■「マスク1兆ドル」の裏で増え続ける“普通の富裕層”
世界初の「トリリオネア」誕生である。
今年6月12日、イーロン・マスク氏が設立した宇宙開発企業スペースXは、総額750億ドルという史上最大規模の株式新規公開(IPO)を実施した。米誌『フォーブス』によると、スペースXの株式の約4割を保有するマスク氏の純資産額は一時、1兆ドルを超えた。
古今東西、億万長者は「起業家・創業家」である。今年6月に発表された2026年版フォーブス「日本長者番付」をみても、ランキングの上位には、1位の孫正義氏や2位の柳井正氏など、大企業の創業者ないしは創業者一族が軒並み名を連ねている。「トリリオネア」のマスク氏には及ばないものの、日本長者番付トップ5の純資産額はいずれも1兆円を超えている。
多くの給与所得者にとって、資産1兆円は夢物語でしかない。しかし、資産1億円以上の「富裕層」であれば、給与所得者でも手が届くようになりつつある。
日本の富裕層ないしは超富裕層は、必ずしも起業や創業で財を成したわけではない。調査会社インテージ「富裕層調査II2025〈金融〉銀行・保険・証券・決済編」によると、超富裕層(金融資産5億以上20億円未満)における資産形成の最も大きい理由として、「投資・株式・資産運用」と回答した割合が29%と最も高く、「起業や出資した会社の上昇や売却などのエグジットによる」の5.5%を大幅に上回っている。
■会社員を富裕層に押し上げる“地味な制度”
一方、富裕層(金融資産1億円以上5億円未満)の回答でも、「投資・株式・資産運用」が「企業や出資した会社の上昇や売却などのエグジットによる」を大幅に上回っている。
この富裕層像は、本サイトで紹介された「いつの間にか富裕層」(※)の資産形成と一致する。
※『「いつのまにか富裕層」の正体』の記事一覧 | PRESIDENT Online(プレジデントオンライン)
上記の記事で紹介されているように、「いつの間にか富裕層」とは、会社員が自らの給与所得によって資産を築き上げた、新しい富裕層である。株式相場の長期的な上昇傾向を背景に、従業員持株会や確定拠出型年金、少額投資非課税制度(NISA)などの投資優遇制度を有効活用して、資産形成に成功した人々を指している。
例えば、従業員持株会を取り巻く環境をみると、近年の株式相場の上昇が、持ち株会加入者の資産額を大きく押し上げている。
東京証券取引所が毎年集計・公表している「従業員持株会状況調査」によると、持株会加入者1人当たりの平均株式保有金額は、2023年度(2024年3月31日)には282.4万円と、2006年度につけた過去最高水準(224.4万円)を17年ぶりに上回った。直近2024年度(2025年3月31日)は250.3万人と前年度を下回ったものの、2025年度についても、日本株の代表的な指数である東証株価指数(TOPIX)と足並みを揃えるかたちで、一段と増加した可能性が高い(図表1)。
■株高と円安で「いつの間にか富裕層」が急増
企業が奨励金の支給額を引き上げていることもあり、持株会に加入する従業員の割合は2006年度以降の緩やかな低下傾向から一転して2023年度から上昇しており、2024年度の加入割合は40.12%と、12年ぶりの高水準に回復している。株価上昇の恩恵は、持株会への加入増加を通じて、幅広い世代に浸透している模様である。
前掲記事にある野村総合研究所の富裕層調査(※)によると、準富裕層(純金融資産保有額5000万円以上1億円未満)から富裕層(同1億円以上5億円未満)に移行した近年の富裕層の世帯数の増加に、「いつの間にか富裕層」は大きく寄与した模様である。最新の同調査は2023年時点だが、日本株は2024年に約34年ぶりに史上最高値を更新し、その後も水準を一段と切り上げている。
※竹中啓貴・荒井匡史『「いつの間にか富裕層」の正体 普通に働き、豊かに暮らす、新しい富裕者層』(日本経済新聞出版、2025年)
海外の株式相場も同様に史上最高値を更新する上昇を続けた上、記録的な円安の進行もあって、外国株投資は極めて良好なパフォーマンスを記録した。
■毎月6万円×20年で資産1億円が手に届く現実
