※本稿は、本郷和人『東大教授、日本史の謎を語り尽くす』(宝島社)の一部を再編集したものです。
■信長を滅ぼした「黒幕」を探す物語
本能寺の変は、日本史でもっとも有名な事件の一つです。1582年6月、織田信長が家臣・明智光秀によって討たれました。犯人ははっきりしています。それでもなお、「なぜ光秀は主君を討ったのか」という問いが、何百年も繰り返されてきました。
怨恨説はよく知られています。信長からの折檻(せっかん)や屈辱が原因だとする見方です。四国政策をめぐる対立、豊臣秀吉や徳川家康が背後で糸を引いていたとする黒幕説、朝廷関与説も語られてきました。いずれも決定的な証拠を持つわけではありませんが、「この事件には裏がある」という感覚が、私たちのどこかにあります。
信長という巨大な存在が、わずかな供回りしかいない京都で討たれた。歴史の大転換が、たった一夜で決まった。
大きな出来事には、それに見合う大きな理由が必要だという感覚が、本能寺を物語へと押し出してきました。出来事が大きければ大きいほど、その背後にも同じだけ大きな意図や必然があってほしい。小さなきっかけや偶然の重なりで歴史が大きく動いてしまったと考えると、世界は思っている以上に不安定なものになってしまいます。私たちはそれに耐えきれず、出来事と理由を釣り合わせる意味づけを探してしまうのでしょう。
では、史料は何を語っているのでしょうか。
■「光秀冷遇説」だけでは説明できない
同時代が記録された『信長公記(しんちょうこうき)』は事件の経過を伝えますが、光秀の内心を詳しく説明してはいません。『信長公記』は信長に仕えた太田牛一(おおたぎゅういち)が編んだ記録で、信長の事績をまとめた性格が強く、出来事の叙述には優れていても、ほかの関連する人物の心理や動機を掘り下げることを目的とした史料ではありません。光秀自身の書状も残されていますが、そこに見えるのは政治的判断や軍事行動の文脈であって、「なぜ裏切ったのか」という心理の核心ではありません。
むしろ、光秀は丹波平定などで功績を挙げ、信長に重用されていた形跡もあります。
■動機の解明は歴史学者の専門外
ここで重要なのは、「わからない」のではなく、「史料からはそこまで踏み込めない」という点です。歴史学は、残された記録をもとに過去を考える営みです。史料は、誰かの行動やその場の経過は伝えても、そのとき頭の中で何が決定打になったのかまでは、書き残してくれません。
たとえば書状だと、その多くは、相手に読ませるために書かれたものであって、本心をそのまま吐き出した独白ではありません。また、記録は、書き手の立場や後年の編纂(へんさん)意図によって内容や強調点が変わることもあり、事実の選び方自体に偏りが生じる可能性もあります。残された記録の性格そのものが、内面の最深部を確定させにくいのです。
光秀の心の奥底を断定するとなると、どうしても想像を含みます。そこから先は、学問というより物語の領域になります。光秀の動機が確定しないのは、研究不足というより、史料の性質によるものなのです。
■本能寺の変が「特別」であり続ける理由
それでも本能寺の変は、動機をめぐって語られ続けてきました。
歴史がエンターテインメントとして消費されることは、否定されるべきことではありません。本能寺の変は、その典型です。動機という空白があるからこそ、物語が生まれる。
ただ、私たちはなぜそこまで動機を知りたがるのでしょうか。裏切りに明確な理由がなければ、出来事はただの偶然になってしまう。偶然で歴史が動いたと認めるのは、やはり落ち着きません。だから私たちは、意味を与えようとします。意味が与えられれば、出来事は理解できるものになります。
明智光秀の動機が、教科書に載る日はおそらく来ないでしょう。わからないものは、わからないままにしておく。それが歴史学の立場です。しかしながら、その空白を物語で埋めようとする営みもまた、人が歴史を語り続ける理由です。
本能寺の変が特別なのは、動機が永久に確定しないからではありません。光秀の動機がわからないという事実そのものが、この事件を永遠の題材にしているのです。
■天下人の命を奪った「天ぷら」
徳川家康の死因として、もっとも広く知られてきたのが「天ぷらの食べすぎ」説です。高齢の家康が好物の天ぷらを口にし、その直後に体調を崩して亡くなったという話です。天下を取った人物の最期としてはあまりに素朴で、その意外さがかえって人々の記憶に残りました。
天ぷら説では、家康は「健康に気をつけていたが、最後に油断した老人」と描かれています。
どれほどの権力を握っても、身体の衰えには逆らえない。油断は禁物だ――。天下人の死が、すべての人にあてはまる人生訓へと整理されていきます。
■単なる「失敗談」にしていいのか?
