■賃貸オーナーを悩ませる“事故物件”
「所有している物件で入居者の自殺があった。このままでは部屋が『事故物件』と気味悪がられて借り手がつかなくなってしまう」――そんな物件オーナーの相談に全身全霊で応える人物がいる。
科学的見地から超常的存在の有無を調べるという事業「オバケ調査」を立ち上げた株式会社カチモードの代表、児玉和俊さんだ。
「事故物件とは入居者が部屋の中で死亡した物件を広く指しますが、じつは告知義務のあるケースは限られています。自殺や殺人といったケースで死去した場合や、自然死や事故死であっても特殊清掃を行う必要があった場合、その物件に住むことを検討している方に対して『告知事項あり』と記載して説明する必要があるんです」
自分が住もうと思った物件が「告知事項あり」だった場合、人はどのような感情を抱くだろうか?
「なんとなく気味が悪い」「何か起きるんじゃないか」と不気味に感じてしまうかもしれない。いずれも漠然とした感覚ではあるが、しかし理由がはっきりしないからこそ根強く底気味悪さが残り、好条件だったとしても結果的にその部屋を選ばないことも多いだろう。
■22時から翌6時までの調査で8万円
そんな敬遠されがちな事故物件を救済するために児玉さんは「オバケ調査員」に。
ユニークなネーミングだが、元不動産マンとあって調査内容は本格的だ。
調査は1案件、8万円(税抜)。
調査時間は夜22時から翌朝6時まで。この8時間、児玉さんは事故物件の部屋に一人きりでこもる。
「とはいえ、だいたい15時か16時には現地到着しておくようにしています。日が出ているうちに、その建物の共用部や周辺環境を確認しておくことも仕事のひとつなんです。物件内では何も起こらなくても、ポストがボロボロだったり自転車置き場が埃っぽかったりすると、住もうと検討している人でも初見の先入観で悪印象が植え付けられてしまうこともありますからね」
そういった物件内だけでなく外観まわりの部分までチェックし、調査後にオーナーにフィードバックをするというコンサル的な一面も持つのだ。
■機材はデジタルも、アナログも
物件に入ると、持ち込んだ機材をセッティングし、調査開始時間の22時から一夜の「張り込み」が始まる。
調査に使用する機材はナイトショット付きのビデオカメラや立体音響、サーモグラフィー、電磁波の調査機に大気圧計など多岐にわたる。
また、意外にもアナログの機材も準備してあることに気付く。それらもデジタル機器には残らないデータを取るために必要とのこと。
「たとえばこの何の変哲もない普通の時計も必需品。ビデオカメラで撮影したムービー中の表示時間が実際の時刻とズレているということがたびたび起こるので、正確な時刻を記録しておくために、調査中の映像にはこの時計を必ず映り込ませるようにしているんです」
どんな些細なことも見逃さないよう、まったくの無音状態で、児玉さんは一睡もせず夜を過ごす。
1時間に1回、中間報告のために画面に向かって自身でしゃべるだけだ。あとは、おし黙った機材に囲まれながらじっと異変が起きないかを確認する。
■異常現象が起こるのは約1割
2022年12月にカチモードが事業を開始してから、およそ3年半で相談件数は250件ほど。「オバケ調査」としての正式依頼となり、8時間の泊まり調査を行ったのは約80件。そのうちの約1割で異常が起きたという。
突然なにかの音が鳴る、特定の場所だけすうっと寒気がする……。児玉さんは数々のそのような現象に遭遇してきた。
「私個人としては幽霊の存在を信じているんですが、それとこれとは話が別で、たいていの現象は科学的・物理的な説明が可能なんですよね。たとえば音が鳴るというのは家鳴りが原因だったり、寒気はそこだけ微妙に気圧が下がっているからだったりするわけです」
そのため、調査物件の約1割で起きるというなんらかの現象も、たいていの場合は原因を突き止めることができ、「異常なし」と認定。当該の事故物件には「オバケが出ない」ことが担保され、カチモードから「異常なし」の証明書を発行している。
■証明できないケースは稀、継続調査も
一方で、ごくごく稀に異常の原因が突き止められない物件があるという。
今回、取材で同行させていただいた千葉県某所にある戸建ても、その稀有なケースの事故物件だ。
「元住人は、脳の病気で半身不随となり車椅子状態だった80代の母親と、60代の息子。母親が室内で自ら命を絶ち、その数年後に息子が孤独死したという物件です」
この物件ではいくつかの奇妙な現象が起こっている。天井からまるで人間が歩いているような音が響いたり、棚のガラス窓に映るはずのない人影が見えたりしたほか、テレビ取材が入った際にカメラのデータに複数の不具合が起きたそう。いずれも原因は不明のままとのこと。