もとより日本の家計は諸外国に比べ、株式等のリスク資産の保有に慎重である。日本銀行「資金循環の日米欧比較」によると、日本の家計部門全体の金融資産に占める株式(投信を除く)の割合は12.2%と、米国の41.5%やユーロ圏の25.3%を大幅に下回っている(2025年3月時点)。
一方、日本でも収入の高い世帯は、株式保有に比較的前向きである。総務省「家計調査(貯蓄・負債編)」(2025年7~9月期)によると、全勤労者世帯(世帯人員2人以上)のうち、最も高い収入帯(1662万円、上位10%)に属する世帯の貯蓄に占める株式(投信を含む)の割合は24%と、低収入世帯(325万円、下位10%)の11%や平均世帯(827万円)の19%を上回る(図表2)。
筆者の試算によると、高収入世帯が20年前から全世界株式[MSCI ACWI ネットリターン指数(円ベース)]を毎月6万円購入し続ければ、預貯金、株式等保有残高(全世界株式と連動して増加すると仮定)等と足し合わせると、貯蓄は約20年後に1億円を超え「いつの間にか富裕層」となる。その場合、貯蓄に占める株式の割合が92%となり、株式相場の変動に貯蓄額全体が大きく左右されることになる。
■超富裕層が選ぶ“株式以外”の運用戦略
現預金や債券に比べ、価格変動リスクが高い株式で保有資産の大半を保有した場合、将来の資産取り崩し局面において評価額の不確実性に直面する。また、中長期的に取り崩す予定がなければ、株式よりも高い期待リターンの他資産で運用することもできる。
長期投資の強みを活かして「いつの間にか」築き上げられた株式中心の資産に対し、将来の資産取り崩し計画を念頭に、最適な資産配分を検討する余地は大きい。
保有資産の規模が大きい超富裕層(純金融資産保有額が5億円以上)は、短期的に取り崩す資産の割合が相対的に小さい分、より高いリターンが期待できる資産の長期保有が可能と考えられる。
一般に、超富裕層が保有する資産の管理は、運用のみならず税務や相続、寄付など多岐にわたることから、ファミリーオフィスが包括的に管理・運用するケースが多い。
■株式を上回る「未公開株」のリターン
UBSの集計ではオルタナティブ投資に分類されていたプライベート資産の期待リターンをみると、プライベートエクイティは9.4%と、株式(国内株式6.2%、先進国株式7.1%、新興国株式8.8%)よりも高い。また、プライベートデットの期待リターンも8.0%と国内株式および先進国株式を上回っており、かつ推定リスク(13.9%)は先進国株式(17.4%)と新興国株式(16.8%)よりも低い(図表4)。
先進国株式および新興国株式のリスクには、為替レートの変動リスクも含まれる。プライベート資産も同様だが、インテージ社の富裕層調査(2025年)によると、資産規模が大きい富裕層ほど、外貨預金および海外株式を保有している割合が高い。
また、リート(不動産投資信託)や債券、暗号資産・仮想通貨、ファンドラップなどに投資対象の裾野を広げているのも、資産規模が大きい富裕層の特徴である(図表5)。
■“自社株購入”が富裕層への切符に
「いつの間にか富裕層」は、ごく一部の高収入会社員に限られるわけではない。前掲の総務省「家計調査」(2025年)によると、平均的な収入の勤労者世帯には、毎月10万円台後半の黒字がある。その大半は預貯金として積み上がっており、投資信託や株式など有価証券の純増は月1万円に満たない。
裏を返せば、より高いリターンを狙える金融資産に振り向けられる資金が相応に残されている。預貯金のうち月6万円を投資に回すことも、決して無理筋とは言えない。
高収入世帯の試算と同様に、平均的な収入の世帯が毎月6万円ずつ全世界株式投信を積み立て投資すると、積み立て開始前から保有していた株式や投信を含めて、20年後の保有残高は9000万円弱に達する(全世界株式投信が過去20年間と同程度のリターンを上げ、保有中の株式や投信も同等のリターンを上げると仮定)。
さらに会社員ならではの手段として「従業員持株会」を有効活用することで、金融資産1億円の富裕層の入り口が見えてくる。東京証券取引所の調査によると、自社株購入に10%の奨励金(1万円購入に対し1000円を支給)を付与する企業が最も多いが、奨励金が20%の企業も少なからず存在する(図表6)。
