中国BYDは、今年7月28日に軽自動車「BYD RACCO(ビーワイディー ラッコ)」を日本で発売する。小沢コージさんは「これまで軽自動車は日本車の独壇場だったが、ラッコのスペックは申し分なく、価格次第では軽自動車市場に風穴を開けるかもしれない」という――。

■BYDによる「N-BOXの電気自動車版」の真価
先日、注目の詳細がスクープされました。真夏のど真ん中、7月28日の国内発売が決定した超戦略的EV、BYD RACCO(ラッコ)です。そう、噂の中国から攻めてくる世界初の軽スーパーハイトワゴンの黒船EVです。長澤まさみさんのブランドCMに続き、これまた人気女優の広瀬アリスさんを使った新CM動画にもびっくり。いまだかつてない力の入れっぷりです。
ご存知BYDは、2003年に自動車産業に参入した中国の新興電動車メーカーで、2025年には北米テスラを抜き、バッテリーEVだけで225万台も販売。世界最多のBEVメーカーとなりました。今や中国はもちろん南米、欧州、ASEANなどでも結構な数のBEVやPHEVを売っているわけです。
ところがEVが奮わない日本ではまだまだ。2023年1月に初上陸し、同年はBYD全体で1446台、24年は2217台、25年は3742台。一見、前年比1.5倍超えの右肩上がりペースですが、それでもトヨタカローラが1カ月で売る国内販売の半分以下。EV不人気とはいえ、ぶっちゃけもっと売りたいはずなのです。

それもあって登場したのが昨年のジャパンモビリティショーでプロトタイプが一般公開された新型車ラッコ。最大の注目点は、ほぼ日本専用の両側スライドドア付き軽スーパーハイトワゴンのBEVであることです。
簡単に言っちゃうと日本で一番売れるホンダN-BOXの電気自動車版とも言えるでしょう。
このジャンルは開発費の割に儲からず、かつ販価も高くなるのでEV化が進んでいません。その隙を付いて、BYDが一足先に新電動マーケットを奪ってしまおうという大胆戦略です。
■販売目標は「26年末までに1万台」
実車のラッコをみればわかりますが、まさにN-BOXやスズキスペーシアのような、幅より高さがある背高箱型フォルムで、顔はシンプルなLEDライトですっきり。サイズは全長×全幅×全高×ホイールベースが3,395×1,475×1,800×2,520mmと、ほぼ全くホンダN-BOXと同じ。
プレス精度も高く、インテリアは窓越しに確認したレベルですがマテリアル質感も高い。アジアな生産を匂わせる雑なディテールはありません。
加えて、今回のスクープで明らかになったのは、以下の驚きの充実戦略です。
● 全車両側電動スライドドア、10.1インチタッチスクリーン付

● 航続距離は210km、320kmの2種

● グレードは搭載電池量、装備内容などに応じて「200」「300Plus」「300Premium」の3種

● シートはファブリックと合皮が選べる

● 日本車にはないBYDならではの幼児置き去り検知機能も搭載可

● 販売店はラッコ発売日までに全国80店舗に増加する

などです。
中でも小沢が驚いたのは「26年末までに受注1万台」という強気な販売目標です。
というのも今現在、BYDは日本で年間4000台弱しか売れないのです。しかもATTO3、ドルフィン、シール、シーライオンと複数車種を揃えていながら。
お手軽な軽自動車はまだないとはいえ、コンパクトSUVのドルフィンは他の国産EVに比べて破格に安い300万円以下から。それだけ魅力的な価格設定をもってして販売4000台以下なのに、いきなりラッコ単独で目標1万台、それもわずか約半年で、です。なんという意気込みなのでしょうか。
■軽自動車は日本のガラパゴスだったのに
同時に小沢がラッコで驚いたのは、プラットフォームからほぼ完全新作な点です。そもそも日本の軽規格はサイズから重量まで特殊であり、骨格はもちろんエンジンも事実上の専用設計でした。ラッコはBEVなのでモーターやバッテリーは既存コンパクトカー用を流用できるかもしれませんが、ボディやシート、インパネ、ドア回りはほぼイチから開発する必要があります。
よって海外メーカーでこのジャンル(=軽)に参入できるのは、一時の2人乗り超マイクロカー、スマートフォーツーぐらいであり、事実上皆無だったのです。
なぜなら大抵のクルマは少なくとも年間10万台は売らないと元が取れません。まさしくマスプロダクトなのです。だから今の新型車はほとんどが世界戦略車で広く沢山売るわけですし、狭い日本マーケット用に新規車種を開発できるのは、一定の販売が見込めるトヨタやホンダ、スズキなど国産ブランドのみ。