カチモードではこのようなレアケースの場合、その物件を借り上げ、継続して調査を行っている。期間中はオーナーと相談のうえ、基本的に事故が起きる前の家賃相当の金額を支払い、定期的に通って経過を見るという。
■「とても稀少価値の高い部屋になるはず」
現在、この千葉の戸建て物件はもう異常が起こらなくなっているというが、もし今後、原因不明の謎の現象が起こり続ける物件が出てくるとしたら、児玉さんは「とても稀少価値の高い部屋になるはず」と確信している。
「不思議なことが本当に起こるなら、それはそれで世界中から注目されて、家賃減額なんて跳ね返せるほど利益を生み出せるはずですから。異常現象に再現性があり、危険性がないということを証明してからではあるんですが、怖いもの好きな人々向けに貸し出すことも一案ですよね。たとえるなら、動物園じゃなく、サバンナでテントを張って泊ってください、というような感覚に近いイベント事業にできる。
オバケがいないと証明するのが仕事だが、異常現象の原因が解明できないなら、それを物件の大きなバリューに変えていくプランもあるということか。あらゆる方向性で物件の価値を取り戻したいという思いの裏には、児玉さんが事故物件と向き合い続けた長い歴史があった。
■家賃を下げたくないというオーナーの心理
児玉さんは大学卒業後、もともと好きで通っていた家電量販店で社会人としてのスタートを切り、それから人材派遣会社勤務も経験したのち、27歳で不動産業界に転職。オーナーや入居者、建物の修正履歴といった情報を網羅する、不動産管理会社だった。
営業マンとして日々物件に出向きながら、やがて児玉さんは事故物件を抱えているオーナーの生の声に直面することになる。
「オーナーはみなさん言うんですよね。こんなに部屋をきれいにしたんだから、家賃下げたくないんだよって」
オーナーの立場で考えれば、事故物件になってしまったのは不可抗力であり、そのために家賃を下げざるを得ないという現実は受け入れがたいのだろう。
「オーナーにどう説明すればいいかと当時の上司に相談したところ、『今を乗り切りましょう』、『まずは安くても人を入れて収入を少しでも増やしましょう』と説き伏せて家賃を下げてもらうしかない、と。そういうものなのだなと思って、私自身も何度もそういった言葉でオーナーさんに説明して、家賃を下げてきました」
■「事故物件の価値を取り戻したい」
不動産業界歴が10年以上となった頃、全般的なメンテナンスに関わる部署の責任者に。物件の修繕やオーナーの収益に関するコンサルティング、入居者からのクレーム対応、家賃回収など、物件にまつわる、より深い部分まで関わることになった。
それにより事故物件に関する案件も格段に増えていた。オーナーから連絡が入るとまず安否確認に向かい、物件内で亡くなっていた場合、その後の警察対応や遺族を探して連絡をするといったところまで携わった。
そんな日々のなか、児玉さんの心境に変化が生まれていく。
「オーナーの大変さや心労がそれ以前よりもよくわかるようになっていて、『今を乗り切りましょう』と伝えて家賃を下げてもらうことに、僕自身が納得できなくなっていきました。リフォーム費用が払えずに、極度に安く手放さざるを得ないケースも見てきましたし、そのたびに無力感にさいなまれていましたね……」
もともと40代で起業しようと考えていたという児玉さん。
「当初は独立後もごく一般的な不動産管理や不動産コンサルタントを生業にしようと思っていました。でも、だんだんと自分にしかできない事業を起こせないか、という考えが生まれてきたんです。それで、どうにかして事故物件の家賃減額で苦労するオーナーたちへの手助けができないか、そのサポート業を手掛ける会社にできないか、と」
そんなひらめきから異常現象の有無の確認と、異常が起こった場合は原因解明し事故物件の価値を取り戻すという方向性が決まった。
■脱サラし起業、「妻への説明には苦労しました」
こうして児玉さんの強い思いから生まれたカチモードだったが、まったく未開拓の道。
「なにせ、日本にいままでなかったビジネスを立ち上げようとしていて、しかもそれが『オバケ調査』ですから、妻への説明には苦労しました(苦笑)。打ち明けたとたんに家族会議が開かれ、まるで国会質疑みたいに妻からの問いにひとつひとつ丁寧に答えていきましたよ」
無事に家族の了承を得られたものの、まだどのようにオバケがいないことを証明するかなど、具体的な方法は暗中模索。幽霊が出るというイギリスの城を調査するというテレビ番組を参考にしつつ、独学で機材を集めていく。
2022年12月、事業開始。
「見切り発車でしたよ」と笑う児玉さんだが、いざ始めてみると、カチモード独自の調査スタイルが確立されていった。さまざまな縁が繋がっていき、こういった異常現象を研究する大学教授や物理学の専門家など、各分野のプロフェッショナルに協力してもらえる体制も整ってきているという。
