■北海道の鉄道「ほぼ廃止」の危機
2026年3月31日の運行をもってJR北海道の留萌本線・石狩沼田―深川間が廃止となった。石狩沼田発深川行の最終列車は、3両編成のディーゼル車に、300名の乗車定員を大きく上回るおよそ660名を乗せ、定刻よりも20分以上遅れて終点の深川駅に到着した。
「ありがとおぉぉぉぉぉ! 留萌本線!」
深川駅への到着直前には、最終列車に乗務していた車掌さんの感極まった声による最後の車内放送が流れ、明治時代の開業以来、最盛期にはニシンと石炭の輸送で活況を呈した留萌本線は115年の歴史に幕を下ろした。
これによりJR北海道が2016年に単独では維持困難な路線として発表した、いわゆる赤線区はすべて廃止となった。
輸送密度200人未満の「赤線区」5区間
・石勝線 新夕張―夕張間→2019年4月廃止
・札沼線 北海道医療大学―新十津川間→2020年5月廃止
・日高線 鵡川―様似間→2021年4月廃止
・根室線 富良野―新得間→2024年4月廃止
・留萌線 深川―留萌間→石狩沼田―留萌間2023年4月廃止、石狩沼田―深川間2026年4月廃止
■JR北海道が捻り出した「上下分離」案
赤線区の廃止が完了したことで、次は黄色線区(輸送密度200人以上2000人未満の線区)の今後について注目が集まっているが、黄色線区の存続が叶わなかった場合には、北海道の鉄道路線は、札幌近郊と新幹線以外の路線はすべて廃止になりかねない危機に瀕している。これは、首都圏在住者にも影響を与えかねない問題をはらんでいる。
留萌本線の廃止からおよそ2週間が経過した4月15日、JR北海道は沿線自治体などに対して、黄色線区の上下分離を正式に提案した。上下分離とは、線路や信号施設などの鉄道インフラにかかる部分を自治体などで保有し、鉄道会社は列車の運行のみに専念できるようにすることをいう。
現在のJR北海道は、自前で鉄道インフラ施設を保有し、閑散線区を含めてこれらの維持にかかる費用を負担していることが慢性的な赤字の原因となっている。
■夕張市の「攻めの廃線」は成功? 失敗?
この提案に対し、北海道の鈴木直道知事は4月17日に行われた定例記者会見の場で「上下分離ありきの議論は課題が多く、容易ではない」「経営自立に向けて、JRグループ全体での収入確保など、経営全体の問題の中で幅広く考えていかないといけない」と発言した。
現在2期目を務める鈴木直道知事は、2008年に東京都庁から夕張市に出向し、その後30歳の若さで市長に就任。一時は「自治体再建のヒーロー」ともてはやされ、2019年に「稼ぐ道政」を公約に掲げ北海道知事に初当選した。
しかし、夕張市長時代にはJR石勝線夕張支線の攻めの廃線を実施したばかりか、市が所有していた観光4施設を格安で中国系資本の企業に売却したが、その後、4施設の運営会社は倒産。観光を基幹産業とする夕張市の経済が崩壊している。
石勝線夕張支線の廃止についても、当初はバスのネットワークにより持続可能な交通体系を再構築するという話であったが、現在までにバスドライバー不足のため高速バスを含めて夕張市内から札幌方面を直接結ぶバスはすべて廃止されて、路線バスは新夕張駅から旧夕張駅方面を結ぶ路線が残るのみだ。
■廃線された距離は東京―名古屋間に迫る
近年、バスドライバー不足に加えて、トラックドライバー不足も深刻化し、鉄道貨物が見直されようとしている中、鉄道ネットワークの分断によって北海道の豊富な農水産物の首都圏方面への輸送が困難になるという問題も表面化しつつある。実際、北海道のタマネギやジャガイモの多くが鉄道貨物により首都圏方面に出荷されていることは広く知られている。
鉄道の上下分離は、広域自治体である都道府県による財政支出が重要な条件になるが、北海道庁は、鈴木知事の就任以降、鉄道維持のための積極的な支援をしようとはせず、北海道の鉄道ネットワークの破壊を続けている。
2019年以降、冒頭で紹介した「赤線区」が次々と廃止され、その総延長は東海道新幹線の東京―名古屋間(実キロ342.0km)に迫る311.5kmに達した。
こうした北海道の鉄道ネットワークの分断については、すでに貨物輸送に影響が出始めている。
■豪雨で農産物や乳製品の輸送力が激減
