レビュー

金融市場でタダ飯は食えない――本書の土台にあるのは、たったこれだけの身も蓋もない前提だ。確実に儲かる機会があれば誰かが即座に飛びつき、瞬く間に消えてしまう。

この「無裁定条件」というひとつの原理から、株式や債券の値付け、先物、オプション、そして資産配分の理論までもが芋づる式に導かれていく。物理学が「光速度不変」から時空の謎を解き明かしたように、である。
著者は素粒子物理学の研究からメガバンク、ニューヨークのヘッジファンドへと渡り歩いた生粋のクオンツだ。だから本書は、数式の羅列でも外野からの解説でもない。日経平均プットオプションを丸一日かけて少しずつ買った話。「月末は債券価格が上がりやすい」という市場のクセを投資戦略に仕立てた話。現場の手触りが、数式と地続きになっている。
とかく金融数学は「難解な数式の世界」と敬遠されがちだ。デリバティブは35歳を過ぎて初めて接すると理解できない、という俗説すら業界にはあるらしい。だが本書の説明は、徹底して直感を優先する。あらゆる金融商品は「割引債」という原子に分解できる。オプションは「馬券の集合体」である。
こうした比喩の切れ味は、本質を掴んだ書き手にしか出せない。
投資の入門書は世に溢れているが、その多くは「何を買うか」を語るものだ。本書が教えてくれるのは「その価格は、なぜその値なのか」という一段深い問いである。相場観や経験則ではなく、数学的な根拠をもって市場と向き合いたい人にこそ、手にとってほしい一冊だ。

本書の要点

・金融数学は「裁定機会は存在しない」という無裁定条件の上に立つ。確実な儲け話に投資家が殺到し、価格の歪みは瞬く間に修正されるからだ。
・DCF法は、金融商品を将来のキャッシュフローに置き換え、時間価値で割り引いて公正価値を求める。金融商品は「割引債の集合体」に分解できるのだ。
・CAPMの結論は、リスク性資産を市場ポートフォリオと同じ構成比で持ち、無リスク資産の混ぜ方でリスクを調整せよというものだ。
・効率的市場仮説によれば、入手できる情報はすでに価格に織り込まれており、市場平均に勝ち続けるのは極めて難しい。



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