「とある調査物件で、人が亡くなった位置に近い壁から冷たい風が吹いてくるという現象があったんです。風力計を使っても反応がない。けれど、肌には確かに風を感じる。物理学の先生に相談してみると、『それ気圧が違うのかもしれないよ』と。気圧の変化が部屋の中で起こって、風が吹いているように感じている可能性がある。じゃあなぜ気圧が違うのかという話になり、原因究明へと近づいていったこともありましたね」
■不動産マン時代から収入は半減
バリバリの不動産マンから、「オバケ調査員」への転向。収入でいえば現状は会社員時代から半減してしまっている。
前述したとおり調査は1案件につき8万円(税抜)。
調査員1人が1日の稼働で8万円と考えると割のいい仕事に思えるかもしれない。しかし、事故物件に泊まった後に各機材のデータを確認するといった地道な作業に数日はかかり、証明完了まで5日間ほど要するそうだ。
そう考えるとコストパフォーマンスがいいとは言えない、むしろコスパが悪い事業に感じる。
「いまはまだオバケ調査という未知なる事業を世間に周知していくフェーズなんですよ。認知度を高め、実績を積み、カチモードになら任せられるという信頼を得ていけば、ビジネスの展開の仕方も変えていけるし、もっと効率的にマネタイズできるようになっていくと考えています」
児玉さんはYouTubeやテレビ番組といった様々なメディア出演やイベント登壇を通して、事故物件に関わる人々との交流を活発に広げている。
2024年には事故物件サイトを運営する大島てるさんとYouTube対談を行っているし、不動産マン時代からの自身の体験談をもとにした書籍『告知事項あり。』も出版。
昨年にはこの著書が実写ドラマ化され話題も呼んでいる。「オバケ調査員」としての児玉さんの名前は確実に知られてきているのだ。
■「オバケなし」の証明書、その効果は…
認知度が上がることで、カチモードが発行する「異常なし」証明書の信頼性も高まってきている。実際に賃貸物件サイトなどで事故物件の情報に掲載されたカチモードの証明書を見て、「児玉さんが関わっているなら」と契約を決める人も少なくないというのだ。
「これまでカチモードが『異常なし』を証明してきた物件は、すべて家賃を下げずに入居者が決まったという実績を作れていますね」
一度は物件の利益をあきらめざるを得なかったオーナーが救われているのである。
また、事故物件はとりまく人々の心にネガティブな影響を与えがちだ。
家賃収入の経済的損失や精神的ショックから遺族に巨額の慰謝料を請求するオーナーや、肉親を失ったばかりでその対応に苦しむ遺族。オーナー・遺族間で起こってしまう、やるせない裁判も珍しくないという。
ほかにも自分の子どもが亡くなったことで、「今も物件に子どもの魂がとどまっているのではないか」と遠方から毎月手を合わせに来る親。そして命が絶たれた後もあらぬ噂を立てられてしまう“元入居者”。
事故物件を正常な状態に戻すことは、それぞれの立場で苦しんでいる人々の心を癒すことにもつながっているのかもしれない。
■事故物件は増え続ける、だから存在価値がある
「きちんとした統計を取るのは難しいのですが、あくまで私の個人的な試算でいうと、日本国内でここ20年の間に8~10万件が事故物件になっていると考えられます」
そのほとんどがかつては入居者に選ばれた「ふつうの物件」だったわけだ。
「物件で亡くなった人の多くは、当たり前ですが生前は私たちとなんら変わらない人間で、『オバケ』と怖がられるような存在ではなかったはずなんですよね」
不明瞭な部分を科学的にクリアにしていき、入居を検討している方々が抱く“なんとなく気味が悪い”という心理を払拭する。それはオーナーだけでなく、ひいてはその事故物件に関係するすべての人々の気持ちを少しずつ救済していく――それこそが「オバケ調査」というビジネスの存在価値なのかもしれない。
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蜜ツ冶(みつや)
ライター
1996年生まれ。学生時代の専攻は民俗学で、土地における歴史や人の営みに興味を持ったことから、ケーブルテレビ会社に就職し約5年間勤務する。現在は様々な視点から人の心理を読み解くことをテーマに、取材ライターとして活動中。
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(ライター 蜜ツ冶 取材=蜜ツ冶、昌谷大介(A4studio) 文=蜜ツ冶(A4studio))

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