2024年8月31日に北海道を襲った豪雨で、札幌圏と帯広・釧路地方を結ぶJR石勝線が4日間にわたって寸断された際には、特急列車の代行バスが運行されなかったほか、貨物列車のトラック代行輸送もほとんど行うことができなかった。この時期、帯広貨物駅や釧路貨物駅からの発送貨物は首都圏方面への農産物や乳製品が多い。
この時、筆者はJR貨物広報室に取材を行っているが、1日5往復の貨物列車が設定されているなか、4日間でトラック代行輸送できたものは1往復分にも満たない量であったという。背景にはバスやトラックのドライバー不足がある。
こうしたことから、2024年に廃止された根室本線の富良野―新得間を廃止せず、特急列車や貨物列車が迂回できるルートとして整備しておけば、今回のような混乱は起こらなかったのではないかという声も聞かれる。
■輸送障害が起きた場合、北海道では…
近年、国内の鉄道貨物を取り巻く状況としては、「輸送障害時の迂回輸送対応力強化」という言葉がよく聞かれるようになった。
2011年の東日本大震災の発生時には、福島県内での燃料不足に対応するため、タンクローリー換算で995台分の石油が神奈川県の根岸駅から福島県の郡山駅に輸送された。この時、東北本線が被災していたことから、普段は貨物列車の走らない磐越西線を経由している。
※国土交通省 東北運輸局「よみがえれ!みちのくの鉄道~東日本大震災からの復興の軌跡」第9章 JR貨物
JR貨物でも輸送障害時の対策を強化するべく、2026年3月ダイヤ改正からは、東北本線の寸断時に備えて、通常は東北本線で使用している電気機関車を上越線から日本海縦貫線(信越本線、羽越本線、奥羽本線などの総称)で走行が可能となるような対策を行った。
※JR貨物プレスリリース「2026年3月時刻改正 新しい貨物鉄道輸送サービスのご案内」
しかし、一方の北海道では、2024年夏の石勝線の突発的な災害で、貨物列車のトラック代行輸送がほとんどできなかった現実があるにもかかわらず、JR貨物や北海道庁などの関連団体で構成される検討会では、こうした災害発生時には、トラックおよび内航海運による代行輸送体制を速やかに立ち上げるための課題を整理し対応する方針だという。
※JR貨物プレスリリース「『北海道地区(室蘭線)における鉄道物流の災害による 輸送障害に対するBCP策定に向けた官民一体の検討会』の概要について」
■多くの観光客が使う路線も存続できず
これだけではない。北海道新幹線の札幌延伸に伴ってJR北海道から経営分離されることが確定している並行在来線の函館本線・函館―長万部―小樽間252.5kmについては、旅客営業に関して事実上の廃止を前提とした協議が進められている。
まず、2022年3月に北海道庁が主導する並行在来線対策協議会において、長万部―小樽間140.2kmの廃止とバス転換が決まった。JRからの経営分離を前提とした整備新幹線の並行在来線は、通常であれば都道府県と沿線自治体が出資する第三セクター鉄道に移管されるケースが多い。
しかし、鉄道よりバスのほうが赤字額が少ないという理由から、北海道庁は並行在来線の維持に対する財政出動に難色を示し続けた。財政規模が脆弱な沿線の自治体だけでは、鉄道の維持費を負担できるはずもなく、首長たちは鉄道の廃止について苦渋の決断を迫られた。
特に、余市―小樽間では1日の輸送密度が2000人を超えている区間であり、余市駅はニッカウヰスキーの最寄り駅として、新千歳空港からの観光客の利用も多い区間だ。JR北海道が「単独では維持困難」と発表した路線はいずれも輸送密度が2000人未満の線区であり、余市―小樽間の輸送密度は通常では廃止になりえない水準だ。
■輸送を担うバス会社への根回しはなかった
しかも、廃止の決定は密室協議の場で行われ、地元のバス会社に事前の相談はなかった。こうしたことから、沿線にバス路線網を展開する「北海道中央バス側は激怒しているようだ」と当時の余市町関係者は漏らしていた。
北海道庁は、この後、机上の代替バスプランを作成し、2024年の協議会で初めて沿線のバス会社に提案を行うが、説明を受けたバス会社は、一様に道庁が示したバス転換プランの実現は困難であるとの姿勢を示し、協議は難航している。
