高市早苗首相は、いったい何を急いでいるのだろうか。
会期が残り少ない中で提出法案を全て仕上げる、なかでも、衆院でわずか3時間しか審議しなかった皇室典範改正案を、参院でも数時間の審議で成立させようとしている。
だが、その気は全くないのだろう。本気で抵抗しようという野党がないこともあって、改正案の妥当性や整合性などは度外視して、野党の要求も一顧だにせず、戦後初めてとなる皇室典範の本則改正に向けてひた走っている。なぜそこまで急ぐのか。何が狙いなのか。その背景を探ってみた。
■「静謐」だった衆議院本会議場
かれこれ40年、政治取材を続けてきたが、国家の基本的なあり方にも関わる法案が、これほど「静謐」に衆議院を通過した例は記憶にない。侃々諤々、与野党の当代一流の論客が口角泡を飛ばして討論するわけでもないし、ヤジや怒号が飛び交うわけでもない。もちろんつかみ合いや乱闘のような野蛮な騒ぎのかけらさえない。
政党間の駆け引きがもつれて提出が遅れていたとはいえ、会期末まで一週間を残すなかで、わずか3時間の審議、本会議の採決はたったの5分。たしかに「静謐」と呼ぶにふさわしい静かな雰囲気のなかで、「皇室典範改正案」が衆院を通過した。
だが、その改正案の内容は、(1)女性皇族が結婚後も皇族の身分を保持する(ただし女性宮家の創設ではない)(2)戦後皇籍離脱した旧宮家の男系男子の子孫を皇族の養子にし、その男子の子には皇位継承権を与える、という皇室典範の重大な変更であり、国会の外側では、その是非をめぐる大論争が起き始めている。
こちらは静謐どころか、皇室の伝統と憲法論、ジェンダー論や夫婦別姓問題、更には考古学や遺伝子解析論まで登場、賑やかな論戦はいささか場外乱闘気味にもなっている。
■保守ではなく、単なる復古
「これだけ重大な問題なのに、ロクに審議もしないとは野党も情けない。選挙に勝ったことで高市首相は何でも数で押し通せると思っているようだが、こんなやり方はいずれつまずくだろう。マスコミも批判的な論調一色だ。自民党の議員はなぜ黙っているのか。これだけ世論とかけ離れると、この先恐ろしいことが起きるような気がする」
閣僚経験もある自民党OBは、そう不安を口にした。
「だいたい、自民党も日本維新の会も勉強不足の議員ばかりだ。何かというと『2600年の皇室の歴史』だの『神武天皇以来万世一系の皇統』だのという。2600年前、日本列島はまだ弥生時代初期で文字もない時代だ。それは保守主義などではなく、単なる復古主義にすぎない」
『ミカドの肖像』『天皇の影法師』など天皇制に関わる著作を数多く書いている参院議員の猪瀬直樹氏は、男系男子による皇位継承を主張する維新の所属でありながら、その男系男子論には冷ややかだ。改正案が衆院を通過した10日、自らのX(旧ツイッター)に「皇室典範改正では何も解決できない」と投稿した。
猪瀬氏は「『2600年』は歴史的事実としては誤りだ。せいぜい1500年余が常識で、昭和15年に「皇紀2600年式典」をやったあの神がかった感覚ではないか」としたうえで、「明治時代以降の近代皇室の歴史を全く知らずに、仏教のマントラのように『男系男系男系』と唱える現状は、実に腹立たしい」と皮肉っている。
■世論の行方
衆院通過の翌日、新聞各紙は、そろって典範改正問題を大きく取り上げ、全国紙5紙は社説でも取り上げた。
各紙の社説の見出しは、朝日新聞「皇室典範改正 無体な可決 中道の不実」。毎日新聞「典範改正案が衆院通過 男系養子は撤回すべきだ」。読売新聞「皇室典範改正案 根幹変える質疑が3時間とは」。日経新聞「結論ありきの皇室典範改正は理解得られぬ」。そして産経新聞が社説にあたる「主張」で「衆院で可決 改正典範成立へ前進した」である。
産経を除く4紙が、力点の違いはあるが、改正案の内容と、わずか3時間の審議でそれを通過させた与野党の姿勢を批判している。
朝日新聞は「強引な国会運営の責任が政権にあるのは言うまでもない」としながら、中途半端な態度で法案に賛成したと中道改革連合を厳しく批判した。また読売新聞は、「立法府の総意」に含まれない養子の子が皇位継承を持つと言う点が盛り込まれていることについて「あまりに拙速で政府与党と賛成した野党の見識を疑う」「象徴天皇制の根幹を変える改正なのにその子にだけは現行法規定を適用する、との理屈は詭弁(きべん)に過ぎない」となかなかに手厳しい。
毎日新聞は「男系に固執する養子案は時代錯誤だ。
一方、一貫して男系男子による皇位継承と今回の養子案を支持して来た産経新聞は、「成立へ前進したことを歓迎する」としている。
ただ、養子案は愛子さまの皇位継承を妨げるのが狙いだという批判があることを意識してか、「愛子内親王殿下は皇位継承資格をお持ちではないが、その即位を唱える向きが世間の一部にある。これが、秋篠宮皇嗣殿下、悠仁親王殿下から将来の即位を奪う重大事態である点が理解されないまま論じられているのはとても危うい話だ」とわざわざ愛子天皇論に言及し、「『愛子さま天皇』論は、皇室の歴史と伝統、今上陛下の示したお立場に沿っていない」と、国民の間に広がりつつある「愛子天皇待望論」にあえて釘を刺している。
■「国民の総意」には程遠い
大手メディアの多くが批判しているように、旧宮家の男系男子を養子にする案が広く国民の理解を得ているとは到底言えない。
それはマスコミの世論調査からも見て取ることができる。
週明け発表された産経新聞・FNNの合同調査によると、「女性皇族が結婚後も皇族の身分を保持する」ことには賛成が71.0%、反対が16.8%だった。一方、「旧宮家の男系男子を養子として迎える」ことには、賛成が57.2%と半数を超えたものの反対も31.7%にのぼり賛否が割れている。
