※本稿は、小川真由『経済の現場から統計データで見るインフレ日本の安い賃金 誰かの犠牲に支えられた「サービス過剰」を終わらせよう』(日経BP)の一部を再編集したものです。
■日本人の給与はG7の中で最下位
日本人の給与は安い! とよくいわれますが、具体的に把握している人はどれくらいいるでしょうか?
まずは統計的な事実を見ていきましょう。
OECD(経済協力開発機構)によれば、日本の平均給与は2024年時点で5万ドル弱と公表されています。OECDはいわゆる先進国と呼ばれる国々で構成されていますが、その加盟国38カ国の中で25番目、米国やドイツなど主要先進国(G7)の中では最下位と、かなり低い水準です(図表1)。
1990年代にはOECDで15位以内だったので、じりじりと順位が低下しているのが日本の現在地です。
つまり、私たちの給与は、よく知られているように、先進国としてはかなり低いのです!
失われた30年といわれ停滞が続く中で、日本人の給与水準は徐々に国際的な立ち位置を低下させてきました。「このままでは日本は先進国ではなくなってしまうのではないか?」と危惧する声も聞きますが、それも道理ですね。
■1997年のピーク時に未だに戻れない男性労働者の平均給与
なぜ、日本人の給与はここまで安くなってしまったのでしょうか?
その背景には、バブル崩壊以降の日本では安い労働者ばかりが求められ、労働者もそれに応えてきた事実があります。
それがよくわかるのが、男性労働者の平均給与です。図表2─を見ると、男性労働者の給与水準の伸び悩みが見てとれます。
時系列で見ると、日本の男性労働者の平均給与はおよそどの年齢階層でも1997年をピークにしていったん減少し、リーマンショックの影響の大きかった2009年ごろを底にして緩やかに上昇に転じていることが確認できます。ですが、2023年になっても、20代以外は1997年のピーク値にすら戻っていません。
つまり、日本の現役の男性労働者は、一時期よりも低所得化している状態が長く続いてきたわけです。他の先進国では上昇が続いたことを考えると、日本だけ異常事態が進行していました。
上の世代がかつてもらっていたよりも給与が低いという実感が、統計的にも裏付けられているのです。
この事実に加え、日本の労働者の構成がどのように変化してきたのかを知ると、日本のビジネスが安い労働力を希求してきた実態が見えてきます。
■「価値の低い仕事」と見なされるパート労働
日本では、現役の男性労働者が減る一方で、女性や高齢の労働者が増えています。その多くがパートタイム労働者として働いているのですが、日本におけるパートタイム労働の対価は低く、雇主(やといぬし)や顧客からすれば「価値の低い仕事」と見なされる傾向があるようです。
順を追ってデータを確認していきましょう。
まずは男性の現役世代、女性の現役世代、高齢世代の区分別に労働者数の推移(図表3)を見ると、女性と高齢労働者が増えてきたことが確認できます。
近年の日本では人口が減っていますが、労働者全体はむしろ2010年ごろから増加傾向で、特に近年は過去最多を更新しています。人口が減って人手不足といわれているのに、労働者が減るどころか増えているのは奇妙な事実です。
ただし、内訳を見ると、そうした事実の背景が見えてきます。現役世代の男性は減少しているのですが、現役世代の女性や高齢世代は増えています。特に高齢世代の労働者の増加は大きく、すでに労働者全体の14%ほどに達しているのです。
たしかに最近は明らかに60歳を過ぎている高齢者が、道路整備や清掃の仕事などで働いている姿を目にすることが増えましたね。製造業でも、平均年齢が60歳以上の企業も少なくありません。80代でも現役の職人がまだまだたくさん活躍しています。
もちろん、やりがいを持って仕事をしている人もいると思いますが、一方で、高齢でも働かざるをえない人が増えているのが実態ではないでしょうか。
■パート労働ばかりが増える日本
次に、フルタイムの一般労働者とパートタイム労働者の数の推移を見ると、日本ではパートタイム労働ばかりが増えてきたことが理解できます。
図表4のグラフを見て明らかなように、日本では一般労働者はほとんど変化していませんが、パートタイム労働者ばかりが大きく増加してきました。1990年代には10%台だったパートタイム労働者の比率は、2010年代から30%を超えているのです。
このグラフからも、現役の男性労働者が減る一方で、女性・高齢者を中心としたパートタイム労働者が増えてきたことが見てとれます。