さらに、函館本線の長万部―小樽間は2000年の有珠山の噴火で、貨物列車の幹線ルートである室蘭本線が不通となった際に、貨物列車や特急列車の迂回ルートとして活用された路線でもあり、有珠山はおおむね20~50年の周期で噴火を繰り返している。
また、函館―長万部間についても、貨物機能は残して旅客列車は廃止とする方針で、現在、新幹線アクセス路線となっている函館―新函館北斗間についても、道庁はバス転換を視野に入れた計画の策定を進めている。
■取材に答えようとしない知事と道庁幹部
筆者は2022年、鈴木知事に対して並行在来線問題と夕張市の現状などについての考えを聞きたいと道知事室秘書課に取材を申し込んだが、対応窓口とされた道政相談センターの西澤正所長(当時)から後日「鈴木知事は夕張市長時代の件はすでに関与する立場にない」「鈴木知事はあらゆる事実確認にも応じない」と回答があった。
しかもこのとき、知事室秘書課が最初に窓口としてきたのは道政相談センターの苦情処理担当者だった。「その対応は不誠実ではないか」と苦言を呈したところ、西澤所長に担当が変更となった。
さらに、翌2023年には並行在来線対策協議会の座長を務めた柏木文彦元道交通企画監への電話取材も試みている。柏木氏は、2022年3月いっぱいで北海道庁を定年退職し、当時は公益財団法人の常務理事を務めていた。
柏木氏に対し筆者は、「北海道の交通政策を決定する立場にあった柏木氏は、どのようなポリシーのもとに議論を主導したのか」という問いを投げかけたが、柏木氏は「私はすでに関与する立場にない」として、ノーコメントを貫いた。
※東洋経済オンライン「北海道新幹線『並行在来線』バス転換協議の泥沼化 地元住民は不信感、日に日に増す道庁批判の声」
■JR北海道が抱える「赤字問題」の本質
1987年の国鉄分割民営化によって誕生したJRグループは、国鉄から引き継いだ全路線を維持できるように制度設計された会社であり、これはJR北海道も例外ではなかった。
JR北海道は発足当初より例年約500億円の赤字が見込まれるとされたことから、当時の運輸省(現国土交通省)は、当時の長期金利7.3%から逆算した6822億円を経営安定基金として設け、この運用益約498億円で赤字の穴埋めをするというスキームが組まれた。
しかし、バブル経済が崩壊した1990年代半ば以降、国の低金利政策によってこの経営安定基金の運用益が急激に減少したことがJR北海道の経営問題の本質である。
■「廃線ドミノ」は北海道だけの問題ではない
鈴木知事は本来であれば、JR北海道が窮地に陥った鉄道政策の失敗を国に質(ただ)して適切な財政措置を要求することが本来の仕事であるが、赤線区については結果的に全路線が見捨てられた。黄色線区についても同様の状況となれば、全路線が廃止という最悪のシナリオも浮上する。
JR北海道の綿貫泰之社長は2026年5月20日、黄色線区の上下分離について沿線自治体から強い反発があったことを理由に協議を当面見合わせる意向を明らかにした。北海道庁が鉄道の維持に対して財政措置を講じる意欲がない中では、財政規模が脆弱な沿線自治体だけで鉄道の維持費を負担することは不可能である。
トラックドライバーが不足する中で、北海道の農水産物を首都圏方面に安定的に輸送するためには、現在は貨物列車の運行を行っていない路線での運行復活や、災害時の迂回運転を実施するための鉄道ネットワークの確保が重要になると考えられる。
日本の農地面積の26%を占め、カロリーベースで全国に20%の食料を供給する北海道で鉄道ネットワークの寸断、縮小が続けば、日本の食料安全保障を揺るがしかねないのではないか。
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櫛田 泉(くしだ・せん)
経済ジャーナリスト
1981年北海道生まれ。札幌光星高等学校、小樽商科大学商学部卒、同大学院商学研究科経営管理修士(MBA)コース修了。
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(経済ジャーナリスト 櫛田 泉)

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