※本稿は、黒川伊保子『AIのトリセツ』(扶桑社新書)の一部を再編集したものです。
■AIができるのは知識の生成演算だけ
人間の脳の側から、AIの正体を見極めてみよう。
人間の脳には、3つの特質すべき機能がある。
①この世の事象、あるいは脳が感知する概念を記号化することができる
この世の森羅万象から、さまざまな事象を切り出し、概念で括りだし、ことばや数字、記号や図形のような「共通認識可能なサイン」で表すことができる。音や色や素材感、イメージや気分、量子や宇宙のような見えないものまでも。
②記号化した知識を演算することができる
ことばや音、色や形や動きなどのエレメントを演算して、表現を生成することができる。
③演算結果を、味わい、腹に落として、意思決定することができる
AIが代替できるのは、②の知識の生成演算にしか過ぎない。
それなのに、人間の知能を完全代替しているように見えたり、人間の存在意義を脅かすかのように思われたりするのは、人類が長らく、知識の生成演算を重要視しすぎてきたからではないだろうか。
実際、これまでは、主観を排除した客観性知識だけが学術領域で認められ、プロのアウトプットとして、対価を生んできたのである。
■「仕事ができるプログラマ」を決める要素
でも実際には、人間のプロは、自らの表現生成工程において、ちゃんと身体感覚に根ざした勘を使ってきた。
決められた規定にのっとって論理的プログラムを書く20世紀のコンピュータ・プログラマだって、勘とセンスのいい人とそうでない人では、まったく違うコードを書いたのである。
「たしかにこれで動くけど、なんだかすっきりしないなぁ。このループをこうしたら、全体がすっきりしない?」「この操作、ユーザのミスを誘うよね。手順Aと手順Bが似すぎてる」的な発想ができる人とできない人で、圧倒的に差があったのである。
お気づきだろうか。「なんだかすっきりしない」「手順が似すぎてる」は、身体感覚に根ざした勘である。これは、どの分野だって同じだろう。プロは、客観性の高い知識生成演算と勘を同時に働かせてきたのである。
■身体感覚のないAIには限界がある
AIが学習して得たことばの壮大な関係図には、既に言語化されたプロの勘も含まれている。だから一見、プロの知能を代替しているように見えることもあるけれど、本質的にはけっしてそうじゃない。
AIは優秀な一般論的プランを山ほど提案できるけど、身体感覚のないAIには、「今という時代、この案件、この人、この場所、この気分、この商品、この匂い、この味、この感触、この動き」に寄り添って、クライアントの心や事情にフィットした答えかどうかを吟味するすべがない。
20世紀、プログラマの仕事は量で評価された。何行書いたからいくら、何時間働いたからいくら、のように。しかしながら、同じ機能を1万行で書くプログラマと、8千行で書くプログラマがいたら、絶対に後者のほうが優秀である。プログラムの抽象度が高いので、テスト項目数が少なくて済むし、メンテナンスが楽だし、改造にも耐えられる。当然、バグも少ない。
■ブルーカラーが再評価される時代
ダラダラ残業して、贅肉の多いプログラムを書くプログラマのほうが実入りが良かったあの時代。AI開発の現場にいて、知能とは何かを追究していた私には、人間の脳が蹂躙されている気がした。
知能とは、知識生成演算+身体性に基づく勘で発揮するものなのに、生成物だけで評価される(すなわち知識生成演算だけが人間の知能だと思われている)ホワイトカラーの人たちは、人工知能が登場したら、尊厳を奪われる気がして意気消沈してしまうに違いない、と。――そして、それがまさに今、起こっているのである。
これに対して、身体を動かして成果を出すブルーカラーは、従来、身体性に基づく勘が評価されてきた職種である。AIの登場によっても、人間の価値は変わらない。
■人生を豊かにする「ゴールデンカラー」に
身体と心を動かして、人のいのちや暮らしを支える仕事、農業や工業、福祉・教育・医療の仕事は、本来、やりがいのある仕事のはず。高収入で、時間に余裕のある働き方ができるのなら、選びたい人も増えるのではないだろうか。というか、そうならなければ、人類は、労働の歓びを手放すことになってしまう。
私たちの脳には、「身体を動かし、人と関わり、成果を手にしたい」という本能がある。とりもなおさず、よりよい生殖と生存の基本だからだ。「好きなだけソファでダラダラして過ごしていい」と言われても、そんなのが嬉しいのは最初の半日だけ。なんでもAIがやってくれるから遊んで暮らせばいいと言われても、人間は幸せじゃない。労働の歓びは、人類からけっして消せない。
AIによって経済構造が変わり、ブルーカラーの仕事により多くの資本が投入され、高収入と時間の余裕、快適環境が実現されれば、ブルーカラーの仕事は、労働の歓びひいては人生の歓びをもたらす営みの一つとして、人々の敬意を集めるだろう。
■ホワイトカラーもまだまだ負けていない
とはいえ、ホワイトカラー(ビジュアル・音楽・コンテンツなどのクリエイターも含む)の仕事も、簡単にAIにとって代わられるようなものではない。人類が、「とって代わられるところ」を過大評価し続けてきただけの話。
今や、AIは、人間のプロをはるかに凌駕した知識生成演算をして、有効な提案をしてくる。イラストも描き、楽曲も提供してくれる。その提案をそのまま採用できることも山ほどある。それでも、人間のプロを超えたわけでも、人間のプロが要らなくなるわけでもない。
人間のプロの知識演算は、単なる知識の組合せだけではなく、身体と心を動かしてきた結果、手に入れた勘をベースに行われているもので、AIのそれとは本質的に違うものなのだ。今こそ、すべてのプロである人たちは、それを自覚してほしい。
■AI時代だからこそ士業の仕事が増える
AIの出力結果がどんなに優れていても、それで尊厳を傷つけられる必要は一切ない。その出力結果を「いいね」と腹落ちできることこそに意味があり、本来、クライアントは、そこに対価を払うべきだったのである。
社会がそのことに気づくことに、そう時間は要らないと思う。実際、士業の先生たちも、AIに仕事を奪われていると思いきや、「AIに聞いてみたら、こう言うんですけど、どうでしょうか」という案件が増えているという。
■AIの波に乗って、AIを手下に使う
そう、実は、AIにどんな質問をするかも大事な要件なのである。素人がぼんやりした質問をする(指示を出す)から、世界観が歪んでしまう。
AIを使うなら、AIに的確な指示を投げること、AIの回答を腹に落としてやることの二つのセンスが不可欠である。従来、プロたちは、①的確な命題設定、②知識生成、③腹落ち、の3フェーズをやってのけてきた。今こそ、①と③をしっかりアピールして、対価にする時である。
AIに呑み込まれつつある職種では、逆にAIの波に乗るべきだ。AIは、プロ(勘が働く者)にとっては知能に違いないが、そうでない者にとっては「未完の知能」である。このことをきちんと市場に知らしめて、自らの存在価値を示していく必要がある。そして、自らの勘どころをしっかり対価に替えつつ、自分は思う存分、AIを手下に使えばいい。
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黒川 伊保子(くろかわ・いほこ)
脳科学・AI研究者
1959年、長野県生まれ。
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(脳科学・AI研究者 黒川 伊保子)

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