■日本でのパート労働者の扱い
パートタイム労働者とは、一般の労働者よりも労働時間が短い人を指します。
しかし、日本ではパートタイム労働者の給与水準が極端に低く、顧客や雇主からすれば「価値が低い」と見なされる仕事を引き受ける存在として増えてきました。
労働力の買い手である雇主が、その人の仕事にどれだけの価値を認めているのかを表すのが給与です。具体的に、パートタイム労働者の給与水準が一般労働者と比べてどれだけ低いのかを確認すると歴然とした差があるのです。
年収比較だと労働時間の短いパートタイム労働者の水準が低くなるのは当然ですので、平均時給に着目して就業形態別の賃金差を確認すると、それがよくわかります。
図表5の通り、一般労働者とパートタイム労働者の平均時給には大きな差があります。
さらに、図の「就業形態計」の折れ線グラフからもわかるように、日本の平均時給も、1997年をひとつの山に、その後2010年代半ばまで減少してきました。近年は上昇傾向に転じているものの、2024年になってやっと当時のピーク値を上回った程度です。
そもそも日本の労働者は時間あたりで見ても、給与水準が低下していたのです。
最低賃金の引き上げ等もあり、パートタイム労働者の平均時給は上昇傾向が続いてはいますが、2024年でも一般労働者の半分に満たない水準です。「同一労働同一賃金」といわれてずいぶん経ち、徐々に改善されてはいますが、日本ではこのように働き方によって明らかな待遇の違いがあるのです。
賃金が低いということは、雇主や顧客からすれば「価値が低い」と見なされているという意味でもあります。
端的に書くと、パートタイム労働者の増加は、それだけ日本で、価値が低いとされる仕事が増えてきたことを表しているのです。
■対価が低いうえにカスハラ対応まで…
ところが、実はパートタイム労働者の多いオランダやスイスでは、働き方による時給差はほとんどありません。
図表6を見てください。フルタイム労働者に対するパートタイム労働者の時給比率を国際比較すると、日本だけが極端に低いことがわかります。欧州諸国と日本とでは、パートタイム労働者への対価がこんなにも違うのです!
製造業でも、仕上げ作業や袋詰めなどの定型的な作業ほどパートタイム労働者が多いです。中には神技職人のような方もいるのですが、時給水準は一般社員と比べて歴然とした差があります。
対価の低い仕事が増えるとそれだけで時給全体の平均値が下がりますが、さらに一般労働者に対しても「安価な労働者への置き換え」という圧力がかかります。このような傾向はベンチマーク効果とも呼ばれます。
しかも、なぜか対価の低い仕事ほど、かえって求められる基準が厳しい傾向があるのも日本の特徴です。日本では仕事の対価が低いだけでなく、カスハラなど、労働者にとっての様々なストレスがあるわけですから、労働者のやる気が出なくなるのも道理です。
安いモノやサービスほど、大切に扱われませんね。働く人も「いつでも代わりの利く存在」としてぞんざいに扱われ、さらに雇主や顧客から厳しい目で見られていたら、モチベーションが下がりフラストレーションも溜まります。
もちろん、安くて良いものを提供しようとする努力を否定するわけではありません。ただ、「売り手側が犠牲になってでも、安くて良いモノやサービスを提供する」という考えが、非合理的なほど浸透してしまっているのではないか。読者の皆さんにも、一度、そう疑ってみてほしいのです。
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小川 真由(おがわ・まさよし)
小川製作所 取締役
2002年度 慶応義塾大学理工学部卒業(義塾賞受賞)、2004年度慶應義塾大学大学院理工学研究科前期博士課程修了、富士重工航空宇宙カンパニーに入社し、エンジニアとして航空機開発業務に携わる。2012年より家業(小川製作所)に合流。現在は、職人兼経営者として、医療機器、理化学装置、半導体製造装置などの製缶・溶接・研磨加工、精密機器の製造・供給、機械設計・開発支援の3つの事業を手掛ける。2024年からはNewsPicksのプロピッカーとしても活動中。X(@OgawaSeisakusho)にて、2020年から日本の経済統計グラフを毎日配信中。
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(小川製作所 取締役 小川 真由)

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