仮に20%の奨励金制度がある企業に勤める会社員であれば、全世界株式への毎月の積立を5万円に抑えて、奨励金を前提に2万円を持株会に回し、自社株が過去20年間の市場平均(TOPIX配当込み指数)並みのリターンを上げると仮定すれば、20年後の株式・投信保有額は約9600万円に達し、富裕層がほぼ視野に入る。
■長期運用は会社員の特権
業績が好調で、自社株の運用パフォーマンスが長期にわたり市場平均を上回るような企業に勤めていれば、持株会を有効活用することで富裕層になる可能性が高い。反対に、業績が振るわず自社株のパフォーマンスが市場平均を下回り続ければ、富裕層への到達は遠のく。持株会をどこまで資産形成に組み込むかを判断するにあたっては、勤務先の将来性を見極める目利き力が必要であろう。
もっとも、持株会は個別株への投資という位置づけになるので、ここに大きく資金を振り向けることは、複数企業に投資する投信などの金融商品を購入するよりも高いリスクを伴うことも認識しておくべきだ。
長期の資産運用を目指す会社員の強みは、機関投資家のように、短期的な期間収益を計上する必要がないことである。投資期間において保有資産が一時的に目減りしても、顧客や株主、経営者などに説明責任を負わない。
保有資産の短期的な増減に一喜一憂せず、長期で資産を育てる姿勢を保てるかどうかが重要だ。現役世代であれば、利子・配当収入を生み出す金融商品を長期保有することで「複利効果」を取り込みやすい。
平均的な勤労者世帯であっても、相場の上下にかかわらず投信や持株会へ淡々と積み立てを続けた結果、純資産が1億円を超えて「いつの間にか富裕層」になるのである。
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宮嵜 浩(みやざき・ひろし)
野村フィデューシャリー・リサーチ&コンサルティング チーフ・ストラテジスト
1971年生まれ、兵庫県西宮市出身。94年、慶應義塾大学法学部政治学科卒業。2001年、中央大学大学院経済学研究科博士前期課程修了。1994年、山一証券入社、その後は富士通総研コンサルタント、三和総合研究所(現・三菱UFJリサーチ&コンサルティング)投資調査部研究員、しんきんアセットマネジメント投信チーフエコノミスト、三菱UFJモルガン・スタンレー証券景気循環研究所シニアエコノミスト、みずほリサーチ&テクノロジーズ主席エコノミスト、伊藤忠総研マクロ経済センター長・主席研究員などを経て、2025年12月から現職。主な著書は『展望 金利のある世界』(共著、金融財政事情研究会、2024年)、『2050年の経済覇権』(共著、日本経済新聞出版社、2019年)など。
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髙宮 康平(たかみや・こうへい)
野村フィデューシャリー・リサーチ&コンサルティング ストラテジスト
1990年生まれ、東京都武蔵野市出身。2013年に東京大学経済学部経済学科を卒業後、商工組合中央金庫に入庫。日本経済研究センターへの出向を経て調査部にてマクロ経済調査に携わり、景気動向の分析に関する知見を培う。2020年にアフラック生命保険へ転じ、市場関連部門のエコノミストとしてマクロ経済・金融市場分析およびストレスシナリオの策定に従事。2025年10月より、野村證券の資産運用アドバイザリー・サービスを提供する野村CIOに所属。野村グループにおいてマルチアセット領域を対象とするストラテジストとして、グローバル経済・金融市場の動向を踏まえたリサーチを担っている。
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(野村フィデューシャリー・リサーチ&コンサルティング チーフ・ストラテジスト 宮嵜 浩、野村フィデューシャリー・リサーチ&コンサルティング ストラテジスト 髙宮 康平)

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