【その日その瞬間】


 馬場典子(フリーアナウンサー/52歳)


 日本テレビ時代に「お嫁さんにしたい女子アナ№1」に輝いた馬場典子さんは2014年にフリーに転身し、情報番組やバラエティー番組などで活躍している。人生の転機となった出来事は、日テレ時代に先輩の福澤朗が主宰する劇団の舞台に立ったこと。

アナウンサーとして成長するきっかけにもなったという。


  ◇  ◇  ◇


 みなさんも日本テレビを退社してフリーで活躍している福澤朗さんをご存じかと思います。福澤さんは演劇集団「円」の研究生だったこともあり、「アナウンサーも表現者」と考えている方です。日テレ開局50周年の記念事業のために2004年に福澤一座を結成し、04年と05年に舞台公演をやりました。旗揚げ公演の04年は「進め!ニホンゴ警備隊」、05年は「DrTV 汐留テレビ緊急救命室」です。


 福澤さんとは、たまたま同じ日に同じ舞台を見に行った帰り、役者のみなさんとの2次会で一緒になりました。その頃、他局はアナウンサーが朗読劇とかやっているけど、日テレはやっていないので「記念事業の企画があるのでアナウンス部で何かやりませんか」と話をしました。そして演劇集団キャラメルボックスにも協力してもらい、舞台「進め!ニホンゴ警備隊」をやることになったんです。


 もっとも、私は日テレアナの魅力を知ってほしいと思っていたので、衣装や大道具でサポートするつもりでいました。ところが、福澤さんは「あなたも出なきゃダメだ」と言ってくださって、初めて舞台に立つことに。新宿シアターアプルという劇場でした。


■足の裏から頭のてっぺんに向かって温かい何かに満たされた


 その初舞台の初日で忘れられない瞬間がありました。

舞台袖で出番を待つ間は不安で仕方がなかったのに、いざステージに出て行った瞬間、足の裏から頭のてっぺんに向かって温かい何かで満たされていく感覚がしました。細胞のすべてにエネルギーがチャージされるような。エネルギーをくれたのは多分、お客さまだと思うのですが、不思議と心が落ち着き、「うまく演じられたかはわからないけど、大丈夫」と力が湧いてきたことに驚きました。


 私は、昨年亡くなった同期の菅谷大介さんと夫婦の役で、言葉を失った子供が言葉を取り戻したことを電話で報告するシーンがありました。この時に、照明が暗くて近くの観客の顔がうっすら見える程度だったのですが、鼻をすすっている音が聞こえてきました。涙をぬぐう様子まで感じられて、「ちゃんと伝わっているんだ」と安心することができました。


 アナウンサーは人前に出ることに慣れていると思われがちですが、実際にはカメラのレンズに向かって目の前にいない視聴者に届けていることが多い。そんな私にとって舞台に立ったのは貴重な経験でした。リアルに目の前に人がいると、より緊張もするけど、気持ちやエネルギーの交流が何よりも力を与えてくれることを体感しました。


 あの時は入社7年目の1月だったのですが、もともと私はアナウンスはまったく未経験のまま入社したので、ひどい状態だった。入社後はずっと研修していたいと思っていたくらいです。とくにナレーションには苦手意識がありました。

ところが、舞台の後にナレーションをした時、それまでと同じようにやったつもりなのですが、ディレクターから「うまくなったな」と言われたんです。そのディレクターは舞台も見てくれていて、「あれを経験したからだろうね」「情感が出てるね」と褒めてくれました。



■アナウンサーに大事なものは何かを気づかせてくれた

 そこで初めてそれまでとの違いを自覚したというか。舞台に立ったことで表現の幅が広がり、普通に読んだだけなのに、うまくなっていたということだと思います。そして気がついたのは、ずっと感情を抑えて読むように教わってきましたが、感情がないこととイコールじゃないことでした。フラットに伝えるにしても、しっかり伝えたいという熱意や、届けようという思いの強さが大事ということも舞台で教えてもらった気がします。


 14年に「ZIP!」を最後にフリーになり、大阪芸術大学に声をかけていただき、アナウンス音声表現コースで教えています。学生にはアナウンス技術は大事だけど、技術は鍛えれば誰でもうまくなるけど、それよりも大事なのは本気で伝えようとする思いだと話しています。アナウンサーとして気がついたこと、舞台で経験したことをひっくるめて考えると、自分の“思い”や“肚”の部分でどれだけ本気かということが伝えるだけにとどまらない、“伝わる”コミュニケーションには欠かせないと感じています。


■悔やんでも悔やみきれない、つかこうへいさんからのオファー


 後悔することもありますね。日テレ時代の08年、交流させていただき、福澤一座も見に来てくださった、つかこうへいさんから、舞台「幕末純情伝 龍馬を斬った女」に出てくれないかとお声をかけていただいたことがあります。すごくありがたい話なのですが、立場的にも物理的にも無理だと思って、上司にも相談すらしないでお断りしました。

福澤一座では拙いお芝居で周りに迷惑をかけたんじゃないかという気持ちもありましたし。


 しかも、その作品を見たら、私にオファーがあった役が見当たらなくて。その後、病に倒れたつかさんから病のことは伏せて、今後、電話もメールもやめる旨のメールが届き、それっきり。まさかそんなことになるとは思ってもいなかったこともあるけど、あまりにも申し訳なさ過ぎるし、情けないです。後悔しても後悔しきれません。


 本気で舞台と向き合って、人生を捧げ、たくさんの人を育てたような方が私に声をかけてくださったわけで、私にはその思いの深さがわかっていなかった。せめて本気で上司に掛け合うことぐらいはできたはず。遠慮は何かを差し出してくれた相手の厚意を受け取らないことにもなり得る。そこが配慮とは似て非なるものと痛感しました。だって、つかさんの舞台には、やっぱり出たかったのですから。


 簡単ではありませんが、たとえ自信がなくても自分の気持ちには正直に向き合い、少しでも後悔のないようにベストを尽くすことの大切さを学びました。


(聞き手=峯田淳)


▽馬場典子(ばば・のりこ) 1974年、東京都生まれ。

97年、日本テレビ入社、2014年に退社し、フリーに。アミューズに所属。大阪芸術大学放送学科教授。「歌謡プレミアム」(BS日テレ)、「プレバト‼」(TBS系)などに出演中。


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