※本稿は、沼賀美奈子『昔ばなしの魔法』(青春出版社)の一部を再編集したものです。
■「完璧な親」の呪いから解放される
現代の子育ては、「やることリスト」が無限です。英語、プログラミング、体操、音楽、そして受験対策。
情報を集めれば集めるほど「これも必要かも」「あれも遅れているかも」が増えていきます。
でも、親を一番苦しめているのは、やることの多さではありません。
実は「ちゃんとしなきゃ」「私がやらなきゃ」という、目に見えない責任感。
それが、親の心を一番重くしているのです。
子育てで一番重い荷物は、実はこの「責任」なのだと思います。
しかも厄介なのは、それが愛情から生まれていることです。
わが子を守りたい。
困った顔を見たくない。
できるだけ楽に生きてほしい。
そう思うからこそ、親は全部を背負い込みやすい。
でも、ここで一度、思い出してほしいのです。
本来、子育ては親一人の仕事ではありませんでした。
昔は、祖父母がいて、近所の大人がいて、先生がいて、みんなで子どもを育てる共同体がありました。親が日々の暮らしを回し、その周りの大人たちが、少し引いた場所から子どもを見守っていたのです。多様なものの見方が身につく環境があったのです。
現代では、その役割の一部を、先生や保育者、図書館の司書さん、ボランティアのお話会の方々が担っています。
子どもは、親一人の価値観だけで育つのではありません。
いろいろな大人のまなざしに触れながら、
「世界には自分を迎えてくれる場所がいくつもある」
と、知っていきます。
昔ばなしは、その失われかけた共同体の一部を、家の中に取り戻してくれます。
昔ばなしには、何百年も語り継がれてきた人間の知恵が染み込んでいます。
親が全部を説明しなくてもいい。
親が全部を教え込まなくてもいい。
昔ばなしが、子どもの心に必要なことを、少しずつ手渡してくれるからです。
■子育てが楽になる自分への言葉
もちろん、ごはんを作る、おむつを替える、着替えをさせる、送り迎えする、トイレットトレーニングをするなどの行為は必要です。
私も毎日子どもの3つのお尻を拭いていた時期は「小人が出てきて代わってくれ!」と思っていましたが、昔ばなしはこうした作業の代理はしてくれませんでした。
でも、失敗してもまた立ち上がる力や、人の気持ちを想像する力、何があっても大丈夫と思える心の土台まで、親一人で全部育てようとしなくていい。そういう、目には見えにくい子育ての大切なところの一部は、昔ばなしに任せていいのです。
寝る前5分、昔ばなしを読む。
それだけで、
「この子の頭と心は、今日も少し育っている」
と思っていい。
この許可を自分に出せたとき、子育てはとても楽になります。
■多忙な母の子育てを救った言葉
学生時代の恩師が、こう言ってくれていたのです。
「お話さえ聞かせておけば、子どもはちゃんと育つよ」
私は、その言葉に救われました。
どんなに余裕がなくても、どんなに心が荒れていても、寝る前のほんの5分だけ、子どもたちの体温を感じながら昔ばなしを語る。
子どもたちにやさしい言葉もかけられず、怒ってばかりだった日々。
「今日もお話を聞かせることができた」という事実だけが、不完全な私の、唯一の免罪符でした。
すると、どうでしょう。
昔ばなしを浴びるように聞いて育った3人の子どもたちは、自ら育っていきました。長女と長男は希望していた御三家の中学へ入学し、長女はその後、東京大学へ進みました。
でも、それよりもずっとうれしかったのは別のことです。
自分の頭で考えて動く力、人の痛みに気づける想像力、壁にぶつかっても諦めない粘り強さ。
そういう人として生きていく力が、3人それぞれの中に育っていったことです。
■子どもには、子どもの育ちたい形がある
ここで、私が大切にしている考え方を一つお伝えしたいと思います。
私の恩師の庭に、もみの木がありました。
きれいな三角の形に育っていたその木の先端を、庭師が切ってしまったのです。
恩師はそれを見て「生きているものには、自分がどう育ちたいか、という意思がちゃんと息づいているんだな」と思ったとよく語ってくれました。
子どもも、私たちもこれと同じです。
誰もが外から無理に形を与えなくても、内側から「自分はこう育ちたい」と伸びていく力を持っているのです。
