■手取りを削る「最大の敵」は社会保険料
毎月の給料日、振り込まれた金額を見て「思っていたより少ないな」と感じたことはありませんか。給与明細の「控除」の欄には、見慣れない項目がいくつも並んでいます。けれども、給料から何にいくら引かれているのかを“正確”に説明できる人は、実はとても少ないのです。
そこで、今回、ひとつのモデルケースで再確認してみましょう。
年収500万円・独身・40歳未満(介護保険料の負担はなし)の会社員の方が、健康保険は協会けんぽに加入していて、収入は給与だけ、という前提です。この方が1年間で給与から引かれるおおよその金額を、分けて見てみます。
● 所得税:約12万円
● 住民税:約24万円
● 社会保険料(健康保険・厚生年金・雇用保険):約72万円
合計するとおよそ108万円。手取りは額面の8割を切ってしまいます。
ここで注目したいのが、内訳のバランスです。多くの方は「税金でたくさん持っていかれている」と感じていますが、税金(所得・住民)は約36万円。一方で社会保険料(健康保険・厚生年金・雇用保険)は、その2倍以上にあたる約72万円です。
社会保険料のほうが多いと知ってはいても、この比率までしっかり認識しているでしょうか。さらに私が強調したいのは、この社会保険料は「個人負担分」に過ぎず、ほぼ同額を勤務先の会社が負担しているという事実です。つまり、手取りを削っている「最大の敵」は社会保険料であり、その額は想像以上に多いのです。
なお、ここで挙げた金額は、令和7年(2025年)分の制度をもとにした概算です。所得税は2025年の基礎控除の引き上げによって、以前より少し軽くなりました。また、社会保険料はお住まいの都道府県の健康保険料率や、賞与と月給の配分などによって多少前後します。しかし、「社会保険料が群を抜いて大きい」という構図そのものは、どなたの給与明細でも変わりません。ここが大事なポイントです。
■社会会保険料は約58万→約83万円へ
ここで、社会保険料の負担率の変遷を見てみましょう。
第一ライフ資産運用経済研究所の政策調査部 フェローの谷口智明氏によれば、2000~2025年までの25年間で名目の給与(総務省・家計調査「2人以上の世帯のうち勤労者世帯」の各年の月平均額を年換算、以下同)はほとんど伸びなかったと同所HPで発表しています。
2000年の約633万円から約713万円へと増加したものの、年平均でわずか0.5%増。いわゆる「失われた30年」と言われるゆえんです。
では、天引き額はどうだったのか。所得税・住民税は約48万円から約62万円(2000年比で約1.3倍、約14万円増)に上昇しました。年平均にして1%増です。
これに対して、社会保険料は約58万円からなんと約83万円(2000年比で約1.4倍、約25万円増)となり、年平均1.5%増。収入の伸びがとどまる中、直接税を大きく上回る負担となりました。
なお、2000年度から2025年度にかけて、日本の社会保障給付費(年金・医療・介護等)は、78.4兆円から140.7兆円に膨張しています。それを賄うための社会保険料(被保険者負担)は、29.9兆円から43.5兆円と、約1.5倍に増加しました。
■所得控除しても社会保険料は減らない
ちなみにこの間に、消費税は2014年4月に5→8%、2019年10月に8→10%(食料品は軽減税率8%)と2度引き上げられ、確実に国民の負担が大きくなっただけなく、2000年に社会保険料の「新たな柱」として介護保険(当初0.6%→現在1.82%)が、2026年には子育て支援金が登場し、これらも今後増えていく可能性が高いです。
このように社会保険料の負担はずっと右肩上がりの状態ですが、書店や動画で見かける「節税術」の多くが所得控除を増やして所得税と住民税を減らす話です。もちろん所得控除となる、ふるさと納税、iDeCo、医療費控除などはどれも大切ですが、これらをいくら積み上げても、最大の流出である社会保険料はほとんど変わりません。
「いろいろ試しているのに、ちっとも手取りが増えた気がしない」。そう感じている方は、気のせいではないのです。
実は、社会保険料が減らないのには、はっきりとした理由があります。社会保険料は、税金とはまったく別のルールで計算されているからです。
■社会保険料はどう決められているか
会社員の社会保険料は、「標準報酬月額」という金額をもとに決まります。これは、その年の4月・5月・6月の給与(残業代や通勤手当などの諸手当を含みます)の平均をもとに算定され、原則としてその年の9月から翌年8月までの保険料に反映されるものです。
ここでのポイントは、この計算に所得控除がいっさい関係しないということです。たとえば、医療費控除を使っても、iDeCoに加入しても、ふるさと納税をしても、標準報酬月額は1円も変わりません。所得控除は「税金の計算」の世界の話であって、「社会保険料の計算」の世界には入ってこないのです。
これこそが、節税を学び、小まめに実践しても手取りの最大の流出が止まらない理由です。たとえるなら、バケツの一番大きな穴はそのままにして、小さな穴を一生懸命ふさいでいるようなもの。このような「絶望構造」があるのです。
こうした構造をスルーする国民が多いのは理由があります。
