北極圏に浮かぶノルウェー領スヴァールバル諸島で、汽笛を鳴らして眠っていたホッキョクグマを起こした船の乗船者に罰金を科せられた。
クマに危害を加えたり近づいたりしたわけでもなく、眠りを邪魔しただけだったが、その代償は5万ノルウェークローネ(約85万円)とかなり高くついた。
実はスヴァールバルでは、ホッキョクグマを「不必要に妨害すること」そのものが法律で禁止されている。
厳しい北極圏を生きる彼らにとって、食事や子育てはもちろん、何もせずゆっくり休む時間も守られるべき存在なのだ。
眠っていたホッキョクグマを汽笛で起こした代償
事件が起きたのは2026年8月初旬、場所はスヴァールバル諸島のヒンローペン海峡に位置するロムフィヨルドである。
ロムフィヨルドは、スピッツベルゲン島北東部に深く入り込んでいる全長約35kmのフィヨルドで、両側を険しい山々に囲まれた北極圏らしい景観が広がっている。
スヴァールバル諸島総督府は、当時の状況について次のように説明している。
8月、1隻の船がスヴァールバル諸島のヒンローペン海峡にあるロムフィヨルドにいました。そこで陸上で眠っているホッキョクグマを発見しました。
船に乗っていた1人が汽笛を鳴らしたため、クマは目を覚まし、別の場所へ移動しました
だが、これは「スヴァールバル環境保護法」に抵触する行為だった。
そのため、この行為を目撃した他の乗船者が、スヴァールバル諸島総督府へ通報。
総督府では調査の結果、ホッキョクグマに対する意図的な妨害だったと判断し、汽笛を鳴らした人物に5万ノルウェークローネ(約85万円)の罰金を科した。
ロムフィヨルドは観光客が探検クルーズで訪れる場所ではあるが、この船の船名や船種などは明らかにされていない。
汽笛を鳴らした人物が乗員なのか観光客なのかも不明だが、本人はこの処分を受け入れ、すでに全額を支払っているそうだ。
スヴァールバル独自の厳しい環境保護法
今回適用された「スヴァールバル環境保護法」は、スヴァールバルの自然環境を守るために制定された法律である。
2002年に施行されて以来、この北極圏の島々における動植物や自然環境の保護を支える重要な法律として守られてきた。
その第30a条第1項では、ホッキョクグマを不必要に妨害すること、おびき寄せること、追跡することを禁止している。
今回問題になったのは、汽笛を鳴らしたこと自体ではない。それによって眠っていたホッキョクグマを意図的に起こし、「不必要に妨害した」と判断されたからだ。
なお、同法には4月1日から8月31日までの間、海鳥の繁殖地から1海里以内で船の汽笛を鳴らしたり発砲したり、騒音を出したりすることを禁止する規定もある。
しかし総督府が今回の処分理由として挙げたのは、この騒音規制の方ではなく、ホッキョクグマに対する妨害行為だったそうだ。
スヴァールバルでは以前から、ホッキョクグマを「不必要に妨害」する行為は禁止されていたのだが、2025年1月1日からこの規制がさらに強化された。
原則として、ホッキョクグマから300m以上離れることが求められており、特に3月1日から6月30日までは、500m以上の距離を取らなければならない。
ノルウェー政府は規制強化にあたり、「ホッキョクグマが人間に邪魔されずに餌を探し、狩りをし、休息し、子供を育てられること」が重要だと説明している。
この規制には、双方にとって不幸な結果になりかねない危険な遭遇を回避するのはもちろん、ホッキョクグマが人間に慣れてしまうのを防ぐ意味もあるという。
過去にもあった「ホッキョクグマを邪魔して罰金刑」
スヴァールバル諸島において、こうした行為で罰金を科されたのは今回が初めてではない。
2024年6月23日、北部のモッセル湾でフランスの船会社に所属するガイド2人がゴムボートに客を乗せ、クジラの死骸を食べていた母グマと子グマに接近した。
母子はその場を離れてしまい、総督府はホッキョクグマを妨害したとして、ガイド2人にそれぞれ2万ノルウェークローネ(約34万円)の罰金を科した。
その背景には、「野生のホッキョクグマをもっと近くで見たい」という観光客の要望があったのかもしれない。
人間が余計な負担を与えないように
日本でも、自然公園法で国立公園や国定公園の特別地域などでは、野生の鳥類や哺乳類への餌やりや著しい接近などが規制対象となっている。
中でもヒグマとのトラブルが問題となっている北海道の知床国立公園[https://hokkaido.env.go.jp/kushiro/press_00082.html]では、30m未満まで近づくことを「著しい接近」、50m未満の距離で追い続けることを「つきまとい」とする具体的な基準が設けられている。
職員から中止を指示されても従わなかった場合には、自然公園法違反として30万円以下の罰金が科せられることがあるそうだ。
野性動物を目の前にすれば、もっと近くで見たい、動いている姿を見たいという気持ちが生まれることもあるだろう。
だが、人間の好奇心のために野生動物の行動を変えさせてしまったのなら、その負担を動物の側が一方的に引き受けたことになる。
現在、スヴァールバル諸島には約300頭の「定住組」のほか、海氷の移動に合わせて一時的にやってくるホッキョクグマも多数いるそうだ。
だが、このエリアでは世界平均の5~7倍の速さで気温が上昇[https://www.regjeringen.no/en/documents/meld.-st.-26-20232024/id3041130/]しており、気候変動による温暖化に伴う海氷の減少が続いているという。
海氷を移動や狩りの場として利用するホッキョクグマにとって、その長期的な減少は大きな脅威のひとつとなっている。
彼らの生息環境が大きく変わりつつある今、せめて人間が余計な負担を増やさないようにする。それがスヴァールバル諸島における環境保護のあり方なのだ。
References: A Boat Operator Was Fined for Waking a Sleeping Polar Bear With a Foghorn[https://www.vice.com/en/article/a-boat-operator-was-fined-for-waking-a-sleeping-polar-bear-with-a-foghorn/] / Fined for disturbing a polar bear | Governor of Svalbard[https://www.sysselmesteren.no/en/news/2026/08/fined-for-disturbing-a-polar-bear/]