具体的な食べ物の名が出る点も見逃せません。「天ぷら」という料理は、誰もが思い浮かべることができます。小難しい病名よりも、はるかにインパクトがあります。天下人の死が、自らの日常の延長へと引き寄せられる。そのわかりやすさが、この話を長く生き残らせました。
食べ物の話であれば、自分の経験に引き寄せて想像することもできます。だから天下人の死も、はるか遠くの歴史上の出来事ではなく、身近な失敗談のような形で受け取られていくのです。
けれど、人間の死因を一皿の料理に求めるのは、やはり単純化しすぎではないでしょうか。天下人の最期が、そこまで軽いはずはない――そう感じるのも、また自然でしょう。
■激動の半生を乗り越え、穏やかな晩年
家康の最期を知る手がかりとして重視されているのが、側近であった金地院崇伝(こんちいんすうでん)の日記です。そこには、家康の体調が徐々に悪化していく様子が記されています。鷹狩りに出かけ、その帰途に不調を訴え、駿府城外で休み、そのまま床に就いた。家康の衰弱の経過が克明に見えてきます。
当時すでに70代半ば。現代医学の観点からは胃がんの可能性も指摘されていますが、決定的に断定できる史料はありません。家康の死因が「確定しない」のは、史料の限界による部分が大きいのです。
ただ、重要なのは病名よりも、晩年の過ごし方かもしれません。家康は隠居の立場で駿府に移り、政治の大枠を整えたあと、鷹狩りを楽しんでいました。若き日のように戦場を駆けるわけではなく、政権の制度を整えたのち、日常の時間を生きていた。
崇伝の日記から見えてくるのも、劇的な破局ではありません。周囲の者たちも、老いの中で少しずつ不調が重なっていく姿を見守っていたのでしょう。そこには、乱世のただ中で命を落とす武将の最期とは違う、すでに政権が安定の側へ移っていた時代の終わり方が表れています。
突然倒れて劇的に幕を閉じたのではありません。老いとともに、静かに終わりへ向かっていった。敗北でも転落でもないその姿は、むしろ大往生と呼ぶほうが実態に近いのかもしれません。
■やるべきことを終えた天下人の最期
家康の死因についての疑問は、いまもなお繰り返し語られています。天下を取った人物の最期が「静かな老衰」では、どこか物足りなく感じられるのかもしれません。私たちは無意識のうちに、そこに象徴的な意味や印象的な場面を求めてしまいます。
戦国の世を勝ち抜き、一大政権を築いた人物が、老いの中で自然に亡くなったという事実は、物語としては派手ではありません。だからこそ、天ぷらという一皿に意味が託されたのでしょう。教訓を与え、意外さをはらんだ形へと整えられていきます。
しかし、家康の晩年を振り返ると、徳川政権はすでに制度の骨格を整え、後継体制も固められていました。大きな懸案を抱えたままの急死ではありません。やるべきことを終えたあとの時間に訪れた終幕でした。
■260年以上続く江戸時代の象徴的場面
家康の最期は、劇的ではないかもしれません。けれど、そこには「戦国の終わり」と「近世の始まり」が静かに刻まれています。乱世を生き抜いた人物が、最後は戦場ではなく、鷹狩りを楽しむ日常の延長で人生を閉じる。それこそが、江戸という時代の性格をよく物語っています。
家康の死因が確定しないのは、史料の問題だけではありません。私たちが、天下人の最期に意味を与えずにはいられないからでもあります。老いと病の中で穏やかに終わった可能性を受け入れるより、象徴的な場面であったほうが語りやすい。
徳川家康の最期は、奇跡でも非業(ひごう)の死でもありませんでした。治世の完成のあとに訪れた静かな終幕と考えるほうが自然ではないでしょうか。
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本郷 和人(ほんごう・かずと)
歴史学者
1960年、東京都生まれ。東京大学文学部国史学科卒業。東京大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。東京大学史料編纂所教授などを歴任し、藤田医科大学リベラルアーツセンター長。専門は日本中世政治史。とくに院政期から南北朝期にかけての政治構造や、貴族・武士の権力関係の変遷を中心に研究を重ねる。膨大な史料に基づいた実証と、現代的な視点を交えたわかりやすい通説批判に定評がある。近年はテレビや書籍などでも積極的に日本史の魅力を伝えており、多くの著書がある。主な著書に『変わる日本史の通説と教科書』(宝島社)、『日本史のツボ』『日本史を疑え』(ともに文藝春秋)などがある。
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(歴史学者 本郷 和人)

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