リニア開業の「最大の壁」となっていた静岡県が、県内での着工を認める方針を示した。JR東海は年内の着工を目指す。
ジャーナリストの小林一哉さんは「南アルプスを貫通するトンネル工事は未曽有の難工事と言われており、JR東海が公表している工期を実現するのは難しいだろう」という――。
■ついに静岡知事が「GOサイン」
JR東海のリニア中央新幹線計画で東京・品川、名古屋間で唯一、未着工だった南アルプストンネルの静岡工区(8.9キロ)の工事がようやく、スタートすることになった。
静岡県の鈴木康友知事が7月7日の県議会全員協議会で、南アルプスの自然環境保全を担保する県自然環境保全条例に基づく自然環境保全協定を18日に、JR東海と結ぶことを明らかにした。
併せて、JR東海が大井川流域の市町や利水団体などとの水資源の保全に関する合意形成が完了したことを受けて、懸案となっていた河川法の手続きを進めることも了解した。
静岡市が盛土規制法に基づくJR東海の申請を許可することも決まり、着工に向けて法的な障害はすべてクリアすることになった。
■史上最難関のトンネル工事が待っている
鈴木知事が18日に河川法の占用を許可し、自然環境保全協定を締結すれば、JR東海は晴れて、静岡工区のトンネル工事に着手することができる。
そうなると、JR東海がいつ、静岡工区のトンネル工事を完了できるのかが最大の焦点となる。リニア開業の時期がはっきりと見えてくるからである。
鈴木知事は「これからが本番である」などと述べた。南アルプストンネルの静岡工区工事のハードルがいかに高いのかを示唆したようである
リニア南アルプストンネル総延長25キロのうち、山梨工区7.7キロ、静岡工区8.9キロ、長野工区8.4キロで、山梨、長野の両工区ではすでにトンネル本体工事が実施されている。
南アルプスのトンネル工事は大断層、大土被(おおどかぶ)り(地表からトンネルまでの高さが250m以上あると大土被りで、土被りが大きいと地圧も大きくなる)が続き、技術的に極めて困難とされ、掘削するのはほぼ不可能とまで不安視されていた。
JR東海が南アルプスを貫通する直線ルートに決めたのは、過去に例のないほどの難しいトンネル工事とわかっていたが、技術的に大丈夫だという自信を持ったからである。
南アルプストンネルで最大土被り1400mという前代未聞の工事が行われることから、日本トンネル史上、未曾有の難工事となると言われている。
■「2036年開業視野」ニュースの根拠
JR東海は、2024年3月に開かれた国交省のリニア静岡工区モニタリング会議で、静岡工区の工事スケジュールについて初めて説明した。
静岡工区の工事は、「不確実性を伴うトンネル工事の中でも極めて難易度が高く、掘削距離が長いということで、着手から開業まで10年を要すると考えていた」ことを明らかにした。
このJR東海の説明を根拠に、各メディアは「品川―名古屋 2036年開業視野」(日経新聞)などと「10年」程度で静岡工区の工事が完了して、2030年代後半にリニアが開業すると報道することになった。
いまでも各メディアは静岡工区の工事期間を含めて開業まで「10年」という目安で報道している。
■難工事を「9年」で終える?
モニタリング会議で、JR東海は「具体的には、2017年11月に工事契約を締結して、契約締結後、速やかに工事着手し、ヤード整備、トンネルの掘削、ガイドウェイの設置工事、機器の調整試験等を行い、2027年12月の開業を目指していた」と説明している。
JR東海と大成建設、佐藤工業の工事企業体との静岡工区のトンネル本体工事の請負契約の契約締結は2017年11月だが、完成は2026年11月までとしていたから、静岡工区の工期は「9年間」だった。
となると、線路に当たるガイドウェイの設置工事、機器の調整試験等を1年間で行い、2027年12月の開業を目指していたことになる。それも、その1年間に品川、名古屋間286キロで、時速500キロで浮上推進するリニア営業車両の「試運転」を行うことも含めていたことになる。
いくら何でも、そんな短期間ですべてのことを終えるのはムリである。
もっとムリだったのは、静岡工区のトンネル工事をたった「9年間」で完了しようと計画したことである。
■山梨のトンネル工事は9年半で43%
南アルプストンネル山梨工区は2015年12月に起工式を行い、10年間の工期で工事完了を予定、長野工区は2016年11月に起工式を行い、やはり10年程度で工事完了を目指していた。

ところが2024年から2025年にかけて、 JR東海は山梨、長野の両工区でもトンネル工事が大幅に遅れる見通しを示した。いずれも工期を5年ほど延ばして、2031年頃の工事完了を見込んでいる。
JR東海によると、山梨工区7.7キロの場合、2026年5月13日に山梨県の早川橋梁につながる品川方面の坑口が貫通して、これで掘削率43%、3.3キロが掘進されたというのだ。
山梨工区のトンネル工事完了を2031年としているが、電気工事、ガイドウェイ設置などの完了時期は未定だという。トンネル工事の工期は「10年」ではなく、当初から数えれば「16年」となっている。
2015年12月にスタートしているから、約9年半たったが、いまだに50%も掘り進んでいない。長野工区も同じような状況であり、何よりも山梨、長野の両工区ともこれから、超難関となる静岡県境を越えての掘削が待ち構えている。
これからが難工事の本番であり、山梨、長野の両工区のトンネル工事が2031年に完了する保証はどこにもない。
■どんなに早くても「2042年」までかかる
しかも静岡工区の場合、山梨、長野の両工区と違って、リニアトンネル本体工事に加えて別の「巨大事業」が必要となる。
大井川にリニアトンネルで発生する湧水を全量戻すための11.4キロという長大な導水路トンネルを建設すること、そして、大型車両用の道路がない山奥での工事なので、トンネル掘削の発生土を搬出するために2つのヤード(作業基地)を結ぶ3.9キロの工事用道路トンネルを建設することである。
余分な2本を含めて6本ものトンネルを静岡工区では掘削しなければならない。それもすべてが大土被りのトンネル工事となる。