大人から見ると、子どもは遠回りしているように見えたり、思うように育っていないように見えたりすることがあるかもしれません。
けれど子どもの中には、その子なりに「こうありたい」という意思がちゃんと息づいている。
昔ばなしは、「こうしなさい」と説教せず、子どもの内側にある意思を尊重して、応援してくれます。
■気遣いができるほど比較してしまう
他人の子と比較し始めたら、子育ては苦しい。
できれば人と比べたくない。
でも、気づくと比べている。
そんなとき、次のことを思い出してください。
比較すること自体は、人間としてとても自然だということです。
心理学では、人は自分がどこにいるか確認するために、どうしても他人と比べてしまう生き物だと言われています。
特に空気を読んで気遣いができる人ほどそうなります。
だから「比べちゃダメ」「気にしないようにしよう」と自分に言い聞かせても、うまくいきません。しょうがない。
むしろ抑えようとするほど、比べてしまいます。
■比較に苦しむ処方箋に「花咲かじいさん」
問題は、比較そのものではなく、比較の仕方です。
「あの子はできるのに、うちの子は……」
そこで親は考えてしまいます。
「同じ習い事をすれば追いつくかも」
「同じ教材を使えば結果が出るはず」
でも、そうして成果だけを見て焦ると、親の不安は子どもに伝わります。
すると子どもは、「自分はダメな存在なんだ」というメッセージだけを受け取ってしまう。
そうして、自己肯定感がむしばまれていきます。
さらに厄介なのは、比較が子ども同士の関係を壊すこと。
比較対象にされた子への嫉妬、怒り、敵意が生まれます。
だから、比較が苦しいときの処方箋として、私は「花咲かじいさん」をおすすめします。
「花咲かじいさん」は、日本の昔ばなしに多い「隣の爺型」という比較で不幸になる話の代表例です。
宝を得た隣の爺さんがうらやましくて、うまくいった結果だけを真似る。
同じ道具を使い、同じ行動をなぞる。
けれど、結果は真逆になる。
この話は、比較がもたらす末路を、とてもわかりやすく描いています。
「花咲かじいさん」が教えているのは比較するな、ではありません。学ぶ必要があるのは、「あり方を観察し、やり方を学べ」という姿勢です。
「表面を真似るな」
「根っこを見ろ」
成果は行動だけで決まるものではありません。
■親が自分に問い直すべき言葉
安心感や信頼関係、環境、自己効力感。
これらの見えない土台があって、初めて結果が出る。
たとえば、学力が高い子がいたとします。
その子がどんな意識を持って勉強をしているのか。
どんな大人に、どう支えられているのか。
安心できる居場所があるのか。
そこを見ずに、結果だけを比較し、教材だけを真似ても、うまくいかないのは当然です。
比較は、子どもを伸ばすための道具にもなります。つい比べちゃうのも、羨ましいのも、妬ましいのも、仕方ない。観察してあり方を見たらやれることもある。
「花咲かじいさん」は、親にこう問いかけています。
「あなたは、結果を見ているのか? それとも、あり方を見ているのか?」
比較が苦しくなったら、この問いに戻ってきてください。
それだけで、親も子も、少しだけ楽になるでしょう。
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沼賀 美奈子(ぬまが・みなこ)
昔ばなし研究者、大学講師
忙しい毎日の中で、研究とITベンチャー共同経営、3児の育児を両立させてきた実体験から、寝る前の5分、昔ばなしを読み聞かせることが「親子の救い」になることを発見。時代に流されない昔ばなしの知恵を子育てに生かす活動を行っている。白百合女子大学大学院で児童文学を専攻、昔ばなし研究の第一人者・小澤俊夫氏に師事。小澤昔ばなし研究所に所属し、昔ばなしの研究を行う。昔ばなしを聞かせ続けた子どもたちは、難関中学や東京大学へ合格。著書に絵本『じゅうにしのはじまり』(世界文化社)等。
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(昔ばなし研究者、大学講師 沼賀 美奈子)

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