ヨネスケ(落語家 桂米助)78歳

 2年前、20歳下の女性と再婚した落語家のヨネスケ(桂米助)さん。66歳で熟年離婚した直後は「二度と結婚しない」と決意し10年間独身だったが、独り身の深い孤独やコロナ禍での仕事の激減などでうつになってしまった。

そんなときに出会ったのが介護関係の仕事をしていた女性。ヨネスケさんの「最後の恋」の成就の仕方はシニア世代も大いに参考になるだろう。


  ◇  ◇  ◇


 出会いはヨネスケさんの行きつけの店。新宿2丁目にあるニューハーフの店「白い部屋」に友人が連れてきた人は、秋田県出身の明るく気さくな人柄の女性。「いい子だな」とヨネスケさんは最初から惹かれたという。


「離婚してから最初のうちは気楽な独身生活を満喫していましたが、やっぱり独り身は寂しい。しかもワクチンを5回も打ったのに、それでもコロナになってショックだった。落語の仕事も激減した。『白い部屋』のママから『目が死んでいるよ』と指摘されて、心療内科で診察してもらったら軽いうつ病と診断されて……。そんなどん底のときに、かみさん(再婚相手)と出会ったんですよ」


 ついネガティブな発言が多くなってしまう自分に、「しっかりして!」と親身になって叱咤激励してくれる彼女にさらに惹かれていったという。観察眼のシビアな「白い部屋」のママも「あんないい子はいないよ」と交際を後押ししてくれた。


■相手の母親の心を掴むことがいちばんの近道


 交際を申し込むための最初のアプローチは、彼女と85歳の母親との3人での食事だった。


「相手に気に入ってもらうには、相手の母親の心を掴むことがいちばんの近道。おかげさまで『突撃!隣の晩ごはん』のリポーターで培った経験も生きて、お母さんに気に入ってもらえました。盛り上げ過ぎたせいでしょうか、最初はお母さんに『私が誘われたの?』と思われたようで(笑)」


 交際がスタート。20歳の年の差は全く気にならなかったという。


「彼女も50歳を越えていて、バツイチ同士。彼女は子供がいませんが、僕には子供や孫がいることもすんなりと受け入れてくれましたね」


 互いに酸いも甘いも知っている大人同士の交際。ヨネスケさんはそれまで住んでいた新宿のマンションを引き払い、彼女がお母さんと住んでいる横浜に引っ越した。高層の建物がなく、近くに竹林があって小川が流れている。夏は蛍が飛ぶほど自然が豊か。人情あふれる近所付き合いが始まり、「近くの農家から野菜やスイカをもらったりする」という。



「事実婚で十分かな」から大きく変わる出来事が

 これまでの都会生活から、都会に程近くかつ自然が豊かで近所付き合いも良好な環境と、生活がガラリと変わった。


 当初、彼女との関係は「事実婚で十分かな」と思っていたヨネスケさんだが、考えが大きく変わる出来事が起こる。


「知り合いの弁護士さんから『病気になったときも面会できないことがあったり、いざというときに、法的な配偶者のみしかできない手続きがある』と聞いたんです。公証役場に一緒に出掛けたときも、役場の人が彼女に『身内でない方は同席できない』と離席を促してきたり。僕は彼女より年齢的に上だから、彼女より早くこの世からいなくなる。臨終のときにそばにいて欲しいじゃないですか。最後の恋なんだから。だからプロポーズしました」


 さらに、妻は彼女しかありえなかったのだ。唯一無二の存在となった大きな理由があった。


「彼女は昔かかった病気のせいで、左耳が聞こえないんです。ふと僕のきょうだいのいちばん上の姉と重ねてしまった。姉は小児まひで障害があったのに、子供の頃に守ってあげられなかった。姉のこともあって、彼女を支えてあげたいという気持ちが生じたんです」


 彼女に出会い、「守ってあげたい」という長年の思いが湧き出てきたという。一緒に並んで歩くときは必ず左側にいるという。


「昔に比べて重い荷物を持つのが億劫になった私の代わりに、彼女がかばん持ちをしてくれたり、スケジュール管理をしたりと、マネジャーをやってもらっています」


 逆に仕事場でも一緒のため、「いつでも彼女を守れる」という思いもあるようだ。


「でも、喧嘩はしょっちゅうです。ささいなことが原因ですが、喧嘩しても翌朝まで持ち込まず、朝起きたら『おはよう』と挨拶する。また、出かけるときは必ずハグします。スキンシップは大事ですね。たまに彼女が友達に会いに出かけて留守のときは、寂しくって仕方がないんですよ」


 人生の後半に「恋女房」と出会えたヨネスケさん。日々の生活の中で「最高に幸せ」と穏やかな幸福を感じているという。


 コロナ禍のときにYouTube「突撃!ヨネスケちゃんねる【落語と晩ごはん】」をスタート。いつでも挑戦の気持ちを忘れていない。


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