となると、南アルプストンネル工事の最難関とされる静岡工区の工事では、最初から、現在の山梨工区の工期「16年」は見ておかなければならない。そうなると、2026年に工事着工しても、どんなに早くても「2042年」までかかることになる。
■「静岡が遅らせている」というシナリオ
さらにトンネル工事が遅れるのは、静岡工区の場合、ほぼすべての準備工事をこれから行わなければならないからだ。濁水処理施設などの大型資機材などの搬入から始まり、作業員宿舎の建設、搬入した濁水処理施設、火薬設備などを配置した3つのヤードをつくらなければならない。
JR東海の金子慎社長(当時)は2020年5月29日の会見で突然、「6月中に静岡工区の準備工事ができなければ、リニアの2027年の開業は難しい」と発言した。
当時、準備工事は3カ月程度とJR東海は見ていた。金子発言は、静岡県が準備工事を認めれば、2027年開業に何とか間に合うという趣旨だった。
もともとの工期は「9年間」であり、2020年6月に準備工事を再開しても、順調に行って2029年に工事完了できるどうかであり、ガイドウェイ設置などでさらに延びる。それなのに、準備工事を再開すれば、2027年開業に間に合うと大騒ぎして、川勝平太知事(当時)の面会を求めた。
JR東海は「いま準備工事に入らなければ、2027年開業は非常に厳しい状況だ。開業に待ったを掛けるのは静岡県の川勝知事である」というシナリオをつくり、2027年開業ができないのは静岡県の反対であるという発表を行った。
■南アルプス工事現場までの道は険しい
川勝知事が金子社長の準備工事の要請を蹴ったことで、マスメディアは静岡県の反対で2027年リニア開業ができなくなったという報道をいまでもしている。

ただ、この騒動をきっかけに、JR東海はすべての準備工事をいまからほぼすべて行わなければならない。南アルプスの工事現場に行くのには、静岡市井川地区の外れにある沼平ゲートから静岡市管理の27.3キロの東俣林道に入る。東俣林道は脱輪しそうな崖沿いの狭隘な道路が続いている。
椹島ヤード、千石ヤードは東俣林道沿いにあるが、西俣ヤードは林道終点からさらに奥深くの西俣川沿いの特種東海製紙関連企業の私道・西俣管理道路を使う。西俣管理道路は、東俣林道よりさらに脆弱な状態で未舗装のでこぼこの道路である。
■度重なる災害で道路はズタズタ
2019年10月11日から12日かけて、台風19号が東日本に記録的な大被害をもたらし、東俣林道は2カ所で大崩落、30カ所以上で斜面崩壊、落石、土砂流出などに見舞われ、通行止めとなった。西俣管理道路はほぼ全面的に損壊してしまった。
金子社長が準備工事の再開を求めて川勝知事と面談した4日後、再び、豪雨が東俣林道を襲い、路肩欠損や道路冠水、斜面崩壊などで道路閉鎖に追い込まれた。2022年には8月の台風8号、9月の台風14号、15号が立て続けに襲った。その後も台風や大雨、豪雨などで斜面崩壊、路肩崩壊など毎年のように起きて、道路閉鎖に追い込まれている。
現在も、東俣林道には大型車両が入ることができない。当然、本格的に準備工事ができない状況だ。

2026年4月5日、千石ヤード手前の大尻橋(おおけつばし)で大きな岩が崩れて、橋脚と当たり、大型車両は通行止めとなり、復旧の見込みは立っていない。さらに6月26、27日の大雨で、沼平ゲートの近くで路肩欠損が起きて、乗用車しか通行できない。こちらは工事用車両の通行ができず、復旧の見込みどころか、まだ被害調査も行われていない。
この2カ所だけでなく、数多くの場所で路肩欠損が起き、落石注意個所も多い。当然、3カ月で準備工事は終わらせるのは難しいだろう。南アルプスの工事現場は非常に厳しい環境にあり、いくら着工許可が出ても、そう簡単にはいかない。
■工事費が膨れ上がる中、開業時期は…
丹羽俊介社長は、2025年10月29日、品川、名古屋間の総工事費を概算で11兆円とする発表を行った。2010年当時、5兆4300億円だったから、2倍以上に総工事費が膨れ上がったことになる。
その際、「2035年」を開業時期として便宜上、仮置きした。静岡工区の工事が始まった時点で、あらためて開業時期を発表するとしていた。
いま振り返れば、2027年開業はJR東海の単なる目標に過ぎなかった。政府から3兆円の特別の財政投融資を受けたことで、絶対に守る開業年となってしまった。

開業遅れの原因としていた静岡県で、ようやく着工の見通しがたった。さて次回は、ぜひ南アルプスの現実に即した開業時期を発表すべきである。

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小林 一哉(こばやし・かずや)

ジャーナリスト

ウェブ静岡経済新聞、雑誌静岡人編集長。リニアなど主に静岡県の問題を追っている。著書に『食考 浜名湖の恵み』『静岡県で大往生しよう』『ふじの国の修行僧』(いずれも静岡新聞社)、『世界でいちばん良い医者で出会う「患者学」』(河出書房新社)、『家康、真骨頂 狸おやじのすすめ』(平凡社)、『知事失格 リニアを遅らせた川勝平太「命の水」の嘘』(飛鳥新社)などがある。

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(ジャーナリスト 小林 一哉)
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