※本稿は、左巻健男『サイエンス日本史』(集英社新書)の一部を再編集したものです。
■かつて人の排泄物にも格差があった
戦国時代以降に各地で城下町が発展し、江戸時代に入ると、武士に加え、町人階層も職業別に住むなどしたので、主に城下町が商業と交通の中心となった。周辺農村は、そのための農産物を供給するが、城下町で集中的に発生するうんちは農村へ肥料として供給されて田畑に返されるというサイクルができていった(図表1)。
とくに数十万の人口を擁する江戸や京・大坂(のち大阪)の町は、最大の下肥生産地だった。
戦国時代にイエズス会の宣教師として各地を伝道して歩いたルイス・フロイスは、その書簡の中で「我々は屎尿を運び去る人に金を払う。日本では、それを買い、その代償に米と金とを払う」と書き記している。日本には下肥を民家などから買い取り、農家に販売するしくみがあったのだ。下肥の品質には等級の違いがあった。
「いつもご馳走を食べ、魚を食べている人のうんちは作物によく効く、これに反して粗食の人のものは効果が少ないものであるから、繁盛している土地の下肥を肥料としている村は、穀物、野菜がよくできる」と考えられたのだ。江戸では、下肥の品質は上中下の3段階に分かれ流通した。
■江戸のトイレは金儲けの場所だった
上級品は大名旗本や大店のもの、中級品は一般の武家、町屋、下級品は貧民の多い長屋のものであったという。このように、人の屎尿は農家に売られていたので、人の屎尿で町が汚されにくかった分、清潔だったのである。
江戸では、大人の借家人20人が生活している長屋で、共同の外トイレの屎尿が年に一両から一両二分で売れた。一人前の大工の1カ月の収入が二両程度の時代なので結構大きい。個人の家の場合は、野菜など現物との交換が多かったようだ。
しかし、農民が拝むように買っていた屎尿は、化学肥料の出現であっという間に価値を失った。くみ取り式トイレでくみ取られた屎尿は、トイレの持ち主がお金を貰えるどころかお金を払わなくてはいけなくなったのだ。
明治時代には洋式便器が伝来したが、都市部でも、構造的にはくみ取り便所で、しゃがみ込んで使う和風便器が主だった。
しかし第二次世界大戦後、腰掛けて使う洋式便器が日本各地に広まり、1977(昭和52)年にはついに洋式便器の販売が和式便器の販売数を超えることになった。
■団地が「くみ取り→水洗トイレ」に変えた
現在、日本人のほとんどは水洗トイレを使っているが、水洗トイレは、下水管と汚水処理場を持つ下水道か、屎尿浄化槽(合併浄化槽)が必要だ。便器に落とされた排泄物はそのつど下水に流され、下水を通って汚水処理場に集められ、一括して浄化処理されるか、あるいは、浄化槽に導いて浄化したのち、下水、川、池などに流される。
水洗トイレの普及に大きな影響があったのは、日本住宅公団の団地だった。住宅公団が設立された1955(昭和30)年頃は住宅不足が深刻で、その対策として都市部を中心に積層の集合住宅がつくられていった。積層でくみ取りトイレはつくれないため、水洗トイレが導入された。
水洗トイレが出始めた頃は、1回に20リットルもの水が必要だったが、1970年代に入り、1回16リットルですむようになった。現在では1回につき4~5リットル、最先端のものでは3.8リットルですむようになっている。
■実は日本生まれではない「ウォシュレット」
海外から日本に旅行に来て、1番感激したことは何かという問いの答えで多いのがトイレのことだ。空港、ホテルは当然のこととして、デパートなどの商業施設、さらには町中のスーパーマーケットにまで温水洗浄便座が備えられている清潔なトイレに、外国からの旅行者は大きな驚きを覚えるとのことだ。
そして、現在、温水洗浄便座は一般家庭にも広く普及している。
温水洗浄便座は日本の発明ではなく、医療用としてアメリカで開発されたものだ。日本ではTOTOが1964(昭和39)年に、アメリカンビデ社の「ウォッシュエアシート」を輸入し、販売したのが始まりである。
国産初の温水洗浄便座は、伊奈製陶(のちのINAX、現在のリクシル)が1967(昭和42)年に発売した。TOTOも同じ年にアメリカンビデ社より特許を取得し、「ウォッシュエアシート」の国産化に踏み切った。
一般向けの商品を目指したものの、温水の温度や発射される温水の方向が不安定だったことから、評判はよくなかった。そこから、独自に「温水洗浄便座」の開発をスタートした。
■商品名の由来は「レッツウォッシュ」
温水洗浄便座の代名詞、ウォシュレットの発売は1980(昭和55)年なので、一般に普及し始めるまでに10年以上の年月がかかったのである。最適な水温、水の当たる位置や角度を探り、多くの試行錯誤を経て、ウォシュレットを完成させた。
ウォシュレットという商品名は、「レッツウォッシュ(洗いましょう)」という英語をひっくり返したものだ。
その後、ウォシュレットを世に知らしめたのが、発売から2年後の「おしりだって、洗ってほしい。」のテレビCMだった。これで、ウォシュレットはその認知度を飛躍的に高め、普及率が急激に上昇していった。
日本の一般家庭において、温水洗浄便座は、新築やリフォームの際の常識となっていき、2016(平成28)年には普及率80パーセントを超えるようになった。商業施設やホテル、駅などのパブリックスペースや旅客機、鉄道などの乗り物にまで設置されている。
温水洗浄機能とともに普及した温便座や、TOTOの「音姫」に代表される擬音装置、人感センサーで自動開閉するふた、自動洗浄機能など、いずれも日本で開発された機能だ。
■「健康管理」の場と進化しているトイレ
このように日本人はサイエンスとテクノロジーの力でもって、ウォシュレットの吐水技術だけでなく、脱臭機能、洗浄機能を向上させるなど、トイレを「きれいな空間」「快適な空間」へとつくりあげていった。
便器の機能は、微細泡沫による洗浄力のアップと節水の両立、除菌機能、汚れのつきにくい形状や素材の開発など多岐にわたっている。さらに、スマートフォンと連動し、健康チェックなど個人データを管理するものも現れている。
温水洗浄便座は、もともとはアメリカからやってきたものなのに、わが国で独自の発展を遂げたのだ。
日本で育った温水洗浄便座は、現在、TOTO以外に数社から発売され、さらなる技術開発でしのぎを削っている。
桟橋式トイレからウォシュレットまで、利便性や衛生面においてトイレの進化が果たした役割はとてつもなく大きい。日本のトイレは、これからも世界のフロントランナーであり続けるだろう。
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左巻 健男(さまき・たけお)
東京大学非常勤講師
東京大学教育学部附属中・高等学校、京都工芸繊維大学、同志社女子大学、法政大学生命科学部環境応用化学科教授、同教職課程センター教授などを経て現職。東京学芸大学大学院教育学研究科理科教育専攻物理化学講座を修了。『RikaTan(理科の探検)』誌編集長、中学校理科教科書(新しい科学)編集委員。法政大学を定年後、精力的に執筆活動や講演会の講師を務める。『面白くて眠れなくなる物理』『面白くて眠れなくなる化学』『面白くて眠れなくなる地学』『怖くて眠れなくなる化学』(PHP研究所)、『身近にあふれる「科学」が3時間でわかる本』『身近にあふれる「微生物」が3時間でわかる本』(明日香出版社)、『絶対に面白い化学入門 世界史は化学でできている』(ダイヤモンド社)など著書多数。
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(東京大学非常勤講師 左巻 健男)

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