まず、前述したように社会保険料も税金も給与天引きのため、給与明細をしっかりチェックする人は少なく、そのため負担の変化を認識しづらい。気づきにくさという意味では、厚生年金の「保険料水準固定方式」も同様。法律で自動的に引き上げが進む仕組みが導入されると、毎年、政治的判断や国会での議論が不要で、料率が自動的に上がっていくわけです。
では、社会保険料を減らすことは不可能なのかといえば、そうではありません。「手取り」を少しでも増やすため方法は存在します。
■対策①:給料の「受け取り方」を変える
社会保険料を減らすための鍵は、控除ではなく「給与の受け取り方を変える」ことにあります。その代表例が、選択制の企業型確定拠出年金(企業型DC)です。
これは、毎月の給与の一部を「現金で受け取る」か、それとも「企業型DCの掛金に回す」かを、従業員自身が選べる制度です。掛金に回した分は、給与(賃金)とはみなされません。その結果、標準報酬月額が下がり、社会保険料そのものが軽くなるのです。しかも、所得税・住民税もかかりません。
ここで、よく似ているけれども性質の異なるものと比べてみると、違いがはっきりします。個人型確定拠出年金(iDeCo)は、掛金が所得控除になりますから、所得税・住民税は減らせます。けれども、社会保険料は1円も減りません。なぜなら、社会保険料は自分の手取りの中から払うお金だからです。一方、選択制DCは「給与になる前」のお金を回す仕組みですから、社会保険料の土台そのものが下がるのです。同じ将来のための積み立てでも、効き方がまったく違います。
たとえば、月2万円(年24万円)を給与から掛金に振り替えた場合、本人負担の社会保険料はおおむね年3万~3万5000円ほど軽くなり、これに所得税・住民税の軽減が上乗せされます。年間トータルでは数万円規模の差になることもあります(実際の金額は、標準報酬月額がどの等級に収まるかや、税率によって変わります)。
■対策②:福利厚生の上手な使い方
これは見落とされがちですが、もうひとつ有効策があります。それは「会社の福利厚生を上手に使う」という方法です。
たとえば、会社から家賃補助(住宅手当)を受け取るか、それとも会社が用意した家賃の安い社宅に住むかを選べる場合、多くのケースでお得なのは後者です。
一方、社宅の場合はどうでしょうか。会社が借り上げた住宅に、従業員が一定の家賃(適正な負担額)を払って住む形にすると、家賃補助を現金で受け取るよりも、税金と社会保険の両面で負担が軽くなることがあります。ただし、従業員の負担額が少なすぎると、その差額が給与とみなされることもありますので、「いくら負担すればよいか」は会社の制度で確認しておくとよいでしょう。
このほか、会社によっては、レクリエーションや健康増進などのサービスを安く利用できるしくみもあるかもしれません。こうした福利厚生で得た経済的なメリットは、原則として社会保険料には影響しません。
つまり、ここでのポイントは、「会社から、給与に当たらない形で経済的な恩恵を受け取る」ということなのです。制度があるのに使っていないとしたら、それは取り逃しているのと同じです。一度、ご自身の会社にどんな制度があるか、調べてみてはいかがでしょうか。
■ただし「保険料を下げれば得」とは限らない
ここで、正直にお伝えしておきたいことがあります。企業型DCなどの活用によって標準報酬月額が下がると、社会保険料は軽くなりますが、その分、将来の厚生年金本体の受取額も減ってしまいます(企業型DCによる老齢給付金は原則60歳以降に受け取り可能)。
さらに、病気やケガで働けないときの傷病手当金、出産時の出産手当金、失業時の給付なども、標準報酬月額をもとに計算されますから、いざというときの保障が薄くなる可能性があるのです。
つまり社会保険料は、「将来と万一への備え」でもあるということも理解しておく必要があります。ですから、ここまでにご紹介した方法は、やみくもに使うのではなく、仕組みを正しく理解したうえで、ご自身のライフプランに照らして選ぶことが大切です。
なお、選択制の企業型DCを利用できるのは、制度を導入している会社の社員に限られますし、前述したように掛金は原則として60歳まで引き出せません。その点もあわせて確認しておきましょう。
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小林 義崇(こばやし・よしたか)
フリーライター
1981年福岡県生まれ。西南学院大学商学部卒業。2004年に東京国税局の国税専門官として採用され、以後、都内の税務署、東京国税局、東京国税不服審判所において、相続税の調査や所得税の確定申告対応、不服審査業務等に従事。2017年7月、東京国税局を退職し、フリーライターに転身。書籍や雑誌、ウェブメディアを中心とする精力的な執筆活動に加え、お金に関するセミナーを行っている。『超改訂版 すみません、金利ってなんですか?』『僕らを守るお金の教室』(ともにサンマーク出版)、『元国税専門官がこっそり教える あなたの隣の億万長者』(ダイヤモンド社)、『2050年のインド経済 急成長する巨大市場の現在地と未来図』(NEXTRAVELER BOOKS)、『相続税調査でわかった 富裕層が大事にしている「お金の基本」』(講談社)ほか著書多数。
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(フリーライター 小林 義崇)

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