイ集『ルンルンを買っておうちに帰ろう』が大ベストセラーになる。86年『最終便に間に合えば』『京都まで』で直木賞、95年『白蓮れんれん』で柴田錬三郎賞、98年『みんなの秘密』で吉川英治文学賞、2013年『アスクレピオスの愛人』で島清恋愛文学賞、20年、菊池寛賞、22年、野間出版文化賞を受賞。18年、紫綬褒章を受章。22年、日本大学の理事長となる。
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