一方、JNNの調査では、女性皇族の身分保持案の賛成は73%とやはり7割を超えたが、養子案への賛成は41%にとどまり、反対の35%を上回ったものの、やはり大きく賛否が分かれる結果となっている。
またNHKの調査では、今国会で改正すべきかどうか聞いたところ、改正すべきだ38%、その必要はない41%、わからない・無回答が21%という結果だった。
国会での論議が進むにつれて、国民の理解が進むどころか、むしろ迷いが生じている可能性を示唆している。苦労して立法府の総意をまとめ、法案化まで漕ぎつけたのだが、国民の総意としてまとめるには程遠い状況になっているのだ。
■中道は「党内がまとまらないから賛成」
衆院本会議の採決で、党内の反対論を抑えて賛成に回った中道改革連合からは4人の造反者が出た。早稲田夕季副代表、有田芳生氏、神谷裕氏、そして野間健の4氏だ。
いずれも、男系男子にこだわり続けることを批判し、女性天皇の検討も選択肢に入れるべきだとしている。苦渋の決断(小川淳也代表)で賛成した党の方針がやはり国民の理解は得られないという意思表示だ。
「小川代表は『党派的対立を避けるための苦渋の選択だ』と言っていたが、本音は『党内対立を避けたい』ということだ。旧公明と旧立憲でこの問題への考え方は違っている。特に公明党の地方議員は、この20年間、男系男子の継承を求める意見書を自民党と一緒に提出してきた。それが急に反対とは言えない、というのだ。自公連立の感覚が染みついている。それに石井啓一氏が副議長だ。
中道の関係者は、そう指摘した。
■「強硬な男系男子派は自民党議員の4分の1程度」
では、自民・維新の議員たちは、これで勝利を勝ち取ることになるのだろうか。
前回も紹介したが、自民党内でも男系男子による皇位継承に拘り過ぎることに疑問の声は少なくない。それが、国民の7割前後の支持を受けている女性天皇の可能性を塞いでしまうからだ。公然と疑問を呈したのは、船田元氏と村上誠一郎氏の2人だけだ。船田氏は海外出張中、村上氏は体調不良を理由にしているが、本会議を欠席したのも、この二人だけだった。
しかし、ある自民党の閣僚経験者は、大半の議員は本心を隠して状況に流されているのだという。
「強硬な男系男子派は自民党議員の4分の1程度。実はそんなに多くないが、この人たちはとにかく固い。一方、男系男子にこだわるべきではない、と考えている議員も4分の1程度いるが、こちらは大して強硬ではない。残り2分の1は様子見だ。
■「愛子さまが旧宮家の男系男子と…」と漏らす自民議員も
その様子見の議員も多くは、女性天皇否定論者と見られることは恐れているのだという。
「中曽根弘文氏が『愛子さまは天皇になれない。結婚もできない』という趣旨の発言をしてバッシングを受け謝罪・撤回に追い込まれた。男系男子論者も、公然と愛子天皇否定論を言うのは難しい。保守系の支持者のなかにも、愛子天皇までは父方の血筋の男系だから認めるという声が多い。しかし愛子さまに男子が生まれても女系男子なので皇位継承権はない。この複雑さが一番悩ましい」
男系男子の継承を主張しているある自民党の地方議員は、そんな風に複雑な心境を話してくれた。
「本当は愛子さまが旧宮家の男系男子の子孫の若者と結婚してくれるのが一番いいんですよ。そうすれば我々も、愛子天皇に反対しない。そんなことは難しいですかねえ」
■短期決戦狙う高市政権
なぜ、議論が深まらないまま、反対論を押し切ってまで、典範改正を急ぐのだろうか。このまま成立しても、天皇陛下が言及した「国民の理解」が深まらないことは火を見るより明らかだ。典範改正の内容より成立したという実績を挙げることの方が重要だと考えているのだろうか。
強硬な男系男子派は自民党議員の4分の1程度という。自民党内の大半はかかわろうとしない様子見議員だ。男系男子にこだわらない議員もいる。国会で議論して、中身の不備を晒す前に数を頼んで改正してしまえば、後は誰が反対しようがこの政権が続く限り変えようがない―高市首相も、20年来の悲願として男系男子の養子案を主張し続けてきた麻生太郎副総裁も、そう考えているとしか思えない。
国家の基本問題を、できるだけ議論もせずに、短時間で決めてしまおうというのである。
仮に内閣支持率がさほど低下しないとしても、政権与党というだけでなく国会と国民の間の距離は確実に開いていくだろう。与野党ともに議会政治の曲がり角に立っていることを自覚すべきではないだろうか。
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城本 勝(しろもと・まさる)
ジャーナリスト、元NHK解説委員
1957年熊本県生まれ。一橋大学卒業後、1982年にNHK入局。福岡放送局を経て東京転勤後は、報道局政治部記者として自民党・経世会、民主党などを担当した。2004年から政治担当の解説委員となり、「日曜討論」などの番組に出演。2018年に退局し、日本国際放送代表取締役社長などを経て2022年6月からフリージャーナリスト。著書に『壁を壊した男 1993年の小沢一郎』(小学館)がある。
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(ジャーナリスト、元NHK解説委員 城本 勝)

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