■5世帯に1世帯は回答していない現状
日本という国は自分自身の「実像」すら把握できなくなっているのか。5月末に速報が公表された「国勢調査」の話である。
実態が分からなければ、課題も正確には把握できず、調査に基づいて実施される様々な政策が的外れになりかねない。何が問題か。
2025年10月1日時点の実態把握を目的に実施された「2025年国勢調査」の解答率が、郵送とインターネットを合わせて80.7%に過ぎなかったのだ。前回の2020年の調査に比べて、インターネットでの回答は増加したものの、このままいくと、郵送や調査員による回収を合わせた最終回答率は前回の83.7%を下回る見込みだ。
「国勢調査」と言うと、全国民を対象にした全数調査で、これによって国の実態が明らかになっていると思いがちだ。ところが、5世帯に1世帯は回答していないとなると、印象が変わってくる。統計学的には「推計」をするには十分な母数があるとされるが、それはあくまで推計値を求める話である。
戸籍制度が存在し、住民登録が義務付けられているうえ、各自治体の情報システムの標準化・共通化を国の重点施策として進めてきた。マイナンバーカードはともかく、マイナンバー自体は全国民に付与されている。これだけデジタル化が進む中で、わざわざ国勢調査を行わなくても人口や世帯数、世帯人数、婚姻関係、子どもの数など大半のデータを集計するのは簡単にできそうに思える。
■政府が進める「自治体情報システム標準化」
2021年にデジタル庁が新設されて以降、政府は「自治体情報システム標準化」の推進を最大の課題にしてきた。住民記録や税、福祉などの基幹業務システムを国が定める標準仕様へ統一し、ガバメントクラウド上で共通化することを狙い、原則として2026年3月までに移行を終える予定だった。
これができれば、国全体の住民データなどを集計することができるはずだった。
ところが、この標準化作業が思うように進んでいないのだ。デジタル庁の公表資料によると、3万4592ある自治体システムのうち、2026年1月末時点で標準化システムに移行を完了したのは1万3283システムで、全体の38.4%に過ぎない。
IT事業者不足などで、システム開発や移行作業が遅れている場合、「特定移行支援システム」という例外措置を設定、「おおむね5年以内」に移行させることを目指している。全体の4分の1を上回る自治体システムがこれに該当すると見られている。また、システムの一部機能が標準化できない場合についても、2029年3月末までに標準化システムに適合させるように求めている。
■住民基本台帳は正確とはいえない
自治体のデータが標準化システムによって全体集計できるようになるには、まだ10年はかかると見ておいていいだろう。つまり、デジタル庁が想定するペースで行っても、次回、2030年の国勢調査に標準化システムが威力を発揮することはないということになる。
もっとも、現在でも自治体が持つ「住民基本台帳」などの情報は国勢調査でも使われることになっている。国勢調査は全世帯に調査票が配布され、郵送やインターネットなどで回答を集めている。回収できない世帯については担当の調査員が訪問して督促することになっている。
ルールでは、回答が得られない場合には調査員が周辺住民らに聞き取り、家族構成や職業の有無などの情報を調べて代理で記入することになっている。
そのうえで、「聞き取り」でも確認できない場合は、役所の「住民基本台帳」などのデータを転載して調査を終えることになっているのだ。最後の最後に自治体データの活用が出てくるわけだ。
ところが、この自治体のデータそのものも問題をはらんでいる。住民基本台帳が必ずしも正確とは言えないのだ。引っ越しをしても住民票を移さない人が少なくないためだ。かつて報じられた例では福岡市の2020年10月の人口が国勢調査では161万2000人だったのに対して、住民基本台帳では156万1000人と5万人以上の開きがあった。全数調査の実態からかけ離れた国勢調査と、正確性に疑問符が付く住民基本台帳のどちらの数が真実なのか、あるいは実態に近いのか。
■港区や新宿区の就業状態は「不詳」が4割
国勢調査の「全数調査」という「建前」は瓦解寸前だ。本人からの回答を得られない場合、「聞き取り」に頼ることになるが、調査員が周辺住民らに聞いても、家族構成や職業などは簡単には分からない。かつては町内会があり、町の顔役的な人が存在していて、町内会の住民相互の情報を掴んでいるケースもあった。だが、そうしたコミュニティが壊れて久しい。町内会では個人情報の保護を理由に名簿の作成をやめているところが多い。

特に都会のマンションなどでは隣に住んでいる人の家族構成すら知らない人が増えた。「向こう三軒両隣」と言われたご近所付き合いはほぼほぼ存在しない。つまり、「聞き取り」に出向いても情報は得られないのだ。日本経済新聞によると、2020年の調査で、東京都港区や新宿区の「就業状態」が「不祥」というデータが4割を占めたほか、「配偶者の有無」が「不祥」という割合も2割を超えたという。
国勢調査は1920年(大正9年)に始められ、ほぼ5年に1回実施されてきた。すでに100年の歴史を持つ。かつては有効だった調査方法がもはや機能しなくなっているのである。
■どうすればより正確に把握できるか
調査方法の見直しも進んでいる。2015年に導入されたインターネットによる回答率は47.3%と2020年の調査から9.4ポイント上昇。郵送による回答を初めて上回った。IDやパスワードを手入力しなくて済むQRコードを送付するようにしたことで、一気に回答率が上がった。それでも全体の回答率は8割にとどまった。
日経新聞は英国を例に挙げ、「オンライン主体の調査に切り替え、反応のない世帯は郵送や対面でフォローアップする。直近21年の回答率は97%に達した」と報じている。
どうやって自分たちの「国のかたち」を知るために、人口などの基本情報をより正確に把握するのか。住民票のデータや所得・納税情報、職業、医療や年金、介護などの社会福祉データを一元的に把握できるシステムができあがれば、膨大な時間と費用をかけて国勢調査を行わなくても、「国のかたち」が見えてくるに違いない。
■国勢調査の人口データが与える影響
国勢調査の人口データは様々な政策に影響を与える。端的な例が有権者数をベースに調整される国政選挙の選挙区割などだ。裁判所も1票の格差を判定する際に国勢調査の人口を使う。小さな選挙になれば、人口データの誤差によって選挙区割などに影響が出ないとも限らない。
また、前述の「配偶者の有無」や高齢者が「独居」なのか「家族」がいるのかといった情報は、福祉政策を大きく左右しかねない。都市部の集合住宅での孤独死などが大きな社会問題になっているが、都心部ほど家族状況の情報が取りにくい現状では、適切なサポートを実施することができなくなる恐れもある。
国勢調査を担当している官僚からすれば、どうやって国勢調査の精度を上げるかが大きな課題だと考えるに違いない。マイナンバーを活用して国民の様々な情報を一元管理するようになれば、国勢調査をやらずとも国のかたちは現在以上に正確に把握できるはずだ。

国勢調査を「調査」としてやらなくても、国のかたちが把握できる仕組みを早急に整えるべきだろう。「情報」を一元管理することが国民の利便性を高めることに繋がるなら、国民も住民登録など自身の正確な情報を提供しようと考えるに違いない。

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磯山 友幸(いそやま・ともゆき)

経済ジャーナリスト

千葉商科大学教授。1962年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、「日経ビジネス」副編集長・編集委員などを務め、2011年に退社、独立。著書に『国際会計基準戦争 完結編』(日経BP社)、共著に『株主の反乱』(日本経済新聞社)などがある。

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(経済ジャーナリスト 磯山 友幸)
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