「日本一競泳水着が似合うコスプレイヤー」とも呼ばれ、ハイレグを武器にグラビアで存在感を放つ真中つぐ。2014年からコスプレイヤーとして活動してきた彼女だが、幼少期は漫画やアニメを自由に見られず、家族とともにバスケットボールへ打ち込んでいた。
親に隠れて始めたコスプレ、アパレル企業と建築業界での会社員生活など、現在につながる歩みに迫った。(前後編の前編)

【写真】人気コスプレイヤー・真中つぐの撮り下ろしカット【7点】

――どんな子ども時代、学生時代を過ごしたのか教えてください。

真中 私の家は、漫画やアニメをまったく見せてくれない家庭で。親戚のおじさんがこっそり『カードキャプターさくら』や『ハリー・ポッター』の本を買ってくれていたくらいで、そういう文化に触れる機会が全然ありませんでした。

――ご両親が厳しかったんですか?

真中 そういったものを受け入れてくれない、というタイプでした。もちろん厳しいのもありましたね。うちはスポーツ一家みたいな感じだったんです。

――何のスポーツをしていたんですか?

真中 バスケです。11年くらいやっていました。3姉妹なんですけど、妹2人も母親もバスケ。試合に行ったら、帰りは泣きながら詰められて。家にホワイトボードがあって、ビデオを再生しながら作戦を叩き込まれる。
試合後はとにかく詰められていましたね。

――お母さまが特に熱心だったんですね。

真中 父親はもともとサッカーだったんですけど、家族全員でバスケを応援する感じでしたね。母がバスケをやっていたから厳しかったのもあるし、のめり込む家庭だったんだと思います。

――身長はバスケットボールで有利に働きましたか?

真中 いえ、もともとは小さかったんです。小学生のときはガードで、中学生でフォワード、高校生でセンターみたいに、身長とともにポジションも変わっていきました。高校生くらいのときにやっと今の身長になった感じです。

――選手としての実績はいかがでしたか?

真中 地域の選抜のキャプテンとかはやっていました。まあまあ、です(笑)。超強豪校とかではなかったですけど、かなり力は入れていましたね。

――まさにバスケ漬けの学生時代ですね。

真中 バスケしかしてなかったです。
勉強もしてない(笑)。高校も体育学科みたいなところに行ってたので、もう体育しかやってなかったですね。

――そんな環境から、どのようにオタク文化に目覚めたのでしょうか。

真中 高校で部活を引退してからです。自分で管理できるお金を持てるようになったので、初めて漫画や同人誌を買いに行きました。

――同人誌はどのようなきっかけで知ったんですか?

真中 もともと『少年ジャンプ』が大好きだったこともあり、池袋の乙女ロードにたどり着いたんです。それがきっかけですね。ちなみに、コスプレを始めたきっかけもジャンプで、ジャンプフェスタに参加したときに、初めてコスプレイヤーさんを目にして始めようと思ったんです。初コスプレは部活を引退してすぐだったので、18歳か19歳でしたね。

――その頃には、ご両親も活動を認めてくれたのでしょうか。

真中 そんなことないですよ!完全に隠していました。両親がいない間にキャリーバッグを駅のロッカーに詰めに行って、当日は普通のカバンで家を出て、駅でキャリーバッグを回収してイベントに行く、みたいな。
バレたらやばいなっていう感じでした。

――かなり徹底して隠していたんですね。どんなイベントに参加していたんですか?

真中 本当に田舎だったので、市民会館や地域の体育館でやっている、ちっちゃいコスプレイベントに参加していました。

――最初は何のコスプレをしたんですか?

真中 最初は『銀魂』の桂や銀さんなどの男装をやっていました。好きなジャンプ作品のキャラをそのままやりたいと思って。

――そこからコスプレにのめり込んでいったんですね。

真中 そうですね。もうコスプレのことしか考えてなかったです。

――コスプレにのめり込む一方で、高校卒業後はアパレル業界に進まれています。なぜこの業界を選んだんでしょうか。

真中 お洋服も好きでしたし、その企業の教育がめっちゃしっかりしてるって有名だったんです。「そこに就職すればその後の仕事に困んないよ」みたいな情報を得たんで、とりあえず入っとこうと。


――実際に入社してみて、いかがでしたか?

真中 めっちゃブラックな会社でした(笑)。

――具体的には、どのような会社だったのでしょうか。

真中 研修合宿があったんですが、自己啓発セミナーみたいな感じなんです。社長がギターを持って歌って、みんなで合唱したり、シュプレヒコールや挨拶運動を延々とさせられたり。毎月研修があるたびに、どんどん人が辞めていって、椅子が少なくなっていくんです。

――そんな会社にどのくらい勤めたんですか?

真中 5年くらい勤めました。ブランドリーダーにもなりましたね。結構そういうところにどっぷり浸かれるタイプで、内側の人間になれちゃうんですよ(笑)。当時は休みなく働いてましたし、残業も月60時間を超えるとタイムカードを切って働く感じでした。

――その後は、どのような仕事に就いたのでしょうか。

真中 建築業界でOLをしていました。日雇い労働の方を面接して現場に派遣する会社です。


――まったく異なる業界ですね。

真中 作業着を着て現場にも行ってましたよ。新しい人が入ったら一緒に現場に行って、作業員さんのケアで飲み物を持って挨拶に行ったり。あるときは朝6時に従業員から「今日行けません」って電話がかかってきて、監督に「いいからお前が来いよ!」って指示されて現場直行のときもありました。

――アパレル企業での経験は生かせましたか?

真中 ブラック企業は経験済みだったので、詰められたりしても全然大丈夫でした。ただ、電話で謝っても3分間無言を決め込む、みたいな嫌な監督もいたのはつらかったですね。

――ところで、会社員時代もコスプレ活動は続けていたんですか?

真中 ずっとやっていました。2014年から「真中つぐ」として活動を始めていたので。建築の会社にいた頃は、ファンの方も結構いましたね。

――会社に活動が知られそうになったこともあるのでは?

真中 作業員さんに1人、コミケに行ってる方がいて、たまたまバレて。「写真見たよ」みたいにいじられましたけど、その人が内緒にしてくれていたので広まったりはしなかったです。いい人でした(笑)。


――平日の会社員生活と週末の活動を、どのように両立していたのでしょうか。

真中 月曜から金曜までOLをして、土日でイベントや撮影、という生活でした。その頃からもう休みはなかったです。会社にはもちろん隠してましたよ。バレないように。

▼真中つぐ(まなか・つぐ)
12月27日生まれ、神奈川県出身。T167、B80・ W59・ H92。コスプレイヤー、グラビアアイドル。2014年から「真中つぐ」として活動し、19年にアダルトグッズ専門店「大人のデパートエムズ」へ入社、広報を務めた。今年6月20日に1st写真集『ハイレグ天国』(新欠片)を発売。趣味はプロレス観戦、陶芸、盆栽。特技はお菓子作り。

【後編】元企業広報コスプレイヤー・真中つぐ「需要があるなら続けたい」たどり着いたハイレグという武器
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