これまで日本に入ってきたどんなに大きなメーカー、例えばドイツのVW、メルセデスベンツ、BMWアウディ、アメリカのGM、フォードやラテンのプジョーやシトロエンなどでも日本専用車を作るのは無理でした。
というかタダでさえ儲からない日本専用コンパクトカーを、少量生産して売ることなど誰も思い付かないのです。そもそも作る前からビジネスとして成立してないのですから。
■BYD創業者が本気になったワケ
ところがBYDは、今後ラッコを一部ワイドボディ化して中国やASEANで売る可能性も考えているのでしょうか、イチから新規開発しています。かつてない「軽スーパーハイトEV」ということだけでなく、かつてない「日本専用開発の輸入車」なのです。
小沢がBYDの日本人エンジニアを直撃したところ「プラットフォームは専用開発」「フロアは驚くほど低い」との言質を得ました。バッテリーやモーターは共用の可能性ありですが、やはり手間は相当かかっています。並大抵のプロジェクトではありません。
小沢は当初、ラッコは売れて年間5000台前後と読みました。それが半年で1万台でも驚きではありますが、それが実現し27年に年間2万台、28年も同程度売って、その後もプラットフォームを改良しつつ、日本でラッコシリーズを売り続ければ10年で累計10万台は見込めるかもしれません。
ただそれでも利益が潤沢に出るとはとても思えませんし、そもそも「偉大なる水商売」と言われる自動車ビジネス。予定通りに売れることは少なく、みな保険をかけまくって新型車を開発するわけです。

そんな中、BYDラッコは異例中の異例とも言うべきチャレンジングな日本専用開発EVであり、今までの輸入車ブランドとは狙いや野心レベルが全く違います。
聞けばBYDのカリスマ創業者、王伝福(ワン・チュアンフー)氏は日本のモビリティショーに視察に来て、路上の軽自動車に驚き、BYDオリジナル軽EVの開発にGOサインを出したと言います。もしや損得抜きで、プライドをかけて日本を驚かす物作りをしているのかもしれません。
■最大のキモは価格
ラッコの成否を握るキーは、クオリティや販売ネットワーク以上に価格となります。ご存知の通り、軽EVは少なくとも20kWh以上の高価なリチウムイオン電池を積まねば勝負にならず、実際ラッコは容量の小さい方で22.4kWh、大きい方で35.84kWhも積んでいます。となると既存軽EVの日産サクラやホンダN-ONE e:から想像する限り、車両本体価格で300万円に迫るはずです。電池代がより嵩むからです。
国産EVの場合、軽ならば現在58万円の補助金が見込めてサクラの場合は200万円ちょいで買えますが、BYDは中国産なので補助金がほとんど見込めません。実績では1台あたり良くて15万円かそれ以下でしょう。
要するにラッコはほぼ補助金抜きで、補助金アリの国産軽EVに対抗しなければなりません。なので、「300Plus」というグレードで250万円以下、一充電走行距離200kmの「200」で200万円前後を達成しないと勝負にならないのです
つまりほとんど限界に近い安さが求められるのです。もともと衝撃のロープライス戦略で有名なBYDではありますが、ラッコは今まで以上に日本車ではあり得ない激安価格で攻めてくるはずです。
事実、最近まで実車プレゼント付きの「価格当てキャンペーン」までやっていました。
■「中国車だから…」が覆る可能性も
さらなる難敵はナショナリズムであり嫌中マインドです。小沢がYouTubeで中国車や韓国EVを載せると、人気の有る無しにかかわらず200から300のコメントが上がります。中には好意的なものもありますが、ほとんどはネガティブです。「誰が買うんですかね」「売れるかな」はいい方で、「なんぼ安くても中華BEVは信用できん」「火災の原因に金銭を払うって 放火魔かよ」などなど言いたい放題。
もちろんほとんどは買わない方々の思いつきコメントでしょう。でもそういう声が販売に響く可能性を決して否定はできません。それもあってBYD全体の販売に火が付いていないとも考えられます。
ただし、このラッコに関しては今までのBYDラインナップから切り離して見てもいいのかもしれません。価格帯、商品カテゴリーが違い過ぎますし、なによりも”庶民の足”たる軽自動車だからです。
クルマに平気で500万円以上かけ、「愛車」としてプレミアム国産車や輸入車を求める方々は、クルマの出自や生い立ちにこだわりますが、実質200万円前後で足としての軽を求めるお客は、単純に「日用品」としての移動手段を求めます。服で言えば、オシャレなよそいきのスーツやお気に入りのワンピースではなく、毎日着るTシャツやパンツのようなもの。
もちろんよいモノを求めはしますが、自己主張や見映えはなくていいのです。
実車をチェックし、普通によくできていると感じ、走る事を確認すれば、あとは価格あるのみ。安くて良ければ買うのです。今までのBYDユーザーとラッコユーザーは客層が根本的に違うのです。
事実、BYDラッコに関しては「自分自身が乗るクルマ」という以上に「両親用に買おうか」とか「近所しか乗らない家族用に」という声も多く聞こえてきます。軽スーパーハイトにはそういう需要が多いのです。
ラッコを今までのBYDの完全電動SUVと同じように考えていたら見誤ってしまうかもしれません。価格とイメージ戦略によっては予想以上の成功を収める可能性アリです。

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小沢 コージ(おざわ・こーじ)

自動車ライター

1966(昭和41)年神奈川県生まれ。青山学院大学卒業後、本田技研工業に就職。退社後「NAVI」編集部を経て、フリーに。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。主な著書に『クルマ界のすごい12人』(新潮新書)、『車の運転が怖い人のためのドライブ上達読本』(宝島社)など。愛車はホンダN-BOX、キャンピングカーナッツRVなど。現在YouTube「KozziTV」も週3~4本配信中。

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(自動車ライター 小沢 コージ)
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